(13)
混乱が収まらなくて、自分の頬をつねってみる。
「っ」
普通に痛い、痛いような気がする。
美結さんに会いたいって願いすぎて、都合のいい幻でも見ているとか?
思わず、その幻の頬に触れてみる。
や、やわらかい……え、まさかほんとうにほんも――
「秋斗、くん……」
不意に名前を呼ばれて、おれは悪戯がバレた幼い頃のようにビクッと大きく身体を震わせた。
え、あ、と戸惑いながら、慌てて指を引っこめる。
「み、みゆおねえ……っじゃなくて、えと、みみ、美結さん……! ごめん、起こしちゃっ……」
「無理……、しないでね……」
話が噛みあわずに、おれは「え?」となってしまう。
目を瞬かせている間に、両眉を寄せて苦しげだった美結さんの表情が、穏やかなものへと変わっていく。すう、と安らかな寝息。
一気に眠気や混乱が吹き飛んでいって、おれの冷えた思考がようやく状況を把握した。
「もしかして……、寝言? なんだ、びっくりした……」
はあああ、と緊張もろもろを深い息にしてゆっくりと吐き出す。
だいぶ落ち着いてきたおかげで、なんでどうしてという疑問はどうでもよくなってきたけど……
ここは、おそらく美結さんの家。
しかもその、たぶん、彼女が普段使っているベッドに二人で並んで横になっている、みたいで。
向き合った状態のまま、おれはじっと目の前の彼女を観察する。
こうやって寝顔を見るのは初めてではないし、こんな間近で彼女を見つめるのも初めてじゃない。
確か、前にもこんなことがあったような? 今と違って時間帯は早朝だったけど、そういえばあのときも前の夜に団長に飲まされたんだっけと思い出して、苦笑してしまう。
おれ、酒弱かったのかな? 今さら、自覚する。
あのときは一方通行だったし、なんとか自重はしたけど――と、目に留まった美結さんの左手をそっとつかむ。普段はペンダントにして服の中に隠しているそれは、家にいるときだけ薬指に移動する。
面倒じゃないのかな? 律儀な美結さんらしいけど。
「ずっと、ここにしていてくれてもいいのに」
ポツリ、とつぶやく。
彼女は自分のものなんだ、という子供っぽい願望を満たしてくれるそれが、どこからか差しこんできた月光を受けて七色にきらめいた。
「こんなに独占欲が強かったなんて、自分でも予想外だったなあ……」
幼いころ、なんとなくおれにだけ笑っていて欲しいだとか、ずっと一緒にいて欲しいだとか、彼女のものを全部独り占めしたいだとか、漠然と思ったことはあったけれど。
それも、その片鱗だったのかな? それが10年分、立派に成長してしまった結果がこれってことか。
まあ、美結さんだからしょうがないかと自嘲して、おれは彼女の額に自分の額をくっつけた。優しい体温が伝わってきて、自分の目が細くなるのがわかる。
今、どんな夢を見ているの?
きみの夢に出てまでおれ、きみに心配をかけているの?
でも。
「きみの夢にまで出られるなんて、羨ましいな。けど、きみに心配をかけているなら――いや、きみの夢に出して貰えているなんて正直妬けてしょうがない。ねえ、そいつを消去させてよ、美結さん……」
ん、と美結さんから苦しげな吐息が漏らされる。
おれは慌てて彼女から額を離すと、今度は彼女ごと両腕でそっと抱き寄せた。
「だから、きみの夢におれも入れて……欲しいな、なんて……」
腕に閉じこめた居心地のいい温もりに引き出されるように、急激な睡魔が襲ってくる。
おじいちゃんと彼女にだけ感じていた、安心感。それにも包まれて、おれは両目を閉じた。
幼い頃は、僕の方がきみにすがりつくようにして眠っていたのに。
「立場が逆になった……、ね」
それが、すごく誇らしくてたまらなく嬉しい。
「おやすみ、美結さん……また、明日もきみ、に……」
最後にそうつぶやいて、おれは一気に広がってきた闇の世界にゆっくりと意識を手放した。
そして、翌朝。
「? ……? ……!? !?? ひぃいぎゃぁあああああ――っっ!!」
突然響き渡った、引きつったような奇妙な叫び声。
それに鼓膜を刺激されて、おれは緩々とまぶたを開けた。
あわあわあわ、と目を白黒させて今にも泡を吹きそうなほど真っ赤に染まった、腕の中の彼女。
なにこれ。起き抜けに、いきなりかわいいの不意打ちすぎる。
おれは、微笑しながら。
「……おはよう、美結さん」
と、声をかける。
それを合図に、おれの新しい一日が始まった。
以上で、その後の番外編終了になります。
おつきあい、ありがとうございました!