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【完結】1人だけ魔球投げれますが意外としんどい  作者: ぱちぱち


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第145話 甲子園決勝 浪速通天閣大付属⑧

 ピッと白球を親指で弾き上げ、空中でバシッとつかみ取る。うん、指先の調子は絶好調。ここから先は感覚一つ狂うだけで致命傷になっちゃうからね。ちゃんとチェックしとかないと。


 相対するバッター、網走極(あばしりきわむ)くんは現在の高校野球界で間違いなく最強のバッターだ。最高打率って意味なら僕やアンジーが上になるかもだけど、強打者って意味なら間違いなく網走くんに軍配が上がるだろう。なにせ網走くんはバットを凹ませながら久留米さんのへし曲げストレートをホームランしちゃうフィジカルの持ち主だからね。


 網走くんの打撃の特徴は、その恵まれたフィジカルとそのフィジカルを活かしきる確かな技術力だ。生半可なボールなら見極める動体視力とバットコントロールの組み合わせは凶悪で、基本的にホームラン狙いなのにここまでの甲子園での打率は5割を超えている。しかもここまで網走くんが戦ってきた相手は誰も彼もがそのチームのエース格。全国大会の舞台に上がってきた全国のエース達を粉々に粉砕して、彼は今この場所に立っているのだ。


 最高だ。最高の相手と、最高の場所で、最高の場面で戦える。一人の投手としてこんなに幸せな事は、他にない。


 両手用のグローブを右手にはめ、左手でボールを握る。彼が相手であれば、僕は全てを出し切らなければいけない。そうしなければ網走極(あばしりきわむ)との勝負の舞台に立つ事すら出来ないのだ。


 故に、僕の第一球は決まっている。この勝負を見るために商売道具も投げだして、かぶりつく様に僕らの勝負を見ている水鳥先生。見ていてください。これが僕が再現した、貴方が創り出した魔球――!



「真……夢飛球!」



 深く、まるで潜水艦が深く海に潜るかのように投げられる事で名付けられた投法。サブマリン。左手が地面を掠めるギリギリを投じられたボールは重力に逆らうかのように浮き上がり、網走くんの胸元へと飛んでいく。



「それは何度も視た――っ!?」



 迫りくるボールに網走くんのバットが反応する。彼に向かって夢飛球を何度も投げているから、どういうコースを描くのかが頭に入っているのだろう。それは正しい。今までの夢飛球なら、網走くんに通用しなかっただろう。


 けれどね。網走くん。前回、君と戦った1年と少し前。その時の僕と今の僕とでは大きく変わったところがある。当時から比べて身長が5cm伸び筋力が増して球自体の威力が上がった事。それに比例して腕が少し長くなり、ボールに伝わる勢いも強まった事。そして何よりも、球速が10km/h近く伸びた事。


 それらの要素全てが束ねられた事によって、夢飛球は限りなく本物に近いものとなった。水鳥先生が想い描くそれにもっとも近しい形として。


 これまではただホップするだけだったボールが、まるで分裂したかのように揺れ動きながら網走くんへと迫る。そして、唐突に揺れ動いていたボールが視界から消え去る。まるで夢から覚めたかのように現実へと引き戻され、見失ったボールはキャッチャーのミットへと納まっている。まるで夢を見ているかのような朧げな動きで相手バッターを翻弄するこの魔球が、本来の夢飛球なのだ。



「ッスッタラアアアイ!」



 球審の声に網走くんは我に返ったのか、ぶんぶんと頭を振って顔を引き締める。うん、流石は網走くん。知っている筈が違った、これ結構実戦でされるとショックが大きいのに、あっという間に立ち直っちゃうんだね。


 まぁ、この勝負でこれを出すのはこの1回だ。多分、もう一度見せたら完ぺきに対応してくるだろうし、それに網走くん相手に二球も同じ球を投げるなんてもったいない事は出来ないからね。



「真……飛球ストレート!」



 だから、途中まで夢飛球と同じ軌道を描く飛球ストレートを胸元に投げ込んだ。飛球ストレートは夢飛球と同じように通常のストレートよりも落ちない球だ。相手バッターからはまるで浮き上がる様に見える事から飛球と名付けられた、飛球シリーズ全ての土台になる球だね。


 僕の球速が110km/h台だった時は相手の目の錯覚を利用して仕留める球だったけれど、球速が上がった今は違う(ギュッ) それ単品でも相手を仕留めえる魔球と呼んでも良い代物なんだけども。



「ですよねー」



 カキィン! と甲高い音を立ててボールがバットに捉えられる。真芯でとらえられたボールは、けれども大きく右にそれていきファールとなった。網走くんの記憶にある球よりも早かったからね。バットの振り始めがちょっと遅かったから、ファールになったんだろう。


 タイミングがドンピシャだったら間違いなく場外まで飛んでったろうなぁ、と打球の行方を見送って僕は網走くんに視線を向ける。


 舞台は整った。



【権藤あまねさん】


――はい、女神様



 灰色の世界に入り、僕に女神様が優しく語り掛けてくる。思えば16年もの付き合いだけれど、僕はこの方の名前も知らないんだよなぁ。彼女と魔球には助けられもしたし追い詰められもしたけれど、いやマジで魔球が使いづらく困ったけど今の僕がここに居るのは彼女のお陰だ。そんな恩神の名前も知らないのはちょっと失礼だったかもね。この試合が終わった後にお伺いしてみるかな。



【苦節16年。長い道のりでしたね。女神は女神が耳を傾けると魔球が怖いとか、使いづらいなんて声がよく耳に入る艱難辛苦にもよく耐え、今日この日を迎えることが出来た事。とても喜ばしいと思っております】


――女神様。エゴサはダメですよ。心が壊れます



 SNSとかがない時代のエゴサだからな。耳を傾けたって言ってるし本当に世界中の魔球の感想を拾っちゃったんじゃなかろうか。この女神様ならそれくらいやってのけそうだし。



【ですが。ついにこの日がやってきました。大甲子園決勝戦9回裏。この場でこそ女神の魔球はようやく完成を迎えるのです!】


――今まで未完成品だったって事ですね


【そういうわけではありません】



 真ってつくようになってからかなり使いやすくなったし、多分女神様もグレプロでどこまでならやっていいか雰囲気掴んだんだろうね。今日投げられた調整された魔球なら僕としても試合で投げるのもやぶさかじゃない。


 そういえば甲子園で魔球を投げるって約束も果たしたし、今後は魔球ガチャもどうなるかを聞いておかないとな。魔球が見たいって人の要望もあるし完全に無くなるのは僕としても寂しいところだ。苦労させられたけど、それも今となっちゃいい思い出だしね!



【さぁ、投げなさい権藤あまねさん。この試合を締めくくる、女神が考える最高の魔球を!】


――あらほらさっさー



 灰色の世界から戻ってきて、僕は網走くんに目を向ける。僕を刺し殺すような網走くんの視線が、心地いい。全世界で見ても有数のバッターである彼ならば、いつかは魔球を打てるかもしれない。そんな期待をさせてくれるほどに彼は優れたバッターで、最高のライバルだ。


 でも、それは今日じゃない。


 今日の勝者は、この僕――私だ!


 ボールを振り被った瞬間、魔球の内容を理解した私はそう確信した。


 私の身体に女神様の祝福が降り注ぎ、まず変化が現れたのはおかーさん譲りの銀髪だった。ショートカットにしていた髪が腰の当たりにまで伸び、振り被った私の腕によってふわりと広がる。次に変化したのは身長だ。173cmから178cmに成長した体は少しだけ間合いがズレてしまうため、いつもの場所よりも数cmほど大きく足を踏み込んだ。次は容姿が少し大人びたものに変わり、次は筋量が圧倒的に引き上げられる。私の頭の中ではどこがどう変化したのかがPC画面のように流れて行ってるけど、傍目にはいきなり僕の姿がいきなり私に変化したようにしか見えないだろう。


 諸々がサイズアップしたせいで小さくなったユニフォームが悲鳴を上げる中、私の身体は頭の中のシミュレーション通りに動き始める。足首から始まった全身運動のエネルギーは私の全身の関節を通り過ぎる度に速度を増していき、最後の到達点。指先に伝えられた瞬間、速度となって放出される。トルネードとも呼ばれるその投法は、私が積み上げる予定の10年全てをボールに伝え、放たれた。


 その瞬間、ボールは白い線となる。早すぎて、私の目でもそうとしか言い表せないそれに網走くんは反応して見せた。明らかに振り遅れているけれど、上信の目では風が通り過ぎたとしか思えないそれに、確かに網走くんはバットを振ったのだ。そんな網走くんのバットを置き去りにして私が投げたボールはコーちゃんのミットに突き刺さり、そしてその威力によってコーちゃんを球審ごと後ろにぶっ倒した。



【これこそが我が至高】



 女神様の声が耳に響く。



【女神が手ずから作成した最高の肉体を持つ貴女が最も強くなる瞬間の一投。魔球、権藤あまね。この魔球が女神が考えた最高最強の、そして女神が最も誇らしいと言える魔球(存在)です。どうですか権藤あまねさん。女神は貴方のご要望にお応えできたでしょうか?】



 そういって、僕の頭上で空に浮かぶ女神様は。初めて僕に姿を現してくれた銀髪の女神様は、こてん、とおかーさんにそっくりな顔で微笑んだ。


 そんな彼女を見て、私は察した。


 ああ。女神様、最高の魔球思いつかなかったな、と。


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