里親探し
「さて、じゃあ君はちょっとそっちで大人しくしてなさいね」
部屋へ入るなり、紗由良は少年をベッドに座らせると、自身は壁際にある机に向かった。
紗由良には少し大きいその机は、基本的に紗由良がデスクワークをするために置いてあるものだ。
そこには、デスクトップ型の黒いパソコンとキーボード、マウス等の周辺機器があった。
線でつながれた先にはコピーとスキャナの複合機がある。
卓上には、シャープペンシルやボールペンなどが乱雑に突っ込まれたペン立て。
書類整理の為に置かれている、3段重ねのケース。
小さな本立てには様々な言語の、分厚い辞書が並んでいる。
これらのほとんどは、紗由良の生まれた世界から持ち込まれたものだった。
「?」
きょとりと首を傾げ、紗由良を不思議そうに見つめる少年に、一つ苦笑を返す。
しばらく放置してしまうことになるが、それは赦して、と心の内だけで思う。
背後からじっと見つめてくる視線を考えないことにして、紗由良はくるりと机に向き直り、パソコンを起動させた。
本来この館がある空間は、隔離された単独の世界だ。
よって、例え設置したとしてもパソコンはオフラインにしかならないのだが、紗由良のは例外的にわざわざインターネットを繋いであったりする。
隣接する人間世界から空間を隔ててもわざわざネットを繋いでいるのは、紗由良の娯楽の為であるといっても過言ではない。
ネットサーフィンは紗由良の趣味のひとつである。
紗由良の生まれは地球という星の、日本と言う島国だ。
彼女が生まれたころには、既に周りは機械で溢れていた。
その中でも、パソコンは紗由良にはとても身近なものだった。
生家にはアップル社製のパソコンがあり、オフラインのそれで街作りのゲームで遊んだりしていた。
小学校からパソコンを扱う授業があり、中学・高校とチャットにのめり込んだ。
それから高校を卒業後は親元を離れた為、自分だけのパソコンを手に入れた。
また仕事は事務職だったので、業務上でも触れることは常なることで。
故に、紗由良の人格を形成する上で、パソコンの存在は地味に大きい。
人として育った20数年よりも、それから化け物として生きてきたこれまでのほうが格段に長いが、紗由良の生活は人として生きてきたものが根幹にある。
空間を隔てても尚、かつての生活を模倣するのはそのせいでもある。
かちりかちり、手早くマウスを操作しながらいくつかのデータを引っ張り出す。
今まで出会ってきた異世界の住人達のデータは、紗由良自身が手の空いた時パソコンの中にまとめて入れていた。
知り合って交流を持つようになった彼らのことを、逐一データベースに保存する。
勿論自身の頭の中にも入ってはいるが、情報を整理するためと、万が一忘れてしまったときのために残しておこうと思ったのだ。
「んー、この辺かな」
カチカチ、タタン。
マウスを操り、キーボードを叩く軽快な音がする。
紗由良はいくつかの人物のデータをピックアップするとまとめて印刷し、一度そこでパソコンをシャットダウンした。
「よし、オッケー」
印刷されたものをクリップでまとめると、クリアケースに入れて卓上に置く。
そこでようやく放置していた方へと目を向けた。
「・・おや?」
くすり、笑いが漏れた。
小さく衣擦れの音を立て、紗由良はベッドへと足を向ける。
その先には、待ち草臥れて寝てしまった小さなこどもの姿があった。
「・・・・おやすみ」
一度抱き上げ、ベッドの中心に寝かせてやる。
首元までシーツを引き上げると、紗由良は前かがみになって、こどもの顔にかかっていた前髪をさらりと撫ぜてよけてやった。
寸の間、じっとそのあどけない顔を見つめる。
幼い子。
人間の子。
たった一人、生き残ったこども。
きっと、幸せに、ならねば。
不意に胸の内に湧く思いに、内心で苦笑する。
こどもは苦手だということに変わりはないが、どうやら情が移ってきているらしい。
もう一度だけこどもの寝顔を眺めたあと、紗由良は身を起こすとベッドから離れ、デスクの上のファイルを手に取ると電気を消して部屋を後にした。
「マスター、晩酌でございますか」
私室の隣、ほとんど応接室のように使っている部屋で、紗由良は窓辺に置いた一人掛けの椅子に深く腰かけながらグラスを煽っていた。
両足を椅子の上にあげ、氷が入った透明なグラスを抱えて、先ほど部屋で印刷した書類を読んでいた。
「ん、たまにはね」
キースが静かに近寄ってきて、椅子の前の小さなテーブルの上にある2本のビンを眺める。
深い紫色のビンは、確かカシスのリキュールだったはずだ。
もう一本の黄色の液体は、きっとオレンジジュースで。
「カシスオレンジですよーん」
キースが何も話さぬうちに、書類から目を離さぬまま紗由良が呟く。
先日手に入れたばかりのカシスのリキュールを、オレンジジュースで割ったカクテルの一種であるそれは、紗由良の成年する頃、なかなかにメジャーなものだった。
世界を越えてからは口にしていなかったものだが、書類を眺めているうちに、かつての人だった頃を思い出し、懐かしくなったのだ。
書類の中に、紗由良の旧友とも呼べる者がいたせいでもあるのかもしれない。
自分で適当に作ったカクテルを少しずつ飲み下しながら、紗由良はじっと書類を読み込んでいた。
「では、こちらは肴になりますでしょうか」
「なぁに?・・・あぁ、」
ことり、テーブルの上に皿が置かれ、釣られるようにそちらへ目をやる。
それを見た瞬間に零れた頬笑みは、とても温かなもので。
「ありがとう、キース。わーい、嬉しい」
夜食にと作ってくれたのだろうそれは、小鉢に入った煮物で、紗由良の好物である。
酒の肴になるかと言われたらカクテルが甘いので微妙なところだが、その気持ちが嬉しいものだ。
たまにしか帰って来ない紗由良の為に、キースはいつも用意してくれているらしい。
そういうところがとてもいじらしく、愛おしく思う。
「小鉢でちびちび食べるのが楽しいんだよねぇ」
んふふふ、と含み笑いをしながら、早速手を伸ばす。
にこにこしながら食べている紗由良を静かに見つめるキースも、目のあたりが緩んでいる。
和やかな雰囲気になったところで、ふと、キースが紗由良の手元へ視線を移動させた。
それに気付いた紗由良が、先んじて説明する。
「ん?あぁ、これね、里親になってくれそうなとこを見繕ってみたのよ」
「あのこどもの、ですか」
「そう。
早く見つかるに越したことはないでしょう」
「えぇ、そうですね。
どんな方が候補に挙がられているんですか?」
「んーとね、まずはアストリアのレイルさんでしょ。
ギガンティアのティラハドール様とか、まだ若いけどミーム嬢も捨てがたいわよね。
あとはファルガスのロンディータもどうかなぁと思ってるの」
印刷した中からいくつかの人名を挙げてゆく。
様々な世界で、様々な立場に居る彼らに共通する点は、その面倒見の良さだ。
こどもが特別好きでなくても、彼らにだったら任せられる。
キースはふむ、と一つ頷きつつも、今はひとまず明言を避けたようだった。
「・・そうですね、しかし性格の不一致等もございますから、まずは一度会わせてみては?」
「ん~?彼らに限ってそういうのあんまり必要ないとは思うけど。
まぁキースがそういうなら、アポ取って会わせましょうか」
紗由良の中では、大した必要性を感じない提案ではあったが、ひとまず頷いた。
キースは実際にあのこどもと似たような体験をしてきている。
紗由良には理解出来ずとも、経験者の言葉は優先すべきであると思ったのだ。
「じゃ、明日からでも」
「紗由良様、まずは溜まったお仕事を片付けてからにしてくださいますか」
思い立ったが吉日、とばかりに明日の予定を決めようとした紗由良に、鋭い待ったがかかる。
その声に嫌そうな顔を隠さず、子どもの様に唇を突き出した。
「ぶー」
「ぶー、じゃありません。
定期的にお帰り下さればあんなに溜まることもないのだと申し上げておりますでしょう」
「キースのいじわる」
「いじわるではございません。
自業自得というものです」
「だってじゃああの子はどうするのよー!」
「明日はわたくしが面倒を見ましょう、それくらいの時間は取れますから」
「えー!私には仕事させてキースは遊んでるって言うの!?」
「常日頃きちんとこなしているからこそでございますよ。
お嫌でしたらちゃんと帰って来て下さいませ。
むしろ当分出なくても宜しいのでは?」
「ぐっ」
「それではマスター、明日、宜しくお願い致しますね」
にっこり。
勝利を確信した笑みを湛え、念押しの如く言われては、紗由良に返す言葉もなく。
惨敗した紗由良は、明日が来ることを疎ましく思いながら、大人しく部屋へ戻ったのだった。




