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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第四章

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第73話・若い緑の芽 ※挿絵あり


 光が収まった。

 白緑の眩しさが、潮が引くようにゆっくりと薄れていく。庭の空気が戻る。葉の揺れが戻る。遠くの風の音が、ようやく耳に届く。


 ――そして。

 そこには、何もなかった。


 結界の縁、その外側。

 芽が立ち上がり、外殻が編まれ、緑光に包まれた場所には何も立っていなかった。

 木片も残骸も、焦げ跡も、崩れた術式の残り香も無い。

 まるで、最初から何も作っていなかったかのように芝がそよいでいる。


「……あれ?」


 有羽の口から、間抜けな声が漏れた。

 指先に残る魔力の痺れだけが、やったことの現実味を主張してくる。確かに流した。確かに編んだ。確かに重ねた。


 設計上では、ここに立っているはずだった。

 自分と同じくらいの背丈の、自立式の魔導人形。外殻は女帝の樹構造、内部は有羽の送受信核。

 外界でも稼働できるように、耐候と耐久の術式を組んだ。警戒と自衛のための戦闘力も入れた。

 自我は暴走しないように、勝手な欲求が芽生えないように段階的な起動制限をかけた。


 それでも「何か」が生まれる危険は想定していた。

 だが――何もいない、は想定していなかった。


 なのに、いない。


 失敗か?

 霧散か?

 それとも、どこかへ飛んだか?

 有羽が結界の縁に目を凝らし、息を詰めた、その時。


「な、なあ有羽……あれ」


 アウローラが、有羽の肩を叩いた。

 遠慮のない強さで、バン、バン、と二度三度。

 その声音が、妙に震えている。

 更に、顔が赤い。目が潤んでいる。口元に手を当てて、ぷるぷる震えている。

 何かを必死に我慢している顔。


 アウローラだけじゃない。

 レジーナも、侍女隊も――必死に我慢している。

 爆発しそうな感情を、懸命に抑え込んでる。


 視線が、揃っている。

 全員、同じ場所を見ている。

 下だ。


「……?」


 有羽は、釣られて視線を落とす。

 そこにいた。

 まるで最初からそこにいたみたいに、ぽつん、と。


 子猫ほどのサイズ。

 二頭身。

 ふわっとした丸みを帯びた胴体に、ちょこんと短い手足。葉っぱのような緑の長髪。頭がやけに大きくて、全体の造形が――女帝に似ている。いや、女帝をわざと可愛くしたような、ありえないデフォルメ。

 無機質でマネキンじみた女帝の顔が、丸くなり、目が大きくなり、口が小さくなり、感情を表現できる形に落とし込んだ――人形。


 木目ではない肌色の質感。

 だが見た目は人形……と言うよりも、むしろぬいぐるみが近い。

 触ったら絶対ふわふわで、ぷにっとしている。

 そんな――二頭身の、子猫サイズの、可愛いデフォルメぬいぐるみ

 それが二本足で立って、ぽかんとした顔で有羽を見上げていた。


「……なにこれ」


 有羽の感想は、救いようがないほど正直だった。

 取り繕う余裕がない。


 設計図と現実の乖離が、あまりに大きい。

 自立式の監視用ゴーレムが――なんか、可愛いぬいぐるみになっている。


 宝玉の向こうで、女帝の樹人形が微動だにしない。動けない、の間違いだろう。

 有羽も同じ顔をしている自覚があった。自覚しているのに直せない。

 その顔を、仮に的確に表現するのなら――「宇宙猫」である。


 ぬいぐるみゴーレムは、こちらを見上げたまま、ゆっくりと一歩踏み出した。


 ぽてっ。


 歩幅が小さすぎる。足が短すぎる。重心の移動が追いついていない。

 だが本人(?)は真剣だ。全身で頑張って歩いている。


 ぽてっ、ぽてっ。


 両手を伸ばして近づいてくる。

 抱っこしてほしい幼子の動き。いや、幼子よりもっと露骨に「抱っこして」をしている。

 言葉はないのに、動きが雄弁すぎた。

 しかも途中で。


 べちゃっ。


 転んだ。

 芝に顔から行った。痛そうな倒れ方。

 そして、倒れたまま顔だけ上げる。


 じわぁ、と目が潤む。

 眉が下がる。口元がきゅっと震える。

 今にも泣きだしそうな、ぎりぎりの表情。

 ――そこで、女性陣の理性が綺麗に弾け飛んだ。


「あ、あああああああ! だ、大丈夫か!? 痛いか!? 痛いのか!?」


 アウローラが最初に突撃した。

 王女の威厳? そんなものは投げ捨てた。

 二頭身ぬいぐるみが転んだ瞬間に、王女の中の「守りたい本能」が全軍出動。

 侍女隊も遅れない。

 普段は一歩引いて主を支える彼女たちが、今は主を押しのける勢い。雪崩のようだ。

 レジーナも一瞬遅れて、しかし最終的に一番危険な顔で寄っていった。

 王女の微笑みではない。母性という名の暴走馬の顔。


「よしよし、もう大丈夫だからな」


 アウローラが転んだぬいぐるみを両手でそっと掬い上げ、胸元に抱き寄せた。

 ちっこいぬいぐるみは、両腕を必死に伸ばしてしがみつく。ぎゅう、と抱きつく。

 そして――自分より遥かに大きい相手に包まれたためか、安心した顔になる。

 ふにゃ、と笑う。

 その笑顔が、反則だった。


「あ……やわらかくて、あったかい」


 アウローラが呟いた瞬間、侍女隊が一斉に死にかけた。

 レジーナが口元を押さえた。押さえなければ声が出る。声が出たら終わる。色々終わる。


 護衛隊の男たちは、唖然としている。

 武器の構えが崩れている。警戒の姿勢が崩れている。崩れて当然だった。


 宝玉の向こうで、メトゥスが僅かに身を乗り出している。

 羨ましそうな目で。

 すぐに自分で気付いて、咳払い一つで姿勢を正し女王の顔に戻す――が、戻り切っていない。目が戻っていない。


 魔国の爺どもも、口を半開きにして固まっていた。

 威厳のある爺どもが、今は単なるボケ老人。無理もあるまい。


 有羽は、口を開けたまま閉じられない。

 理解が追いつかない。脳の処理が現実に追い抜かれている。

 宝玉の向こうで女帝も同様だった。

 樹人形の顔が、無機質のままなのに、空気が「固まっている」。

 女帝の思考がフリーズしている。長い時を生きた樹の精霊が、目の前の現実を咀嚼できない。

 有羽が、ようやく声を出した。


「……なあ、女帝さん。なにあれ……?」


 女帝の返答は、遅れた。

 遅れた上で、信じられない声が返ってくる。


『……知らぬ。我、あんな造形にした覚えはないぞ……?』

「だよな……俺も、あんなぬいぐるみボディにした記憶、ない」

『そもそも……あれは我のミニサイズか? ならば我の威厳をどこへやった? 誰が我を二頭身に? 誰が我を子猫サイズに? 誰が我を抱きやすい形に……!』

「知らねぇよ」


 本気で有羽は思った。

 女帝がこの手の「可愛さ」に寄せるはずがない。寄せる理由がない。そもそも女帝は自分を可愛く見せる発想を持っていない。

 有羽も同様だ。女帝は恐ろしい隣人であって、可愛いなんて思ったことは一度も無い。話の通じるおっかないマネキンでしかない。あんな、ぷにぷにボディを想像したことはない。


 けれど、居る。目の前に居る。第二王女の腕の中に抱かれている。


 ぬいぐるみゴーレムは、アウローラの腕の中で落ち着いたのか、目をぱちぱちさせている。

 そして、ちいさな手でアウローラの服をきゅっと握る。

 その仕草に、アウローラが「うっ……」と息を詰まらせた。致命傷を負った顔。

 レジーナと侍女隊が、完全に理性を捨てかけていた。

 ラディウスがそれを見て、さりげなく咳払いする。夫としての職務だ。

 だが咳払いの音がしても、女性陣の視線はぬいぐるみゴーレムに一直線。もうダメだ。

 そして――創造主同士の、責任の押し付け合いが始まる。


『……やはり隠者の所為じゃろ。お主が大雑把な術式組むから誤作動おこしたのだ』

「いやいや、何言ってんだ。女帝さんの造形が甘かったからおかしな形に定着しちゃったんだろ」

『我の所為だと抜かすか?』

「それ以外にあるか?」

『なんじゃと!?』

「なんだっ!?』


 ぎゃあぎゃあ。

 見事にガキの喧嘩。

 森の主二人が全員の前で。恥ずかしいったらありゃしない。


 宝玉の向こうで魔国側が一斉に目を逸らす。

 庭の王国側も同じだ。護衛隊の一人が「今は見なかったことにしよう」という顔。


 ただ、ぬいぐるみゴーレムだけが、平和だった。

 アウローラに撫でられて、目を細める。

 レジーナがそっと指先で頬を触れると、ふにゃ、と笑う。

 侍女隊が「かわいい……」と吐息で呟くたび、ちいさな腕がきゅっと動く。


 言葉は喋らない。

 けれど表情と仕草だけで、「安心している」が伝わる。


 その幸福な光景が、余計に厄介だった。

 監視用ゴーレムとしては、可愛すぎる。

 十割の確率で計画が崩れる。抱っこが優先される。

 有羽は頭を抱えた。


「……監視用の送受信体のはずなんだけどな」

『……愛玩動物になっておるぞ。どうしてこうなった』


 女帝の声が、心底納得いかない色を帯びる。

 ぬいぐるみは、答えない。

 ただ、有羽の方を見て――小さく首を傾げた。


 その角度が、また反則だった。

 女性陣が再び、きゃあきゃあ盛り上がる。


 国家の行く末を左右する会談の場に、子猫サイズの女帝ぬいぐるみが爆誕した朝。

 誰がこの展開を予測できただろうか。


 少なくとも、森の主二人ですら――できていなかった。





 ◇◇◇





 ゴーレム誕生騒ぎがひと段落して、庭の空気がようやく「日常」の空気を取り戻した頃。

 子猫サイズのぬいぐるみゴーレムは、アウローラにべったりだった。

 べったり、というより――よじ登っている。

 アウローラの胴、腰、背中、胸、肩を、山壁に見立てて。

 小さな手足を一所懸命動かして、ぽてぽて、もそもそとクライミング中。


「だ、大丈夫か? 登れるか? 無理しちゃ駄目だぞ?」


 アウローラは本気で心配していた。

 声色が、戦場の第二王女ではない。子猫を気遣う時のような声。

 普通ならとんでもない不敬だ。

 王族の身体を山にして登るなど、衛兵が見たらその場で倒れる。

 だが今この庭には、もっと強い法則があった。


 可愛いは正義。


 侍女隊の反応は早かった。何名かがアウローラの左右と背後につき、両手を半端に構えたまま、落下対策の陣形を作る。

 誰も武器を持たない。持っているのは「受け止める覚悟」だけ。


「右の方です、今そこが踏ん張り所です……!」

「ゆっくりでいいのよ……ほら、この子の足ちいさいもの……!」

「落ちそうになったら、すぐ……すぐ受け止めますから……!」


 声がみんな優しい。

 優しいが熱量が高い。もはや儀礼や礼節ではなく、集団で発生した母性本能の暴走。


 男性陣はというと――護衛隊の何名かが、呆れ顔で腕を組んでいた。

 ラディウスも、ため息を吐きたい顔をしている。

 だが誰も止めない。止めると、自分が死ぬと本能が告げている。

 女の可愛いに口を出す男は碌な目に合わない。

 古文書にもそう書いてある。たぶん。


 ぬいぐるみゴーレムは、途中で一瞬止まりアウローラを見上げた。

 アウローラがすぐに頷く。


「うん、えらいぞ。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいからな」


 それを聞いたぬいぐるみが、また登る。


 ぽてっ。

 ぽてっ。


 足が短いから、動きが緩慢。かわいい。

 手が小さいから、掴む動きが懸命。かわいい。

 重心移動がぎこちないから、頑張ってる感がすごい。全部かわいい。


 そして――

 ついに登頂。


 アウローラの頭の上、ポニーテールの付け根あたりに到達すると、ぬいぐるみゴーレムは小さく胸を張った。

 ふんす、とでも言いたげな顔。幼子のドヤ顔だ。

 侍女隊が静かに爆発する。


「すごいですわ! 最後までやり遂げましたわよ!」

「見てください、あの自慢げな笑顔……はぁ、可愛くて鼻血が出そう」

「もう、少し出てるわよ」

「あらやだ」


 本人たちは真面目なのに、会話だけが妙に平和だった。

 レジーナは堪えきれず、そっと指先でぬいぐるみの背を撫でる。撫でたくて仕方ない手つき。

 ぬいぐるみはポニーテールに頬を押し付けるようにして、気持ちよさそうに目を細めた。


「あらあら、この子ったら。すっかりアウローラの髪が気に入ったようね……ふふ、簡単に離れそうにないわよ。重くはないの? 首が疲れたりしない?」

「いえ、それが全然。柔らかい感触と温もりはあるんです。でも重さは……まるで羽毛みたいで。ふわふわしてるんです」

「まあ、羨ましい」


 羨ましい、の意味が多すぎる。

 侍女隊の何名かは、眼差しが「羨ましい」を超えて「ずるい」になっていた。


 宝玉の向こう側。

 魔国の広間では、メトゥスだけが指先をもぞもぞさせていた。触れない。触れないのがつらい。顔に書いてある。


 そして、この混沌を傍観していられない二人が、静かに現実へ戻ってくる。

 有羽と女帝だ。

 女帝は宝玉の映像越しに、いつもの無機質な顔を保っているが、眼の奥が不機嫌に光っていた。

 有羽は有羽で、眉間を揉んでいる。頭痛のような疲労のような、理解不能に殴られた後の顔。

 有羽が呻きながらも、なるべく平静に声を出す。


「……で。結局のところ……再現性のない、偶発的な事故の類だよな。あれ」

『おそらくは、な。我も隠者も、外での戦闘を考慮して術を構築しておった。あんな姿に、本来なる筈がない。だが――結果があれだ』


 女帝の言葉が、妙に重い。

 視界の端で、アウローラの頭の上のぬいぐるみがドヤ顔している。

 温度差がひどい。


「俺たちは安全面も考慮した。凶暴性……というか野生の類は、なるべく抑えて。攻撃性に歯止めを入れて。戦闘力は必要分だけにして……」

『……そうだ。それが、あの「ぬいぐるみ」に集束した。可愛いのは結構。だが、どうしてそうなる。理屈が合わぬ』

「そりゃこっちの台詞だよ」


 有羽は乾いた笑いを漏らす。

 女帝も短く息を吐く。二人とも、責任の押し付け合いを再開する気力すらない。


『……やはり混合式は危険じゃな。もう二度と試さんようにしよう』

「同意。これ以上、理解不能なナマモノが出来ても困る」


 声が重い。疲労が染みている。

 そもそも、二人の術式は「完璧に危険を避ける」方向へ寄せた。

 意識の暴走を抑えるため、強い欲求、闘争本能、支配欲――そういう「尖ったもの」を削った。

 危険を避けるために、外界への適応性も同時に持たせた。


 結果として、攻撃性が薄れ「可愛い」が残った。

 あるいは「可愛い」に集束した。たしかにあのぬいぐるみに、危険性は無い。

 別の意味で、特攻染みた危険性はあるけれど。


 有羽は、ふと視線を上げた。

 アウローラの頭の上――ぬいぐるみゴーレムが、ポニーテールにしがみついたまま、周囲をきょろきょろ見渡している。


 可愛い。

 可愛いは可愛い。

 だが、それで終わらせる訳にはいかない。

 有羽は、少し声を低くして呼びかけた。


「えーと……そこの、ぬいぐるみ。そう。アウローラのポニーテールに包まってるお前さんだよ」


 ぬいぐるみは、ぱち、と瞬きした。

 有羽を見て首を傾げる。

 ぬいぐるみゴーレムは、もぞもぞと動いて、アウローラの頭から肩へ移動した。

 肩の上にちょこんと立つ。結局アウローラの傍が一番安定するのか。離れる気配は無い。

 有羽は続ける。


「……自分の役目、解ってる? お前さん、俺や女帝さんに情報を送り届ける役目があるんだけど」


 有羽の声には、不安が滲んでいた。

 作った本人が不安になるくらい、見た目が役目に不釣り合いなのだ。

 監視装置として作ったはずが、マスコット人形になっている。


 ぬいぐるみは、少し考えるように間を置いて。

 そして、息を吸うような仕草をした。


 小さな胸が、ふわっと膨らむ。

 小さな両腕が、ぎゅっと体の前に寄る。

 次に、ゆっくりと両腕を伸ばした。


 子供が背伸びして、遠くのものに触れようとする時の動き。

 精一杯の、まっすぐな動作。


 次の瞬間。

 有羽の意識の片隅に、温かい何かが触れた。

 言葉ではない。声でもない。だが、意味だけが流れ込んでくる。

 柔らかくて、丸くて、あたたかい塊みたいな情報。

 有羽は、ほんの少しだけ目を見開いて頷く。


「……うん。ちゃんと届いてる」


 宝玉の向こうで、女帝も微かに眉を動かした。


『……こちらも届いた。この距離でも時間差は殆ど無し。送受信の役目は完璧にこなせるな』


 場が、一瞬静まった。

 魔国側の重鎮たちも、王国側の護衛隊も、息を呑む。

 可愛い可愛いで忘れかけていたが――これは森の主二人が共同で編み上げた、異次元の監視装置だ。

 世界天蛇の分身を追うための、現実的な手段。


 だが――肝心の「最初の送信内容」が、あまりにもあまりだった。


 有羽の眉間が、じわじわと寄る。

 女帝の無機質な顔が、ほんの僅かに引きつる。


 王国の者も、魔国の者も興味深げに待っている。

 どんな送信内容だったのか、前のめりで待っている。特に女性陣。

 諦めたように観念したように――有羽は届いた内容を、そのまま伝えた。




 ――あうろーら。あったかい。すき。




 それを聞いた女性陣が、即座に二度目の崩壊を起こす。


「そっかー! 私も好きだぞー! んー! ずっと一緒にいようなー!」


 アウローラが抱きしめにかかる。

 ぬいぐるみが嬉しそうに腕をぱたぱたさせる。


【~~♪】


 声にならない声が、鳴った気がした。実際に鳴ったのか、脳内に届いたのか。

 解らない。解らないが、ぬいぐるみゴーレムが喜んでいるのだけが分かった。

 その様子を見ていたレジーナが、一歩遅れて戦場に入る。


「こら、アウローラ待ちなさい。あなた一人だけで独占は駄目よ。私にも抱かせなさい」

「い、いやですよぅ! この子は私と一緒に寝るんです!」

「駄目です。姉の決定事項です。私が決めました。その子と寝るのは私です」

「酷い! そんなの横暴だ!」

「姉は絶対なのよ!」


 姉妹の会話が、くだらない言い争いになっている。

 だが当人たちは真剣で、互いにぬいぐるみの独占をかけて、やいのやいの言い合う。


 有羽はもう、勝手に決めろという顔になっていた。

 少なくとも送受信機能は健在。監視装置として最低限の合格点は出ている。

 なら、もういい。姿形はどうでもいい。どうでもよくないが、どうでもいいことにした。

 その最中――言い争いの途中で、思い出したようにアウローラが問う。


「なぁ有羽。この子の名前なんて言うんだ?」


 隣でレジーナも真剣な顔。姉妹揃って真面目な顔。

 国家の命運を左右する会議で見せるべき顔を、今ここで出している。


「え? ……いやもう、そっちで好きに決めていいよ。基本的にそのゴーレム、王国に滞在するのが役目だし」

『……我と隠者に外の情報を伝えるのがそやつの役目。他はまあ、お主達が好きに決めるが良い』


 投げた。創造主二人が、完全に投げた。

 だが女性陣は喜ぶ。可愛いゴーレムの名付け権。それだけで盛り上がる。

 侍女隊が、次々に候補を出す。


「モフリナ」

「ふわり」

「リリー」

「ぷにちゃん」


 最後の方はただの感触である。

 それでもぬいぐるみは、候補が出るたびに首を傾げたり、きょろきょろしたりする。

 反応が可愛い。可愛いので言う度に候補が増える。

 レジーナが、ふと真面目な顔になった。


「この子は……森の外に出る「手」になるのよね。森の主のお二人の代わりに世界を見て、言葉にならないものを運ぶ……」

「そうだね」

『うむ』


 創造主もそこは同意。同意すべきところはちゃんと頷いておかないと、ゴーレムが可愛いだけの愛玩動物になり果てる。

 レジーナは静かに笑い、ぬいぐるみの頭を撫でた。

 それは母性の笑みでもあるが、王女としての顔も混じっている。


「なら、軽すぎる名前は避けた方がいいかもしれないわね。可愛いのは、もう……どうしようもないとしても」


 どうしようもないの部分で、女性陣全員が頷いた。男性陣は諦めの境地で頷く。

 しばらく悩んで、いくつかの案が消えていく。

 ぬいぐるみはそれを理解しているのかいないのか、ただ気持ちよさそうに撫でられている。

 やがて、アウローラがぽつりと呟いた。


「クロエ……クロエはどうだろう」


 その言葉だけ、空気がすっと落ち着く気配を満たす。


 クロエ。

 若い緑の芽。新しい命。始まりの小さな印。

 森の主の芽であり、人の国に降りる小さな手。


 ぬいぐるみゴーレムの顔が、花が開くように明るくなった。

 瞳がきらりと光り、頬が柔らかく緩む。全身が嬉しいを表現して、ちいさな手がぴょこぴょこ動く。


 侍女隊が胸を押さえた。

 レジーナが思わず天を仰いだ。

 アウローラは息を呑んでから、笑った。いつものお日様みたいな笑顔が戻る。


「……よし」


 アウローラはぬいぐるみを両手で掴み、目線の高さまで持ち上げる。

 ぬいぐるみは短い腕で、アウローラの頬に手を伸ばす。ぺたりとちっちゃな掌が触れる。


「今日からお前の名前はクロエだ。よろしくな、クロエ!」

【~~♪】


 返事のように、ちいさく身体が弾んだ。

 そして、嬉しそうにアウローラの頬に頭を擦り付ける。


 その瞬間、女性陣は全員敗北を認めた。

 元々認めていたけれど、改めて認めた。

 可愛いは正義。

 正義は優先。

 クロエちゃんは絶対。

 宝玉の向こうで、メトゥスが小さく呻く。


「……触りたい」


 誰も責めなかった。

 有羽は、頭の痛みを抱えたまま、庭を見渡す。

 東では、世界天蛇の分身が帝国に向かっている。

 こちらでは、森の主二人の共同制作が王国のマスコットを生んだ。


 ちっちゃくて可愛くて――それでも。

 確かに「手」はできた。


「……よし。クロエ。仕事はちゃんと頼むぞ」

『うむ。余計なことはするなよ、クロエ』

【~~♪】


 クロエは、元気よく頷く。

 こうして王国は――最強の監視装置を迎え入れることになった。


今回のみ、キャラクターのイラストを描きました。

クロエの姿絵です。

挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
逆に言えばコレがでっかくなると女帝さんになる、と?
やばい。
ぎゃうを見つめるようじょか 天国かな?
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