番外編 国際野球ワールドカップ 9
ケーちゃんに続く形で一人ランナーは出たものの、結局6回は1点を返しただけで終わる。でも次の回には上位打線に回るからここで一気に大量得点を決めたいところ。
そのためにもこの7回は1点も上げられないんだけど、富田林さんは前の回で限界まで頑張ってくれたのと、ちょっと相手に手の内を見せすぎたから交代だ。粘投34球で6回を守り切ってくれたんだからそこはまぁしょうがないんだけど。
次にマウンドに上がったのは球速自慢の独逸さん。今回ドイツ代表が居なくて良かったねと大会前に言ったらこの可愛い私にベルリンの赤い雨!って叫んでチョップをしてきたジョークの分かる鉄道マンだ。
150km/h越えの速球をバンバン投げ込んでいくストロングスタイルで最初の打者を仕留め、次の打者もフライで仕留める。流石は今大会でも安定した成績の中継ぎさんであるが、3人目の打者に長打を貰って2塁に出られてからはちょっと雲行きが怪しくなってきた。
バッターに集中した方が良い場面だけど、後ろにいるオランダ人選手がちらちらと独逸さんの気を引くような動きを見せてて、それが結構気になるみたいなんだよね。視界の端に入るか入らないかの映像って結構集中力を削るんだよ。気にしない人は全く気にならないけど、独逸さんは引っかかるみたい。
結局フォアボールでランナーを出してしまった段階でベンチが動き、独逸さんはライトへ。そしてライトの人がセンターに入り、空いたマウンドには私がすっぽりと入る、と。
お、おおっと? これは結構初めてのパターンかも。
「球数制限があるからな。権藤、9回は丸々任せるがそれまではピンチのタイミングでスポットで入ってくれ」
「え、うっす! 投げれるなら喜んで!」
ベンチから声をかけにきた投手コーチの言葉で監督の戦略が見えてきた。なるほど、これ以上の失点は監督もダメだって思ってるんだね。良いね。ピンチの火消はリリーフの華だ。いつも先発か抑えとして9回に出てたから、こういうファイヤーマンはあんまり経験ないんだよね。あ、私の場合はファイヤーウーマンか。
さて、場面は3点ビハインドの7回表2アウト1.2塁。キャッチャーには頼れる女房役が居て、対戦相手は強豪オランダのタフガイだ。くぉれは燃えるっきゃないシチュエーションだねぇ!
コーちゃんのサインは初球でシンカー。そこ夢飛球じゃないんだと指示通り投げると、相手さんは随分と早くバットを振っていた。あ、なるほどなるほど。明らかに速い球を意識してるね。夢飛球は変化こそシンカーと似た軌道だけど途中までは飛球ストレートと見分けがつかないくらいに速い変化球だ。それよりもしっかりブレーキする変化球の方が効き目があるとコーちゃんは踏んだわけだね。
じゃあ次はこれだろう、と投じたのは縦に大きく落ちるパームボール。これもまた大きくずれた所を振って空振りだ。まぁ遅い球を2球続けたから流石にそろそろ相手の目もリセットされただろけど、そんなのは関係ない。
次に投じるのは夢飛球。揺れながらググっと胸元に迫り、バッター手前でストライクゾーンに落ちる魔球と呼ぶべき変化球だ。初見だとほとんど誰も打てないこの魔球は当然のように空振りを奪い、三球三振でバッターアウト。
『Oh~! YUME HIKYU! YUME HIKYU!』
『URAYAMASHI!!』
三振を喰らったバッターがテンション上げてベンチに戻りキラキラした目で感想を話すのもこの夢飛球の特徴だね。国際大会で投げたのはたしか3年前のオリンピックが初出だった気がするけど、未だに他に投げられる投手が出てきてない幻の球とも呼ばれてるから。配信されてる北埼玉デッドボールの試合ではしょっちゅう投げてる、というか相手からのリクエストがあるから投げるんだけど、この影響で知名度は抜群なのに映像でしか見た事が無いって人も多い。
そんなもの実戦で投げられて即対応できるのは網走くんとかアンジーみたいな変態だけだから、こういう絶対に前にボールを転がさせちゃダメな場面でも安心して投げられるんだよね。
さて、3アウトチェンジとなったんで攻守交替となるわけだけど、この回は私にも打順が回ってくるから出来れば1点。欲を言えばそれ以上の点が欲しい所。打席に立つ8番バッターの先輩に可愛い声援を上げて応援すると、先輩はなんとも言いづらいような表情で私を見た後に打席に立ち、ボテボテのゴロを放ってベンチに帰ってきた。
「先輩。先輩! 可愛い女の子の声援を受けてなんで意気消沈してるのかな!? ここは気合を入れて雄叫び上げながら打つ場面じゃないですかねぇ!?」
「いや、うん。お前が可愛いのは分かるし北埼玉デッドボールのファンだけど、実際に接してみると色々大変だなって思ってな……」
先輩の言葉に周囲の社会人勢がうんうんと頷きを返す。な、なんてアウェー感だ。くそぅ、人数に乏しい高校生組じゃこのアウェー感を覆すことは難しいよ!
「いや、同じ部活に居ても思う事だからまぁ、先輩の言う事も分かる」
「敵チームに居っても思う事やからなぁ」
「あまねき、ドンマイっス」
「同期生組! お前らもか!」
頼りになるはずの高校生組にまで後ろから刺され、さらっと凡退した9番の人に肩を叩かれながらすごすごとバッターボックスに向かう。くそう、あの真夏の甲子園を戦い合った戦友としての絆はどこにいったんだ。その内二人なんて生まれた病院まで一緒の幼馴染だよ? 人情なんて言葉は小波の時代に消えてしまったんだね。しくしく。
さて、泣き言はそれくらいにしてお仕事だ。2アウトランナーなしで1番の私。うん、1点取るにはホームランっきゃないね。私のねじ巻き打法は長打かフライか三振かっていう位に全力でフルスイングしまくる打法だから、こういう場面でこそ輝くと言っても良いんだけども。
『全力で敬遠だ!』
『オウケイ!』
なんて会話が聞こえてくるくらいにバッチリバットが届かない位置に立ったキャッチャーにピッチャーが笑顔でボールを放る。おい、花のJK相手に国際大会決勝に立つピッチャーが敬遠なんてやってるんじゃないよ。たかだか3打席連続ホームラン打たれたくらいで。
いや、まぁそりゃそうかって感じなんだけどさ。この試合めっちゃ調子よくて全打席スタンドインしちゃってるしその内一本は場外に飛ばしちゃったからね。普通この場面なら敬遠するわ。会場中からのブーイングも心なしか弱いというか、ここまで3打席勝負して全部打たれたんだからしょうがないよな、感が凄い。
とはいえここで1点も取れないのは流石にヤバイ通り越してヤバイ。仮に次の回にコーちゃんと網走くんが打ったとしても最大2点しか取れないし、私なら網走くんを歩かせる。それだけでオランダ代表の勝利はグッと近づくからね。それが試合として面白いかはともかくとして勝てば正義なんだ。だったらルール上許される範囲でやる事やるのは当然だ。
でも、それじゃあ面白くないよね。試合に参加する選手としても、ここまで必死こいて大会を盛り上げてきた実況担当の一人としてもさ。
フォアボールで塁に出た瞬間、ガバっと思い切りリードを取る。バットで観客を楽しませることは出来なくなったけど、だったら塁上で思いっきり暴れるまでだ。今大会はほとんど機会が無かったけど、これでも私は走攻守投揃ったパーフェクトベースボールウーマンだという事を世界中に思い出させてやろうじゃないの!
明らかに大きく取ったリードに当然のように1塁に牽制球が投げられる。が、余裕のよっちゃんで1塁に戻って塁上でVサイン。1塁の塁審に怒られる。あ、すみません、ちょっと調子に乗りましたとペコペコ頭を下げると軽い笑いが場内に広がっていく。相手の選手や投手まで笑ってるね。よしよし。笑顔は大事だよ。リラックスできたね。じゃあ、一度抜けた気持ちを再構築してバッターに向き合うよね。今。
投手の表情を眺め、タイミングを合わせて2塁にダッシュ! 気持ちを入れ替える瞬間は注意力が一気に落ちる。走った私を見た投手がギョッとした顔をしたのが見えた。そうそう、こっちを見てくれ。上手くいけばもう1チャンスあるぞ!
私のダッシュを見た2番バッターの小堺さんは小技も出来る打撃型のショートストップだ。咄嗟の判断力は流石ショートって感じで、私が走った瞬間にバントの構えを取って上手くキャッチャーの視界を遮ってくれた。これでキャッチャーの送球は1テンポ遅れる。2塁は間違いなく落とせる。でも、欲張って出来ればもう1波乱欲しいよね!
という訳で2塁を落とせると確信した瞬間、私の走塁がもう1段階ギアを上げる。ピッチャーの視線が私に向いて、そしてバントをしてる小堺さんに向けられる。焦ってるのが丸わかりだ。そして、焦った状態で行動を強いられるってのは大体碌な結果を生まないんだよね。
カキィン、と良い音がして私の頭上をボールが飛んでいく。オランダ代表のピッチャーが投げたボールを小堺さんが綺麗に打ち返し、ボールは相手ショートの頭上を越えてセンターとレフトの間を転々と転がっていく。中途半端に外れた棒球を小堺さんが上手く捉えたね。3塁を回ったところで相手のセンターはまだボールを追いかけてる。これなら余裕でホームインだね。でも小堺さんが2塁まで行ってくれた方が良いからちょっと減速して我らが金ちゃん監督の持ちネタ、金ちゃんウォークでホームイン。会場内の視線を独占だ。
『AMACHAN、大概にしなさい』
『うっす。すんませんっす』
もちろん球審には怒られたけども、注意を引くという目的自体は成功だ。私に視線が集まった中で、小堺さんは抜け目なく2塁に到達してるしね。さてさて、これで2アウト2塁でコーちゃんに回すことが出来た。打者権藤あまねとしてはパーフェクトな結果を出したはず。これで追いつけるかどうかはコーちゃんや網走くん次第だけど、まぁ二人なら大丈夫でしょ。私の女房役とライバルだしね!
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