ep13 神室遊斗①
7月30日 日曜日 PM8:00 ブリーフィングルーム
昨日は湿っぽい空気を払拭するように俺と火神先輩も寝落ちするまで対戦ゲームをやり続け、目が覚めた時には朝になっていた。
寝相が悪い俺は随分迷惑をかけてしまったのか、目覚めた当初はみんな若干ソワソワしていたというか落ち着かない感じがあったけど、とりあえず昨日の続きということでゲームを再開したらいつの間にか昨日と同じバカ騒ぎに戻っていた。
そうして、今日は流石にキリの良いところで止めないとな、なんて話しつつ夕食をとっていたところ、小篠塚さんが訪ねてきて召集がかけられ、神々廻も含めた全員でブリーフィングルームに集合して今に至る。
「休日にすまないが、明日の戦いに向けて伝えておくべきことがある」
神々廻の予知によれば、『繁栄』の神威をもつ第二守護獣は明日襲来する。
みんな覚悟していたとはいえ、流石に緊張があるのかいつものように明るくふざけた発言をする者はおらず、俺たちが黙って聞いているのを確認した鏑木さんが言葉を続ける。
「作戦に大きな変更はない。ただし、守護獣の本体討伐を誰に任せるか。これについて決めるのは情報が集まるのを待っていた」
鏑木さんがそう言って神々廻に視線を向けた。
たしかに『不和』と『怠惰』の神威で『繁栄』の神威を封じ込める作戦内容は聞いていたけど、最終的にどうやって倒すのかはまだ聞いてなかったな。
多分元々は先生って人がやる役だったんだろう。だから誰がやるのかを決めるのがこんなギリギリまで縺れ込んだ。普通、戦いの前日まで作戦の重要な部分を決めないなんてあり得ない。
「この数日間、神々廻くんには予知夢で様々なシチュエーションの情報を集めて貰った。残念ながら桜台くんのいる未来は視えないため、主に視て貰ったのは守護獣の行動パターン、そして神谷くんと神室くんのどちらが適任かということだ」
明日の戦いに出るのは俺と先輩二人って話だから、まあそうなるわな。
神々廻の予知夢は俺のいる未来、つまり現在から地続きになっている未来は視えないそうだけど、俺が来なかった場合の未来は相変わらず視えるらしい。それを活かして情報収集していたというわけだ。
「結論から言おう。本体討伐の役割は神谷くんに決定した。任せていいな?」
「はい」
「異論のある者はいるか?」
「あのー、異論っていうか疑問なんすけど」
立ち上がって声をあげたのは神室先輩だ。
この流れだとそりゃそうなるよな。いつものことだ。
「なんで神谷なんですか? 俺でもやれると思うんですけど」
「最も神谷くんが適していると判断したからだ」
「『怠惰』を発動しても俺はフリーですよね? 分裂に際限がないなら神谷の『不和』はそっちに回した方が良いと思いますけど」
神室先輩の『怠惰』は共鳴時、自分を中心に円形に神威を広げることができ、その範囲内の任意の働きを抑制する効果を持つ。
そして神谷先輩の『不和』は共鳴時、対象に接触して神威を発動することで、強制的な仲間割れを引き起こすことが出来る。
明日の作戦はざっくり言えば、『怠惰』で分裂速度を遅くして相手の物量が増えるのを妨害し、増えてしまった個体には『不和』を打ち込んで同士討ちさせるというものだ。それでカバーしきれない分裂個体を処理するのが俺の役目となる。
『怠惰』の効果は即効性があるわけじゃない。対象に浸透する時間が必要だ。ただし、範囲効果だから神室先輩自身の動きは制限されない。
それに対して『不和』は接触しなければ発動出来ないため行動は大きく制限される。
そういう観点で見れば、神谷先輩を本体討伐に回すと分裂体への対処が遅れる危険性があるわけだ。神室先輩の言うこともあながち間違ってはいないと思う。
「その状況ならば残りは君と桜台くんで抑えられるはずだ」
「それは俺と神谷が逆でも言えることですよね」
それにしても、今日の神室先輩はいつもみたいにノリで突っかかってるって感じじゃなくて、やけに理路整然としてるな。珍しい。
「……ハッキリ言おう。神室くんでは本体に勝てないんだ」
「俺と神谷の実力に大きな差はないはずです。俺だって――」
「無理だよ」
訴えかけるような神室先輩の言葉を遮ったのは、神々廻だった。
基本的に情報源に徹して仕切りは鏑木さんたちに任せているはずの神々廻が断言した。
「僕は何度も視て来た。君が勝てなかった未来を」
「……神谷は勝ったんすか?」
「勝ったよ」
「っ!」
神室先輩の表情がわずかに歪んだ。悔しさとも、激情ともつかない何かが滲む。
それでもすぐに表情を整え、冷静に言った。
「了解です、時間取らせてすいません」
「いや、わかってくれたなら良いんだ」
先輩が素直に席についたのを見て、鏑木さんが説明を再開する。
「話を続けよう。とは言ってもここからは最後のおさらいだ。繁栄の守護獣は分裂することで個体数を増やすが、分裂体は本体と比べれば弱い。一体ずつ冷静に対処すれば負けることはない。次に知性について。守護獣の中でも知恵が働くらしく、こちらの戦力が過剰の場合警戒して逃げ出すこともある。今回3機での作戦となるのは手札を隠すためでもあるが、初手で守護獣が逃げ出さない境界でもあるからだ。また逃走だけでなく罠を仕掛けてくることもある。例えば、『不和』の影響下にない個体も『不和』を受けているように振舞い不意打ちをするとか、分裂スピードを意図的に抑え――」
「――話は以上だ。もしもの場合は神々廻くん、火神くん、神楽坂くんも出る可能性はある。明日の出撃に備え、全員今日は早く就寝するように」
おさらいを終えた鏑木さんは最後にそう締めくくって、小篠塚さんと神々廻と一緒に部屋を出て行った。
「んじゃ、俺も明日の戦いに備えて集中したいから部屋に戻るわ」
「ですねー。予定通りなら僕の出番はないですけど、なんか緊張しちゃいます」
「な、何もなく勝てると、いいね」
続いて神室先輩、神楽坂、火神先輩も軽く話をしながら出て行った。
最後に残ったのは俺と神谷先輩の二人。別に明確な用があるというわけでもないんだけど、何となく気になったことがあって。
「なんか、さっきの神室先輩変じゃなかったですか?」
「そうか? あいつが俺をライバル視してるのはいつものことだろ。まあ、いつもより冷静だったような気はするけど、流石にあいつも緊張してるってことじゃないか?」
「ああ、たしかにそれはあるかもです。てか、神谷先輩は緊張してないんですか?」
「してるに決まってるだろ。俺だって死にたくないし、死ぬ気もない」
そりゃそうか。俺だって、明日の戦いで死ぬかもしれないと思うと怖い。第一守護獣を倒した時は無我夢中で怖いとか言ってるような余裕もなかったから、実質明日が一戦目みたいな緊張を感じてる。
「桜台、明日の戦いで一つ頼みたいことがある」
「頼みですか? 自分のことで一杯一杯になりそうな気がしてるんすけど……」
「できればで良いんだ。できるだけ、神室の方のフォローを優先してくれ」
「……なんでですか?」
「友達に死んでほしくないって思うのはおかしいか?」
「俺は二人とも死んでほしくないです」
死ぬ気はないなんて言うくせに、自分を蔑ろにするようことをよく言えたものだ。
「わかってる。だからできるだけで良いんだよ」
「そういう適当に丁度いい感じみたいなのが一番難しいんですからね!?」
「じゃあ、気持ち優先って感じで」
笑いながら妥協案のように言っているが、大して変わってない。
「……はあ、どっちのこともちゃんとフォローしますから。気持ち神室先輩優先で」
「悪いな」
言葉の割に全然悪びれていない。本当に悪いと思ってるのかこの先輩は。しょうがない人だ。
「俺らもそろそろ帰るか」
「っすね、早く寝た方が良いです」
・ ・ ・
7月30日 日曜日 PM9:30 屋上
寝れん!!
入浴を終えて部屋に戻って、消灯前だけどもう寝ておくかとベッドに入ったはいいが全く寝れない!
緊張と不安で胃がキリキリして全然眠くならない。
しょうがないので、気分を変えるため夜風にでも当たろうかと屋上へとやって来たところだ。消灯時間までは時間があるし、少しゆっくりしていくとしよう。
と思ったのだけど、よくよく見ると先客がいるようだった。
「神室先輩?」
「ん? 誰かと思ったら勇ちゃんじゃーん! どしたん?」
「ちょっと寝付けなかったんで気分転換に。そういう神室先輩は?」
「俺もそんな感じ。奇遇だね~」
けらけらと笑いながら神室先輩は夜空を見上げている。
ブリーフィングルームでは何だか様子が変だったような気がしたけど、今はいつも通りだ。
「さっきはごめんねー。ダサいとこ見せちゃってさ」
「いえ、俺は神室先輩の理屈も一理あるなと思いましたし」
神谷先輩は『不和』に専念した方が良いんじゃないかって話だな。まあ、神室先輩が本体に勝てないんだったらそれ以前の問題だからしょうがないけど。
「ははっ、そう言ってくれると嬉しいけど、結局俺が神谷より弱いのが問題なんだよね。あいつには何やっても敵わないなぁ」
「……神室先輩っていっつも神谷先輩と競ってますけど、操縦なら火神先輩とか、神威なら神楽坂とかの方が上ですよね? そっちとは競争しないんですか?」
「俺が勝ちたいのは昔から神谷だけだよ」
その声は、いつものふざけたものではなく、さっき鏑木さんと話していた時のような真面目のものでもなく、どこか冷たさを感じさせる声音だった。
「パイロットになったのも神谷に勝つためだったんだけど、結局勝てないんだよな~これが」
さっきの言葉がまるで幻だったみたいに、すぐにいつもの調子に戻った神室先輩が明るく笑いながら冗談めかして言った。
「神谷先輩ってなんでも卒なくこなすイメージありますもんね」
「そう! そうなんだよなー。あいつって人並みに出来ないことあんのか不思議でしょうがないよ。そりゃ挑戦してないことは出来ないだろうけど、始めてみたらすぐに何でも出来ちゃいそうな気がするんだよね。凄くない?」
今度は友達のことを自慢するみたいに得意げに語る。
「でも、明日の戦いは今までとは違うかもしんないじゃないですか。初めての実戦、命がけの戦いです。神谷先輩のことちょっとは心配だったりしないんですか?」
「心配って、神谷が死ぬかもってこと? ないない! あいつに限ってそんな心配必要ないよ。あいつは多分、いつもどおり上手くやるから」
本当に心の底から心配などしていないというように、神室先輩はありえないと断じる。
けれどそれは友人を軽んじているのではなく、揺るぎない信頼のように感じられた。
どの言葉もきっと嘘ではないと思った。
神谷先輩に勝ちたいというのも、複雑な気持ちを抱えてることも、友達として誇らしいと思ってることも、信頼していることも。
少しだけ羨ましいと思う。お互いにここまで強い想いを持っている友人がいることを。
「いつか勝てると良いですね、先輩」
「可愛い子ちゃんに応援して貰ったら勝てる気がしてきたかも!」
また適当なことを言っている。
神谷先輩に勝つ前に、まずは明日の戦いに勝たないとな。
☆Tips 怠惰の神威
常に倦怠感があり、物事を先送りにしようという思考が働く。
何をするにも面倒くさいという感情がわき、決められた期限を守ることが難しくなる。
ただしこれらは絶対に出来ないということではなく、やる気や根気次第である程度は改善可能である。
そのためこの倦怠感や先送り癖が生来のものなのか神威の悪影響なのか、非常に判別が難しい。