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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第九章

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第142話・この先の未来②


 有羽とニクス。

 黒と白の、よく似た青年が向かい合って座っている。

 黒い方は露骨に不貞腐れた顔をしており、白い方はそんな相手を見て「仕方ねぇな」とでも言いたげに、肩の力の抜けた苦笑を浮かべていた。

 その光景を見比べながら、スキエンティアがぽつりと呟く。


「似てるねぇ」

『うむ。実によく似ておる』

「うーん……これ、有羽君が弟っぽいかな?」

『隠者が弟じゃの』


 探求神と女帝。女二人の言葉が、まるで示し合わせたように重なった。

 ぴくり、と有羽の眉が跳ね上がる。


「おい。そこの二人、ちょっと待て」


 聞き捨てならない単語だった。

 有羽のジト目が、女性陣へ向かう。

 今この場には、北の番人の後継だの何だのという地獄みたいな話題が転がっている。だというのに、なぜそんな枝葉の認識に納得できないのか。それは男としての、ほとんど意地であった。


「何で俺が弟なんだよっ!? そんなに違うか、俺とコイツ!?」

「まあまあ、落ち着けよ兄弟」

「お前も平然と兄弟呼びするんじゃねぇよ!? 嫌だろうがこんな兄弟!!」

「そりゃまあ、嫌だけどよ」


 ニクスが実に素直に頷く。

 彼も、こんな重荷を背負わされた兄弟関係は、ごめん被りたいのだろう。

 しかし、どんなに嘆いても現実は変わらない。


「けど、どうしようもねぇんだ。諦めて建設的な話をしようぜ」

「くそぅ……」


 肩を竦めて受け流す白い兄と、そんな兄に納得いかない顔を向ける黒い弟。

 そんな印象がますます強まってしまい、女帝もスキエンティアも、どこか可笑しそうに目を細めてしまう。


 だが、和んでいられるのはそこまでだった。

 ニクスが背筋を正し、今度は真面目な顔で三本目の指を立てる。


「それじゃ、話を戻して最後のひとつ……これは一応、お前も黒竜も生き延びられる選択だ」


 その一言で、室内の気配が変わった。

 有羽が目を細める。

 スキエンティアの背筋が伸びる。

 女帝の樹人形もまた、顎に手を当ててじっとニクスを見つめていた。

 有羽と黒竜、その両方が生き延びる道。

 それが本当にあるのなら、他の選択肢とは比べるまでもない。


「そして、この選択こそ、お前に『森奥隠者フォレスト・ハーミット』の名が与えられた理由だと俺は思ってる」


 ニクスの言葉を聞いて、女帝が顎に手をやる。

 その仕草にははっきりと思索の色があった。


『隠者の名、か。たしかに、隠者の役割が単なる「後継機」なら、わざわざ新たに名を刻む必要などあるまい。引き継ぎだけが目的なら、別の名など不要じゃ』


 女帝は自然と、有羽を「隠者」と呼ぶ。

 だがその名は、最初から世界に存在していたわけではない。

 後継機に、代替品に、わざわざ別個の名など与えない。

 必要なのは機能だけであって、個ではないからだ。

 女帝の言葉に、ニクスが頷く。


「何度も言うが……四年前で終わるはずだった。森はそう判断してた。だから有羽、お前には個別の名なんて刻まれてなかった。本体の暴走を止めるあの時まではな」


 四年前。

 黒竜が終わり、有羽が代わるはずだった分岐点。

 そこまでは既定路線だったのだろう。黒竜が壊れ、後継が据わる。それだけの、冷たい引き継ぎ。

 だがそこで予定外の事が起きた。


「多分だが、本体の暴走が止まったのは森の想定外だ。止まるはずがなかった。けどお前は止めてしまった――お前独自の方法で」


 その言葉で、有羽は察する。

 心当たりがあるどころではない。自分だけが使えるあの魔法。

 有羽が、今の自分になった発端の魔法。


「……まさか、再起魔法(メモリア・リブート)か?」

「おそらくな」


 有羽は、自分の掌を見つめた。

 再起魔法(メモリア・リブート)

 何度も使ってきた。何度も頼ってきた。今では半ば当たり前のように扱っているそれが、四年前のあの戦いで、どこか別の場所に届いていたのだとしたら。

 思考する有羽の様子を視界に納めつつ、ニクスは続ける。


「俺も、本体の奥で見ていたから分かる。お前の再起魔法は「世界の深奥」に潜って知識を得る根源魔法。別の異世界では『星言語(せいげんご)』なんて名前で呼ばれている、基幹言語の魔法だ」

「星言語?」


 聞き慣れぬ単語。

 だが、その響きには妙な重みがある。


「別の異世界には、そういう魔法があるんだよ。『星の始まりと終わり』を見通す、世界語(ワールドコード)の一番下――」

「あー……」


 スキエンティアが、そこで呻くような声を上げた。

 有羽と女帝の視線が、同時に彼女へ向く。

 何かを知っているが、その全てを把握しきれていない――雲を掴んでいるような顔。

 そんな顔のスキエンティアに、有羽は問う。


「何か知ってるのか、女神さん?」

「一応それなりには。でもそれ、神々より「古い法」だよ? わたしの権能でも奥までは届かないし、正確に把握なんて無理……なんで君が知ってるのさ」


 眼鏡の奥で、スキエンティアの瞳が細まる。

 神々ですら朧気にしか知らない「神の法さえ飛び越えた」根源の文法。

 その力には、上位神であるスキエンティアでさえ届かず――いかに上位神級の力を持った黒竜、その分身体であるニクスでも知っている筈がない。

 けれどかなりの精度でニクスは語る。

 語れてしまうのだ――それだけの道程を、彼の本体は歩んできた。


「こっちは散々っぱら、善悪の坩堝でもがいてきたからな」


 ニクスが吐き捨てるように言った。


「本体も、ただ耐えてただけじゃない。何とか対応しようと、持てる限りの力で足掻いてた。その中で、少しだけ覗けたんだよ。世界の揺らぎも、世界そのものの深奥も」


 世界の揺らぎ。

 この森には、境界を噛み続ける天蛇がいる。

 北に座す番人が、本気で世界の均衡を見ようとしたならば、その揺らぎを辿って「奥」を覗くことはできたのかもしれない。


「その中にあったんだ。世界の真理みたいなもんが。星言語だの、何だのって呼ばれてる断片が」


 だが、覗けたとしても届けるとは限らない。


「本体は一目見て無理と悟った。上位神級の力を持った竜でも届かねぇ領域だ。たとえそこに、この状況をどうにかする術があったとしても、あの『海』を渡るのは不可能だってな」

「海……」


 有羽が小さく呟く。

 海。それはきっと、知識の海だ。

 世界記録の奥の奥。こことは違う異世界にまで触れる、根源の言語。

 神ですら安易に覗ける場所ではない。最深奥の知識の源。

 スキエンティアですら、その一端を図書館の形で顕現するのが精一杯な領域。

 手前で立ち止まるのが精々な、圧倒的な世界の海。

 その海に、思い当たるものが有羽にはある。

 ニクスが、有羽の顔を見て頷いた。


「そうだ。有羽。お前はその『海』に手が届く」


 静かな断言。それこそが最後の可能性。


「四年前、無我夢中で戦ったお前は、偶然なんだろうが――黒竜の暴走と負債を静める方法を、その手に掴んでた」


 有羽は四年前、無我夢中で戦う最中、再起魔法で何らかの知識に触れたのだ。

 暴走し終わる筈だった竜を、一時的にでも静める方法を。

 けれど有羽本人に、その自覚は無い。


「……全っ然記憶にねぇんだが?」

「だろうな。戦いの最中に、指が掠めた程度だろうよ」


 ニクスは淡々と答える。


「けど、その掠めた程度でも本体は止まった。あそこで終わるはずの未来が変わったんだ」


 有羽が四年前にしたこと。

 それは、ただ一時的に黒竜を静めただけではない。

 森の想定すら超えて、本来ならそこで終わるはずだった後継が、別の意味を持った想定外。

 森奥隠者フォレスト・ハーミット

 その名が刻まれた理由が、そこにある。


「最後の選択ってのは、それだ」


 ニクスの声が、ゆっくりと部屋の中に落ちる。


「お前の再起魔法で、世界の深奥から黒竜の『治療法』をもぎ取ってくる」


 治療法。

 そんなものが、もし本当にあるのなら。



「それが、俺とお前が同時に生き残れる唯一の選択肢だ」



 言い切られた言葉は、重い。

 希望と呼ぶには、あまりにも細く、あまりにも頼りない光。

 有羽の扱う再起魔法。

 それこそが、黒竜と有羽、その両方を同時に生かしうる唯一の道である――そう示されたのは確かだ。

 だが、その光が本当に手を伸ばして掴めるものかと問われれば、答えは限りなく心許ない。

 そして。


「駄目っ!! 使っちゃ駄目!!」


 誰よりも早く、誰よりも強く、その可能性を否定したのはスキエンティアだった。

 身を乗り出し、眼鏡の奥の瞳を大きく見開いている。声音には焦りが滲み、もはや探求神としての冷静さなどどこにもない。ただ一心に、それだけは駄目だと止める声だけがある。


「有羽君のそれは、人の領分を大きく越えてる! 日常生活の知識を引き出すだけなら問題ないよ? 今までみたいに、今の有羽君の制御下で扱うなら、まだ大丈夫だよ? でも、でも……っ!」


 言葉の最後が震える。

 本物の世渡有羽は、その魔法に踏み込みすぎて死んだ。

 あまりにも深すぎる場所へ手を伸ばし、その代価を払いきれなかった。


 今、ニクスが口にしているのは、その更に先だ。

 世界の深奥。知識の海の更に奥。

 そんな場所で知識を拾うのではなく、治療法をもぎ取ってくる。

 ――無事で済むはずがない。

 ニクスは、その必死の制止を静かに受け止めていた。瞳を閉じ、短く息を吐く。


「分かってる。今の有羽は「二人目」なんだろ? それは俺も理解してる」

「だったら――!!」


 スキエンティアが椅子を蹴るように立ち上がりかける。

 だが、その前に有羽が手を差し出した。

 ひらり、と。

 女神の前に静かに置かれた掌が、それ以上の言葉を制す。


「……女神さん」


 有羽の声は低く、しかし落ち着いていた。

 焦りも、激情もない。むしろ静かすぎる声。

 スキエンティアは、唇を噛んだまま有羽を見た。

 有羽は、そこからゆっくりと視線を前へ向ける。

 白い髪の青年――自分と嫌になるほど似た「兄弟」へ。


「ニクス。ふたつ聞かせてくれ」


 ひと呼吸置いてから、問う。


「俺が黒竜の「後継」になったら、俺の自我はどうなる?」


 それが一番重要だった。

 後継になることそのものに、今さら嘆きはしない。

 嘆いたところで、現実は変わらない。

 だが、善悪を受け止める天秤へ作り替えられたとき、有羽が「今の自分」のままでいられるとは思えなかった。

 ニクスは、苦い顔を浮かべる。


「……そこまで劇的には変わらねぇと思う。だが、今みたいに動き回ることは、しばらく不可能になるだろうな」

「善悪の奔流は、そこまで激しいのか?」

「ああ」


 即答だった。誤魔化しのない、嘘のない答え。


「本体も最初は動けなかった。さっき言ったろ? 気づいた時には、周りに仲間がいなくなってたって。あれは、自分の変調に気づく余裕すらなかったってことだ。周囲に誰もいなくなるまで、自分が取り残されてることに気づけなかったんだよ」


 その言葉に、部屋の空気が冷える。

 かつての竜はある日突然、番人へと据えられた。

 元より強靭な竜種の肉体を持ち、上位神級にまで至った存在格を持ち、しかも生まれながらに調和へ適合する資質まで備えていた。それでもなお、変調に呑まれた。

 自分が寂しい、と気づく頃には、周囲に同族は誰一人いなかった。

 そういう時間の流れの中へ押し込まれる。

 そしてニクスは、静かに追い打ちをかける。


「……お前が善悪の天秤に慣れる頃には、あの王女さんは寿命で死んでるだろうな」


 その言葉は、あまりにも正確に、有羽の胸の奥を刺し貫いた。

 アウローラ。

 金色の髪を揺らし、無防備に笑って、呆れるほど真っ直ぐにこちらへ駆け寄ってくる、あのお日様みたいな王女。

 彼女が寿命で死ぬ。

 おそらく有羽は、再び「再調整」される。調和の後継機として、再度身体を弄られる。

 今度は寿命すらなくなるだろう。あったとしても、人のそれではない。永劫の時を生きる長命種の寿命。

 ――そして有羽は置き去りにされる。もう二度と、アウローラと笑い合うことができなくなる。

 そういう未来を、ニクスは当たり前のように語った。


 有羽は、一度だけ目を伏せた。

 胸の奥で、何かが潰れた気がする。

 だが、それを顔には出さない。様々な想いに蓋をして、有羽は次の質問に移った。


「次だ……俺が「世界の深奥」に繋がったら、どうなると思う?」

「……分からねぇ」


 ニクスの声も、少し低くなる。


「分からねぇが、今のお前の形を保てる可能性は低い。お前が「三人目」になる程度で済めば、まだマシな方だ。下手すりゃ自我なんて欠片も残らねぇ。『星の言語』と直接繋がるんだ。覇皇神並みの安定装置になりかねん」

「あなたっ!!」


 スキエンティアが立ち上がった。

 椅子が激しく鳴る。

 堪えきれなかったのだ。今の言葉だけは、どうしても聞き流せなかった。


「分かってて言うの!? 何が「生き残れる方法」だよっ!? それ、有羽君に死ねって言ってるのと何も変わらないじゃない!!」

「これくらいしか方法がねぇんだよっ!!」


 ニクスが叫び返す。

 それまでの静けさが嘘みたいに、腹の底から響く怒声。

 有羽にではなく、スキエンティアにでもなく、この状況そのものへ叩きつけるような声。


「そいつがっ、有羽のやつが有羽のままで生きれる可能性が、もうこれくらいしか残ってねぇんだよっ!!」


 その一言に、全員が押し黙る。

 結局、そこなのだ。

 有羽が今のまま。

 森奥隠者ではなく、黒竜の後継機でもなく、ただ「有羽」として生きていける可能性。

 それが、こんなか細い糸一本しか残っていない。


 荒く息をつく。

 髪をかきむしるように指を差し込み、ニクスは吐き捨てる。


「……もっと早くここに来たかった。そうすれば、別の方法も考えれたかも知れねぇ」


 ニクスの声には、どうしようもない憤りがある。

 彼自身も、理不尽に苦しんだ表情。


「だが無理だった。神聖国から出るだけで時間がかかったんだよ。潜り込む時は四年前の戦いのどさくさに紛れてどうにかなった。けど、バレずに山脈を越えるのは、想像以上に骨だった」


 神聖国。

 光輝神ソルの庭。

 上位神の縄張りの中で、力ある存在が動けば目立つのは当然だ。

 女帝が低く言う。


『光の神の監視か』

「ああ」


 ニクスは頷いた。


「神聖国全域が、あいつの庭だ。力の性質が似てても、俺の存在格は重い。従属神と変わらねぇ位階がある。息を潜めるだけならまだしも、動くのは楽じゃなかった」


 単なる人間なら、単なる神官なら、そんな下位存在ならば、光輝神の目も欺いて外に出れただろう。

 実際、僅かとはいえ行商人や穏健派が山脈を越えるのだ。光の神は、小さな虫など眼中にない。

 だがニクスは違う。白い善性だけを核に切り出されたとはいえ、北の番人の分身体だ。動くには、力が大きすぎた。何の偽装もなしに、神聖国を抜け出すことができない。

 ――そう、彼一人では不可能だった。

 そこまで聞いて、有羽は静かに次を問う。


「ニクス。時間はどれくらい残ってる?」

「最長で半年。神聖国の動き次第で、いくらでも短くなる」


 誰も動けなかった。

 半年。

 最長で半年。

 しかも、もっと短くなる可能性がある。


「……最悪、明日動き出しても驚かねぇ。まあ、光の神が本体に手ぇ出さない限り、そこまではねぇだろうがな」


 ニクスの言葉は裏を返せば、光輝神次第で明日にでも世界が揺れ動くと言うこと。

 準備も覚悟も定まらないまま、有羽たちは動き出す必要がある。

 だが。


「千年も向き合ってりゃ、力の優劣くらいは嫌でも分かる。単純な力量差で、黒竜は光の神以上だ。あのガキの方から真正面に手ぇ出す可能性は低い。今まで通り、遠巻きに眺めて、都合のいい方へ誘導するだけだろうさ」


 しかし時間は少ない。

 選択肢も少ない。

 このまま何もしなければ、世界が壊れる。

 黒竜と戦えば、有羽が後継機になる。

 再起魔法で深奥へ潜れば、有羽の自我が高い確率で砕け散る。

 選択肢と呼ぶには、どれも酷い。

 宝玉の向こうで、女帝が吐き捨てるように言う。


『……選択肢なぞ、あってないようなものではないか。何故、この情報を隠者に届けに来た?』


 現状、ほぼ手詰まりだ。何をどうしようと「有羽のバッドエンド」は避けれそうにない。

 皮肉にも「世界のハッピーエンド」はきちんと用意されているが。

 そんな最悪な未来予想図を、ニクスは届けに来たとも言える。

 何故こんな、絶望しか見えてこない情報を伝えに来たのか。

 ニクスは、その問いに真正面から睨み返した。

 睨み返しながら、その視線は絶望そのものへ向かって――。



「――たとえ未来が決まっていても。それで何もせずにいられるか」



 その一言に、空気が震えた。

 そこにあったのは、諦めではない。

 悪足掻きでもない。

 意地だった。どうしようもない、命の意地。


「言っただろ? そいつは、有羽は、俺と「兄弟」だって」


 ゆっくりと言う。

 どんなにふざけた、反吐が出そうになる未来なのだとしても――抗おうとする声。


「同じ境遇なんだよ。勝手に理不尽背負わされて、勝手に役目押しつけられて、勝手に未来決められて……それを黙って受け入れられるわけがねぇだろうが」


 同じだ。

 本当に同じなのだ。

 突然、森の番人にされた者。

 自分の意思と無関係に、世界の都合で生かされ、使われようとしている者。


「どんなに小さい可能性でも、抗いてぇんだよ俺は」


 ニクスの声は、次第に静かになっていく。

 あってないような選択を突きつけられて、それでも希望を捨てない命の叫び。


「死にたいわけでも、殺したいわけでも、押しつけたいわけでもねぇ。俺は――」

「分かってる」


 遮ったのは、有羽だった。

 短い言葉。

 けれど、その声にはもう十分すぎるほどの理解が滲んでいた。


 ニクスがここへ来た理由。

 絶望しか見えない未来を、それでも知らせに来た理由。

 それはせめて……せめて人として生きる道を、指し示したかったのだ。

 だからニクスはここに来た。女帝でも天蛇でもなく、有羽の所にやって来た。

 そんなニクスに恨みはない。むしろ感謝だ。何も知らないままだったなら――有羽はきっと、選ぶことすらできなかったのだから。


「自分の道くらいは、自分で選びたい。ニクス、お前の言う通りだ」


 せめて自分が歩く道を。せめて自分が選んだ道を。

 その権利ぐらいは持ちたい。持ち続けたい。

 どんなに絶望的な未来だったとしても。

 たとえゼロに近い僅かな可能性なのだとしても。




(――自分の終わりが、その道の先に待っているだけなのだとしても)




 脳裏に浮かぶのは、ただ一人。

 金色の髪を揺らして笑う、暖かな王女の姿だけだった。

 アウローラ。

 彼女が笑っていられる未来。

 それが少しでも残るなら、と。



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