表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

始まりはここから 侍従長の回想

わたくしがこの館に来た折、この広い館の住人は、1人だけでした。

それが、マスター・・・紗由良様。

しかしそのたった一人の住人は、常日頃のほとんどを旅に出て留守にしていることが多く、結局のところ主要部分以外館は廃墟同然だったと言い添えておきましょう。

それでも、かつてのわたくしにとってはそれは然程気にすべき点ではございませんでした。

何せ、それまでわたくしは、ずっと闇の中で生きてきたのですから。






「ほら、挨拶」


「・・・・・こんにちは」


大柄な男に促され、目の前の女へと挨拶をする。

長い銅色の髪は耳の下で一つ括りにされ、簡素なワンピースを着たその女性は、柔らかな見た目とは対照的に、面白げな光を榛色の目に宿らせてこちらを見ていた。


――――――――人間の、女・・・弱い生き物。


第一に思ったのが、それ。

種族として上位種というものに区分される彼は、人とは全く違う造りをしている。

内包する力も、寿命も、一般的な人のそれとは比べ物にならない。

いわゆる天人族などと呼ばれ、人間達には神の使いと認識されている世界もある。

それ故に、彼は、根本から人とは相容れないものだった。


「あら、綺麗な子。で、私にどうしろって?」


興味深そうに見つめてきながら、そっけなく男に問いかける女を、こちらもじっと見つめ返す。

じろじろ見られるのは不快なものだが、既に慣れたものでもある。

しかしこの女の視線は何故だかその不快な気持ちが沸いてこないのが不思議だった。

見つめる先で、榛色が楽しげに揺れる。

なんだか、今にも笑いだしてしまいそうに見えた。


「このままあそこに居たら、闇の中で死ぬか自滅するだけだ。預かってくれ」


「預るってね、簡単に言うけど、私がほとんどここには居ないのに出来るわけないでしょう」


「一時でいいんだ、こいつが成長するまでで。

 自分の力で生きていけるように。

 こいつが異端であったとしても、他者に虐げられることのないように、せめて今だけは」


「・・・・黒い髪に、紫の瞳で・・・・異端、ねぇ?

 確かに力は強いようだけど、別に姿形が違おうが種として変わりはないじゃない。

 どうして排除しようとするのかしらね。

 まぁ天族とて人と同じであるという証明か」


くつり、楽しげに笑う彼女を、黙って見つめた。

この容姿が彼らの種にとって異端であるということは、生まれたときから知っていた。

金や銀、青の色を持つ種族の中で、黒い髪と紫の瞳は否応なく目立つ。

この世に生まれ堕ちた瞬間に迸った周りの悲鳴は、赤子であった彼でさえも忘れられぬ程、強烈なものだった。

父にも母にも似ず、親族の誰とも近しいところがない。

身の内に潜む魔力は莫大で、その容姿も相俟って、酷く恐れられた。

悲鳴に驚いて泣き出すと同時にその膨大な力を爆発させてしまったのも、悪かった。

産屋となった部屋は瞬く間に朱に染まり、そこに息づくものは彼1人だけとなってしまった。

生まれて数分。

彼は、彼自身の力で母親を亡くした。

それから彼は、疎まれ、恐れられながらずっと暗闇で生きてきた。


「てゆーかだったらあんたが連れていけばいいじゃない。

 私だってずっと居続けるのは無理だってわかってるんでしょう」


不服そうに眉を顰め、彼女は零す。

そういう表情をしていると、少し幼く見えるのに気がついた。

一体、彼女はいくつなんだろう。

頭上で繰り広げられるやり取りを聞きながら、ぼんやりと思った。


「俺はもっと駄目なんだ、これから行くのは神族が居る世界だからな。

 おまけに、多分、百年は帰って来れない。だから頼むんだ」


「そんなの私だっていつそうなるかわからないのに」


「頼む」


ぎゅっと眉根を寄せて、頭を下げる男を目の前に、彼女はしかめっ面をした。

じっと頭を下げたまま動かない男は、彼女から返事を聞かない限り体勢を変えないつもりのようだ。

別に自分の子でもないのに、律儀なことだ、と他人事のように思う。

嬉しいと思う気持ちも、悲しいと思う気持ちも、とうの昔になくなってしまっていた。


「・・・あーもー、わかったわよ!いい加減頭あげなさい!」


盛大に溜息を吐きながら頭をがしがしかき混ぜる姿は、あまり女性らしくないと言える。

彼の周りの女性は、決してしなかった行為だ。

しかしそれもなんとなくしっくりきていると思ってしまうのは、何故なのだろう。


「この子が自分一人で生きていけるまでね。

 でも長期が入ったら容赦なく置いてくわよ。いいのね?」


睨むように眉根を寄せて、彼女が男に詰め寄る。

それでも男は至極嬉しそうに笑って頷いた。


「ありがとう。いつかこの借りは返す」


「まったく、あんたも変な男よね。

 他人事にほいほい首突っ込むやつなんて、見たことないわ。

 そもそも、この子供が運が良いのか、あんたが稀だったのか・・・」


「この子が強運なのさ、俺に会ったことも、俺にお前という友人がいたことも何もかも」


にっこり。

嬉しげに、楽しげに笑う顔を崩さない男を見て、彼女は心底呆れたように溜息を吐く。

片手で顔を覆いながら、ちらりとこちらを見やった後、諦めたようにもう一度息を吐いた。


「ねぇ、名前は?」


「・・・・・ない」


真正面から向き直り、名を問われて、端的に返答する。

問われても答える名を持っていないことを、少しだけ寂しく思った。


「彼らはこいつに名を与えることもしなかったのさ。

 生まれたその日から暗い部屋に放置して、世話もろくにせず。

 力に怯えて殺すことも出来ず、な」


男が悔しそうに顔を歪めながら、吐き捨てるようにそう告げた。

何がそんなに苦しいのだろう、理由がわからなくて、一度男を見つめた後、彼女へと視線を戻す。

彼女はただ無表情にじっとこちらを見ていた。


「そう、そりゃそうよね」


ふ、と笑う。

楽しげには見えないその笑みに、きょとりと首を捻った。

先程から、彼らがどうしてそんな風にするのか、わからない。


「じゃ、あんたが名前つけたら?」


男へ顔を巡らせ、何でもないというかのように、彼女が言う。

言われた男はあっけにとられたように目を瞬かせた。


「・・・は?俺?」


「そう、あんた」


「・・・・・・・・俺??」


「そうだっていってんでしょーが。

 拾ってきたのはあんたなんだから、別に名付け親になってもいいんじゃないの?」


にっこり笑って言い放つ彼女を前に、男が挙動不審になる。

名など、こちらにとっては大した意味合いなどない。

呼称があれば相手を特定しやすいといった理由だけのものとしか認識していなかった。

誰につけられても変わらない。

あたふたと慌てるその様をぼんやり見つめながら、ただ展開を見守る。


「名前?俺が名付け親になる?・・・いいのか?」


男は泣きそうに顔を歪めて、彼女を見つめた。

彼女は可笑しそうに笑って一つ頷く。

いいよね?とこちらに確認を取ってくるので、こっくり頷けば、男は感極まったように震えた。


「じゃ、じゃあ・・キース。キースがいい。どうだ?」


「・・・・キース」


ぼくの、名前。


ぽつり、復唱するように呟けば、男は眉を下げて嬉しげに笑った。

彼女が苦笑してこちらを見つめてくるので、応戦すると、困ったように笑みを深くした。


「キース。いい名前ね。これからよろしく、キース」


私は、紗由良というのよ。


そう言って、彼女は手を差し出した。

その意味がわからず、手を見つめながら首を傾げれば、無理やりにこちらの手をひかれる。


「こうするの。握手、というのよ。よろしくねって」


「・・・よろし、く?」


くたり、首を傾げて。

握られた手に、少しだけ力を入れて、その感触を確かめる。

触れられた手は、ひどく柔らかで、温かかった。





男はその後、名残惜しげに館を後にし、キースと紗由良の二人きりの生活が始まった。

彼女はまずキースの身なりを整え、言葉を教え、自身だけで身の回りの世話が出来るよう心を砕いた。

年齢を問われて、生まれて15年程だと返すと、相当驚かれたのを覚えている。

満足に栄養を摂取していなかったおかげで、当時のキースは10にも満たない見かけだったようで。

彼女は奮起してキースに栄養を摂らせようとし、その年と見た目が釣り合うようになるのにも大して時間はかからなかった。

やがて数年一緒に過ごしたあと、彼女は少しずつ外出を増やしていき、キースは1人で生きる術を身につけていった。

1年に1度しか館に戻らなかったときは流石に色々肝を冷やしたが、それでも彼女がいつでも館に帰ってこれるよう、キースは率先して館の采配をその手に担うようになった。

彼女の帰る場所になりたいと思うようになったのは、いつのころだったろう。

主として仕えるのを、彼女は初め良しとしなかったが、そこは無理矢理押し通させてもらった。

幾年も共に過ごすうちに、彼女は案外押しに弱いのだと知ったが故の行動だった。

そうして、彼女には実は拾い癖があり、あのキースを拾った男とは類友と言える性質だったということも、後で嫌というほど知らされた。

始めはたった一人だった館に、1人増え、2人増え、今では総勢25名の仲間たちが居る。

それを与えてくれたのは、男であり、紗由良だ。

キースは、生まれてからずっと、己は闇の中で生きるのだと思っていた。

二度と、光の元には戻れず、誰かの温もりを知ることもないのだと。

だから彼にとって、今の現状はまるで夢のように思えてしまう。

それを現実と認識出来たのも紗由良のおかげである。

かつての生まれ故郷より迎えが来たり、紗由良が浚われたりとこの数十年に様々なことがあったが、今ではここが彼の家であり、何よりも大事なものが居る場所だった。






・・・・さて、わたくしがここに来たのは、こんな経緯があったのでございました。

あまり大したお話ではございませんでしたでしょう、お目汚し失礼致しました。

え?あぁ、わたくしを拾った男のことなら、今も何処かの世界で生きているのではないでしょうか。

勿論、彼には感謝しておりますよ。

紗由良様と出会えたのは、彼のおかげですから。

いつかこの館へ来ることがあったら、その時は感謝の言葉くらいは伝えてみても良いかも知れませんね。


・・・えぇ、今は幸せでございますよ、全く。


それでは、本日はこの辺で失礼致します。

紗由良様がお帰りになる為、出迎えの準備をしなくてはなりませんので。

榛=ハシバミ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ