表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/137

第  話(解読不能)



 森の東。

 谷は深く、冷たく、そして静かだった。

 霧が川面を撫で、岩肌に貼りついた苔は朝も昼も区別せず濡れている。


 その中心に――眠るものがある。


 地形の一部にしか見えない巨躯。

 谷に横たわる稜線。岩の列。山脈の断片。

 だが、それは山ではない。岩ではない。


 世界天蛇(イオルムンガンドル)


 そこに居るだけで、周囲の世界の輪郭がわずかに歪む。

 湿った空気が重くなる。音が遠のく。鳥の声が途切れる。

 森が息を潜めるほどの巨躯。


 その渓谷に、ひとつの芽が伸びた。

 音もなく、抵抗もなく。

 柔らかく、しかし尋常ではない速度で。

 芽は枝になり、枝は骨格になり、骨格は皮膜を纏う。


 人形の形。

 肩、腕、胴、脚。

 そして――顔。


 樹神女帝ドライアド・エンプレスの樹人形。

 肌は木肌のまま滑らかに均され、硝子のような眼が埋まる。

 そして何より、マネキン染みた無表情。


 その無表情は王国の者にも魔国の者にも、一度として見せたことのない種類のものだった。

 会談で見せた皮肉も、食卓で見せた悪ガキの笑みもない。

 完全に「外部」を拒む冷徹さ。

 情緒を削り落として、目的だけを残した顔。

 樹人形が渓谷を見上げる。


『――おい。蛇。事情を話せ』


 声は冷たい。

 温度など一切ない。

 それは怒声ではなく、命令でもなく、ただの要求。

 誤魔化しも引き延ばしも許さない声色。


 返答はない。

 眠る巨躯は、動かない。

 ただ、そこにいる。


 だが領域は、動いた。

 谷の空気がわずかに歪む。

 霧の流れが止まり、川のせせらぎが消える。

 岩肌の影が濃くなり――渓谷そのものが「目を開く」ような感覚。


 そして深淵の眼が、女帝を見た。


 見た、と例えることすら埒外。

 視線という概念の外側から、知覚が向けられている。

 目で見られているのに、目で見られていない。

 法則の裏側から覗き込まれている。

 女帝の樹人形は一歩も引かず、吐き捨てるように言った。


『貴様、何を考えている。自らの分け身を、国に与させるなど……』


 言葉の途中で、一度首を振った。

 怒りの方向を修正する。論点を絞る。要点だけに刃を立てた。


『いや、国に与する事が問題ではない。外に出る事の方が問題だ。我等の力は、他を陵駕しておる。安易に出せば、世界が揺れるぞ。解っておるのか?』


 返答はない。

 蛇は、答えない。

 ただ、見下ろす。


 その沈黙が、女帝にとっては嘲笑と同義だった。

 理解していて黙っているのか。理解していないから黙っているのか。

 どちらでも同じ――答えないなら、答えさせる。

 女帝の眼が細くなる。



『この後に及んでまだ答えぬか……舐めるなよ』



 そして――女帝の領域が広がった。

 世界に根が伸びる。渓谷の、蛇の領域を侵食する。

 繁る樹々の気配が、谷の隅々まで満たし、岩の隙間に入り込む。

 世界の表面に、繁栄の法則が上書きされていく。


 呼応して。

 蛇の領域が広がる。


 女帝の勢力圏を押し返すように、蛇の存在感が満ちる。

 空間が軋む。音が潰れる。空気が鈍る。

 視界は保たれているのに、距離感が崩れる。


 力と力のぶつかり合い。

 睨み合いだけで、空間が軋む。


 この瞬間、もしも帝国軍が渓谷に残っていたなら。

 一人残らず、魂までひしゃげていただろう。

 鎧も骨も魂も、歪んで潰れていた。抵抗する暇すらない。

 常人では踏み入る事すらできない神域の争い。


 睨み合いの中心で、魔力が弾ける。

 永遠不滅の蛇と、無限繁栄の樹。

 力の大きさは、ほぼ互角。

 拳も魔法も剣も不要。

 ただ存在するだけで、鬩ぎ合いが始まる。

 

 しばらく二者の衝突は続いた。

 女帝が天蛇を見上げるだけで、樹々が怒りに騒めき。

 天蛇が女帝を見下ろすだけで、星空が無慈悲に堕ちる。

 互いに意思を向ける。世界を己の法則で塗り替えていく。

 

 その無言の戦いは千日手の様相を見せる。

 終わりの見えない、超越者同士の睨み合い。

 だからだろうか。

 ――蛇が言葉を紡ぐ。



『――何を焦る。豊穣の樹』



 声は女性。

 アギトの声ではない。軽やかな少女の声とは違う。

 妙齢の女性の声。

 長い年月が染み付いた、落ち着いた声。

 星空の彼方から響くような声色。

 女帝の眼が、僅かに釣り上がる。


『何を、だと? 言わずとも解るだろう。貴様の行動を見て、どうして焦らないと思う? その力、我や隠者と同格のその力。我より先に生まれた永遠の蛇――それが外界に出たのだぞ? 焦らぬ理由があるものかよ』


 睨み合いを続けながら、女帝は吐き捨てる。

 当然だ。森の主の力は、外で振るえば簡単に国を亡ぼす。反則を通り越した禁忌。

 その力が帝国に行った。そこからどう世界が動くのかは解らない。

 だが確実に、平穏では終わらない。終われるような力ではない。

 だからこそ――隠者も女帝も外に出ない。


『貴様が動くのなら、我と隠者も黙ってはおれぬ。だからこそ――』

『――だから、何故焦るのかと聞いている』


 その言葉に、女帝は僅かに止まった。

 天蛇の言葉が、上手く呑み込めない。

 何か――自分と天蛇の中で、齟齬が起きているような気がして動けない。


『――確かに。わたしの「手」が外界に伸びれば、それは間違いなく世界を揺るがす結果になろう』


 蛇は淡々と告げる。

 脅しではない。誇示でもない。

 当然の事実として語る。


『解っているのなら何を――』


 女帝が言い返そうとした、その瞬間。





『だから――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()





『――――』


 その言葉を聞いた瞬間、女帝はすぐに返答できなかった。

 世界は揺れる。大陸は動く。戦争になる可能性だってあるだろう。

 だがそうではない。確かに、自身の領域内にある魔国が、巻き込まれる可能性がある以上「多少の便宜」は図る。巻き込まれても無事で済むように。


 だがそもそも――国も、人も、全て枝葉だった筈。

 いや、その認識は今も変わっていない。

 女帝の認識は変化していない。魔国内の住民が死んだとしても、それほど感情は動かない。

 多くある命のひとつが失われるだけのこと。悼みはするだろうが……逆を言えばそれだけだ。


 こんな――()()()()()()()()()()はどこにもない。

 蛇の分身が外に出たからといって――焦る理由がどこにある?


『――なんだ、これは』


 人と触れ合って感傷を抱いた? 否、違う。

 仮に今、魔国女王のメトゥスが死んだとして、戦争の果てに惨殺されたとして――そこまで心が動かない確信が女帝にある。超然たる意識に変化は無い。慈悲はあれど、人とは違う慈悲だ。

 たとえ国が荒れようと、世界を巻き込む戦乱が起きようと、心に波風立たないのが女帝だ。

 そうやって生きて来た命。女帝の価値観は人とは大きくズレている。




 それなのに、焦っている。

 世界に戦乱の気配が宿っただけで慌てている。

 枝葉でしかない国の存亡に――


 ――違う。

 焦りの原因は、ただ一点。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 意味が、解らない。

 女帝の意識していない、何か「別の機能」が働いている。


『ようやく気付いたか。そうだ。それがわたし達「森の番人」に課せられている「役目」』


 天蛇が悠然と語る。

 今、女帝が抱いている焦りは――女帝自身が抱いている感情ではない。

 その焦りは「世界の内」から漏れているモノだと。


『最初にわたしが東で生まれた。次にお前が西。そして北。最後に南――その順番で配置された』


 天蛇が語るモノ。それは順番だ。

 森の四方に配置された順番。

 その言葉が、女帝の認識に別の影を落とす。

 何故、この森の主となったのか。何故、樹神女帝ドライアド・エンプレスという名を付けられたのか。

 女帝が考えていた以上の意味が、ある。

 蛇が続けた。


『役目がある。わたし達は、その役目を果たす為だけに配置された楔』


 そして女帝よりも長い時を生きている天蛇だからこそ、その順番が意味することを朧気ながらに掴んでいる。

 何か、役目があるのだ。天蛇が世界を()()()()()()()()()()

 西にも、北にも、南にも。

 何か――「世界」にとって大切な役目がある。


『だから焦ったのだよ。東が勝手に役目を放棄したように錯覚して』


 錯覚。

 女帝と隠者の焦りは、役目の警報。

 本来焦る必要のない事柄を、一大事として取り上げる。

 超然たる女帝ですら狂わせるほどの仕組み。


 その事実が、女帝に久々の恐怖を思い出させた。


 力の差を恐れるのではない。

 死を恐れるのでもない。

 自分が、自分ではないものに動かされる。

 その感覚こそを恐れる。


『……一体、何なのだ、この森は。我等に一体何を求めている?』


 女帝の問いは、渓谷に落ちる。

 渓谷の冷えた空気がそれを吸い込んで、答えのないまま漂う。


『解らん』


 蛇は、嘘をつかなかった。


『わたしも永遠をここで過ごしているが、誰かの意思を感じたことは一度も無い』


 天蛇も、その詳細まで知っている訳ではない。

 命令された覚えも、縛り付けられた覚えもない。

 ただ、ここに居た。ここで過ごした。悠然と長い時をこの森で。

 その際に掴んだ、僅かな意味を噛み解いただけ。

 蛇の眼が、ほんの僅かに細まる。

 思案の仕草なのか、ただの揺らぎなのか判別できない。


『ただ、八年前に南が異界より召喚され……四年前に北が暴走した。偶然ではないのだろうな』


 時間が並べられる。

 八年前。四年前。

 間隔がある。ズレがある。誤差がある。


 これが意味する事は何なのか。蛇にもそれは解らない。

 ただ、偶然ではないと思っている。今までの経験から、単なる「出来事」ではなく「進行」の一部なのだと推測しているだけ。


 女帝の身体が僅かに震える。

 怒りでも焦りでもなく……純然たる恐怖で。


『案ずるな』


 蛇は、女帝に向けて言う。

 慰めの形をした、何の慰めにもならない言葉。


『おそらく何も変わらん。思うように動けばいい。わたしが外に手を伸ばすように――お前も隠者も、思うように動けばいい』


 女帝の中で、何かが軋んだ。

 思うように動け?

 それは、動いていいという許可なのか。

 それとも、動くことを織り込み済みだと言っているのか。

 あるいは――()()()()()()()()()()()()()()()と知っているのか。


『何をしてもいい。何をしたところで、結末はひとつだ』


 蛇は、悠然と告げる。

 世界の底すら見通すような瞳で。

 霧の向こう、岩の向こう、森の向こう――さらにその向こうを見ている目で。





『どうせ世界は――ハッピーエンドを迎えるのだからな』





 天蛇は言った。

 穏やかな声色で。整った響きで。



 そんな――安心する(救いのない)言葉を贈った。






第四章はこれで終了です。

次回からは第五章。第五章の開始は「1月27日」を予定しています。


それと、もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価で応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
のぶ代ボイスで「ゲームだから!」って聴こえてきそう
箱庭かぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ