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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第七章

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第104話・睨み合い


 エルム大河の水を挟んで、静かな睨み合いは続いていた。

 主役は、河を挟んで立つ二人だけ。


 王国側の先頭に立つ第二王女アウローラ。

 帝国側の先頭に立つ帝王ウィルトス。


 両軍の兵は、誰も口を開かない。

 開いてはならないと、知っているからだ。

 敵軍が相対したとき、最初に言葉を持つ権利は総大将にしかない。

 兵が先に怒鳴れば、それは無礼では済まない。前哨戦の手順を踏み外した、国そのものの未熟さになる。

 だから誰も喋らない。怒りに顔を赤くしている者も、手の中で槍を握り潰しそうな者も、皆ひたすら黙っている。

 今この場で、最初に口を開くべき者は二人だけ。


 ゆえに――まずはアウローラが、口を開いた。

 笑っていた。

 戦場用の、よくできた笑顔だった。

 明るく見せかけて、少しでも気を抜けば噛みつく牙が見える類の笑み。


「帝王自ら国境線に足を運ぶとはな。どうした? 気になるものでも見つけたのか? それとも――王国が怖くて怖くて、様子を見ないと落ち着かないのか?」


 声はよく通った。

 河の流れも、風の音も、兵の鎧の擦れる音も、その一言の前では下がるしかない。


 挑発だ。

 露骨で、わかりやすく、だが雑ではない。


 先手を取る。

 相手の感情を揺らす。

 その揺れ方で、何を気にし、何を隠しているのかを測る。


 戦場における最初の一撃は、剣ではなく言葉である。

 アウローラはそれを知っている。

 知っているからこそ、まるで退屈しのぎの雑談でも始めるような声音で放った。


 対岸のウィルトスは、鼻で笑った。

 怒らない。

 眉ひとつ動かさない。

 むしろ、軽く肩をほぐしただけだった。


「なぁに。何やら、余の国をこそこそ覗き見る臆病者が居たようなのでな。その顔を見に来たのだ……結果的に、想像以上に有名な臆病者が見つかったようだがな?」


 帝国側の兵の一部が、わずかに口元を歪める。

 王国側では、逆に数名が喉を鳴らした。


 王国が帝国を覗いた。

 帝国はそれを感知した。

 その事実を、あくまで「断定ではなく揺さぶり」として言葉の上に置く。

 直接の言質は取らない。

 だが共通認識として地面に落とす。

 この男もまた、戦の口を知っている。

 アウローラの笑みが少しだけ深くなった。


「ほう? 見られた程度でこんな場所まで来たのか。なるほど、まるで着替えを覗かれた乙女の如き反応だな。いや、認識を改めねばならぬか。帝国というのは、柔肌を見られた娘のように悲鳴を上げるのだと」


 風がひゅうと鳴った。

 王国側の兵の中には、危うく吹き出しかけて唇を噛む者がいた。

 帝国側には、目の色が変わる者がいる。

 だがウィルトスは崩れない。

 崩れないどころか、その手の下卑た比喩を笑って流せるだけの度量があった。


「思慮深さのない王国よりはよかろうよ。まあ、それほど余の帝国が怖いのであれば、覗き見もやぶさかではないが……こちらも認識を改めよう。王国は恐怖のあまり帝国を覗き見る鼠の集団とな」

「鼠で結構。賢い鼠は猫に食われん」

「ほう? 余の知る鼠は、たいてい最後に罠にかかるが?」

「そうか。帝国は罠でしか獲物を捕れぬと自白してくれるのか。実に助かる」


 軽い。

 あまりに平気で発せられる鋭い軽口。

 けれど、互いに刃の角度を調整している。


 この程度のやり合いで感情を露出するほど、二人とも幼くはない。

 むしろこの程度で済んでいること自体が異常だった。三年前に血を流し、互いに深い傷を残した当人同士である。罵声の一つで剣に手がかかってもおかしくない。

 それでもまだ口先で済んでいるのは、理性があるからだ。あるいは、理性を失えば本当に終わると知っているからか。


 両軍の兵にとっては、今のやり取りだけでも十分に胃が痛い。

 帝国を「乙女」呼ばわりされて顔を赤くする帝国兵。

 王国を「鼠」呼ばわりされて歯ぎしりする王国兵。

 だが、どちらも動かない。動けない。

 主君たちが笑っている以上、兵は怒りを飲み込むしかない。

 ただ視線だけで、唯一許されている瞳だけで、その全てを相手に向けている。

 ウィルトスは不敵な笑みを崩さぬまま、そんな王国兵たちの視線を受け止めていた。


(おうおう。えらく恨まれておるな)


 面白がるような顔をしているが、頭の中は実に冷えている。


(今すぐにでも河を越えて斬りかかってきそうな目ばかりだ。くく……この分だと、余は南王国で相当悪辣に罵られているようだ)


 向けられる視線には温度があった。

 敵意。

 憎悪。

 殺意。


 けれど、それらは制御されている。

 視線の熱が、そのまま身体の動きになっていない。

 怒りで顔を強張らせている者は居る。奥歯を噛みしめている者も居る。槍を握る手に力が入り、白くなっている者もいる。

 それでも一歩も出ない。

 誰一人として、自分の憎悪を理由に規律を壊さない。


(……当然よな)


 ウィルトスは、笑いながらそう思う。


(三年前に侵略してきた国の王だ。むしろ敵意を向けぬ兵の方が問題有りだ。それでも一切動きに見せぬ自制心……優秀な兵だ)


 己が何者かなど、今さらだ。

 群雄割拠の東部で帝国が統一に至るまで、どれだけの国を踏み潰し、どれだけの王の首を見てきたことか。

 親も祖父も、皆そうだった。帝国の王とは、血に塗れた座を守る者の別名である。

 周囲の国の恨みを浴びて、それを踏み越え、それでも笑って前に出る者だけが王として生き残る。


 自身が暴君であることなど、とうの昔に理解している。

 その上で、なお進むのがウィルトスの生き様だ。

 だから変わらない。

 どれだけ負の感情を向けられようと、帝王の背筋は折れない。




 そして、その「変わらなさ」は――アウローラも同じ。

 王国第二王女は、口元に薄い笑みを浮かべたまま、帝国兵の顔をひとりずつ見ていた。


(流石は帝王の供回りを任される兵だな)


 その視線は細く、けれど冷静だった。


(全員、凄まじい眼光をしている。理性のタガが外れれば、今すぐにでも河を越えて私を殺しにくるな……ははっ。お前達から攻め込んできたくせに、実に身勝手な連中だ)


 理屈で言えば、王国が恨まれる筋合いはない。

 三年前に攻め込んできたのは帝国だ。

 銃を携え、優位を得て、王国を押し潰そうとしたのは向こうだ。

 王国はそれを返り討ちにし、停戦に至っただけ。

 しかし。


(理屈だけで治まるなら、規律も法も必要ない)


 敵兵を千以上焼き尽くしたのはアウローラだ。

 帝国兵からすれば、彼女は友や兄弟や父を焼いた女である。

 ならば憎まれる。

 殺意を向けられる。

 それは当然の心の動き。


(当たり前だな。千を超える同胞を焼き尽くした敵を目の前にして、怒りのひとつも抱かぬような兵士など、兵士にあらず)


 アウローラの目が、ほんの少しだけ細くなる。


(その上で一切口を開かず、武器も抜かない……見事な兵だ)


 王国兵も帝国兵も、等しく「感情を持ったまま抑えている」。

 友が死ねば怒りを抱く。

 家族を失えば恨みが残る。

 国のために戦った者が灰になれば、その灰の色は記憶になる。


 理屈で整頓しても、感情は消えない。

 だから人は「落としどころ」を欲しがる。

 何かしらの決着を。

 何かしらの落とし前を。


 けれど三年前の戦は、停戦と不可侵で無理やり止められた。

 戦が終わったのではない。

 これ以上続ければ両方死ぬ――だから止めただけ。


 王国も帝国も、兵も将も王も、胸の奥では、あの日の続きに決着を欲している。

 ただ、それを今ここでやるわけにはいかない。

 理性があるから、止まっている。

 規律があるから、剣を抜かずに済んでいる。

 その事実を、両国の総大将は正確に感じ取っていた。


 そしてそのまま、アウローラは視線を移す。

 笑みを浮かべたまま視線だけを鋭く研いで、今度は帝国側の主要人物を見ていた。


 まず帝王ウィルトス。

 大柄。豪放。

 だが雑ではない。肩の力の抜き方に、戦場で何度も死線を越えてきた者の匂いがある。

 言葉の応酬の間も、視線は絶えずこちらの布陣をなぞっていた。兵数、槍列、騎馬の位置、背後の予備隊。笑っている癖に、きっと脳の半分はずっと数えている。


(……相変わらず、面倒な男だ)


 感情はある。途方もない憎しみだ。

 だが、軽んじていい相手ではない。

 長い群雄割拠の東部を、ついに統一した帝王の力は軽視できない。


 次に、ウィルトスの少し後ろに立つ老剣士へ目を向けた。

 漆黒の鞘。

 痩せた体。

 遠目には、やや気難しそうな老人にしか見えない。


 だが、アウローラの直感は正直だった。

 あの老人に視線を置いた瞬間、背筋に薄い氷が這う感覚を抱く。

 動いていないのに、すでに斬られているような錯覚。

 戦場で死線を越えた者だけがわかる不気味さ。


(……只者ではない)


 呼吸の深さ。

 重心の低さ。

 立っているだけなのに、そこだけ空気が静かだ。


(下手をすれば、私より上……)


 アウローラは伝説の剣聖ハガネの顔を知らない。

 だが、顔を知らずとも力量は嗅ぎ取れる。

 もし戦になれば、あの老人だけは片手間で処理できない。自分自身か、それに準じる切り札を当てなければ話にならない剣士。


 しかし、本当に恐ろしいのは、その隣だった。

 絶世の美少女――アギト。

 一見すると、華奢で美しいだけの少女。

 あまりにも整いすぎた容姿がかえって現実感を奪っているが、それでも外見だけを見れば「少女」の範疇に収まる。

 人知を絶した怪物には、とても見えない。


 けれど、アウローラにはわかる。

 人が人を見ているのではない感覚がある。

 巨大な嵐の一部を、無理やり少女の形に押し込めたような不自然さ。


(……あれが、蛇の分身。星髪のアギト)


 可視化できるものだけでも十分に異常。

 その奥にあるものまでは、測ろうとするだけで肌が拒否する領域。


(戦いが成立しないな)


 冷静に、そう結論する。

 勝てる、勝てない以前の問題だ。

 自分の雷が当たればどうにかなる類かどうか、その前段階が霧に包まれている。

 人の戦場の理屈で測れる相手ではない。


(……最低でもクロエの力がいる。あの子抜きでは、勝ち目が見えん)


 背後で、小さな気配が揺れた。

 セシリアの腕の中に抱かれたクロエが、不安そうにこちらを見つめているのを、視界の端で感じる。

 だがアウローラは振り返らなかった。

 王女が敵前で背を見せるわけにはいかない。まして、相手は帝王と怪物なのだ。




 同じころ、ウィルトスもまた笑顔の裏で計算していた。


(……南王国第二王女アウローラ。三年前より、確実に強くなっている)


 顔つきが違う。

 立ち方が違う。

 怒りだけで燃えていない。怒りを炉にして力に変えた王族の瞳。


 三年前の稲妻は狂乱だった。

 だが今のアウローラに宿っているのは理性の刃。激情に溺れていない。

 だからこそ余計に厄介だと感じた。狂っただけの女なら読みやすい。だが一度狂って、そこから理性へ戻った女は、手強いなどという言葉で片付けられない。


(余だけでは勝ち目はあるまい)


 それは素直に認める。

 認めないのなら死ぬ。三年前にそれを学んだ。


(ハガネなら負けぬとは思うが……再びあの稲妻が降るなら、果たしてどうだ)


 禁呪級。

 大規模殲滅術式。

 そう簡単に再現できるものではないと頭ではわかっている。


 わかっているのに、記憶が否定する。

 ウィルトスは実際に見たのだ。あの雷を。

 人が軍を焼く瞬間を。

 だから安易には切り捨てられない。


 そして、その思考の流れの中で、ウィルトスの視線が止まる。

 王女の少し後ろ。

 セシリアの腕の中に抱かれた、小さな何か。


(……なんだ、あれは)


 ぬいぐるみのようだった。

 子猫サイズ。丸い。柔らかそう。あまりにも場違い。

 戦場で見かける造形ではない。幼子の寝床に転がっている方が似合う。


 だが、動いている。

 瞬きをし、耳らしき部分がぴくりと震え、こちらを見た気がする。


(生き物……いや、違う。あれは生き物の目ではない。だが死んでもいない)


 ウィルトスの眉が、わずかにだけ動いた。


(ゴーレムか? しかし、なぜあんな姿にする。可愛らしさで敵を油断させる趣味でもあるまい。いや、趣味の可能性も捨てきれんが……)


 正直、意味がわからない。

 わからないが、無意味とは思えない。


 帝国軍の小隊長クラスなら、あれを見た瞬間に「可愛い」で思考が濁る者もいるかもしれない。だがウィルトスは帝王だ。意味不明なものほど警戒する。

 理解できないという事実が、そのまま危険度になる。


(王女がわざわざ国境線に連れてくるものだ。道具か、証か、あるいは牙か)


 可愛い外見が逆に不気味だ。人は意味のある武器を凶悪な形にしがちだが、本当に面倒なものは時に意味不明な顔をしている。帝国の宝物庫にも意味不明な危険物は多くあるのだ。


 河を挟んで、睨み合いは続く。

 誰も明言はしない。

 王国が帝国を覗いたことも。

 帝国が王国の探査を察知したことも。

 今はまだ停戦中なのだから、言質は取らないし取らせない。


 ただ、言外の地面には落ちている。

 その事実を、両軍とも踏んでいる。

 アウローラが肩をすくめた。


「どうした、帝王。三年前の稲妻を思い出して、足がすくんだか? あの時はよく燃えていたぞ。帝国の砦も、帝国の兵も、帝国の誇りもな」


 王国側の兵の顔つきが一段険しくなる。

 帝国兵の頬がわずかに引きつる。

 ウィルトスは、笑った。


「ほう? 余の記憶では、あの夜の後に戦を止めるしかなかったのは王国も同じだがな。よほど余の帝国が怖かったと見える。不可侵に縋りつく様は、実に健気であったぞ?」

「縋ったのは貴様らだろう? 泣きついて停戦を言い出したのがどちらか、忘れたか?」

「泣きついた? ははっ、違うな。余は情けをかけてやったのだ。あのまま続ければ、南王国が先に焼け落ちていたかもしれんからな」

「笑えることを言う。……ならどうだ? 今からでも続きをやるか? 私は構わぬぞ」


 言葉がきつくなるたび、兵たちの眼光も鋭くなる。

 けれど総大将の二人は、どちらも眉ひとつ動かさない。

 王国兵が怒るのも、帝国兵が怒るのも、当然だ。

 当然だからこそ、上に立つ者はそれをそのまま表に出してはならない。

 挑発は挑発。

 舌戦は前哨戦。

 ここで本気で怒っては、負けである。

 ウィルトスが、肩をすくめるように笑った。


「それよりどうだ? 余の国の下に入るというなら、銃でも砲でも帝国の技術を下賜してやってもよいぞ? 第二王女。王国ごと余に臣従してみるか?」


 帝国兵の中に、ほんの数人口元を歪めた者がいた。

 王国側では、露骨に殺気が増した。

 だがアウローラは笑い飛ばす。


「ほう、下賜か。面白い冗談だな。貴様らの玩具など要らん。必要になれば、自分たちで造るさ」

「その割には、こそこそ覗いていたではないか。造る前に見学か?」

「恐れているのだろう? 視られることを。だからわざわざ帝王自ら国境まで来た」

「恐れているのはそちらだろう? 帝国の都を覗かねば夜も眠れぬほどには、な」


 言葉は刺々しい。

 けれど内容は、もうほとんど互いの確認作業だった。


 ウィルトスは、王国が帝都まで届く「何らかの手段」を持っていると把握した。

 しかもそれを第二王女アウローラが認識している。あるいは、彼女が主導している。

 それでも帝国には、それを「察知できる」側面がある。

 ならば王国の動きは制限できる。

 覗くと知られているのなら、それを前提に逆手に取ることもできる。


 一方アウローラは、帝国側にアギトが居ることを、直接この目で確認できた。

 伝聞ではなく、現物として見た。

 見たからこそ、よくわかった。

 あれは人の戦場の尺度では測れない。

 戦闘が成立しない。

 国家単位の備えが必要で、下手をすれば有羽と相談しなければならない領域だと。

 そして。


(……あの王女に攻める気は無いな)


 ウィルトスは笑顔のまま考える。


(監視できる手段を得たから、余の国を覗き見た……それだけか? ふむ……)


 王国は帝国の内情を見たい。

 だが、今すぐに攻める気はない。

 停戦を破る意思もない。

 感情はあっても、理性が勝っている。

 そしてアウローラもまた、対岸を見ながら似た結論に至る。


(……帝王に攻めっ気は無いな。クロエの探査を察知したから様子見に来ただけ……か)


 帝国もまた同じ。

 今すぐに踏み込みたいわけではない。

 睨み、釘を刺し、相手の温度を測りにきただけ。


 理屈の上では停戦。

 感情の上では敵意。

 そして最終的な理性では、踏み込まずに立ち止まる。


 交わされる言葉は攻撃的だが、その本質は「挨拶」に近い。

 互いに短刀を持ったままの挨拶。

 次に会う時のための、最低限の確認。


 今回の再会は、睨み合いと挑発だけで終わる。

 ウィルトスもアウローラも、そう認識していた。





 それは何も間違っていない。

 どちらの読みも正しい。

 戦の経験を積んだ者としての判断に、齟齬は無かった。


 ただ――その読みは、人間の理性が前提だった。

 この場には、人の理性にまだ馴染み切っていないものが二つある。


 ひとつは、王国側。

 セシリアの腕の中で丸まっている、子猫サイズのゴーレム。

 クロエ。


 もうひとつは、帝国側。

 星髪を風に揺らし、退屈そうに河を見ている少女。

 アギト。


 どちらも超常。

 どちらも人の軍勢の理屈では測れない。

 そしてどちらも――情緒がまだ幼い。


 ウィルトスもアウローラも、そこまでは理解していない。

 危険度は認識している。

 強さもわかる。

 だが、「幼い」という一点がどれほど厄介かまでは、まだ飲み込めていなかった。


 人は、感情を抑える術を覚える。

 怒りを飲み込み、恨みを笑いに変え、殺意を礼節の下に押し込む。

 それができるから、こうして河を挟んで言葉だけで済ませられる。


 だが、幼いものは違う。

 感情が芽生えたとき、それを抑える方法を知らない。

 嫌だと思えば、そのまま嫌だ。

 守りたいと思えば、そのまま守りたい。

 怒りが湧けば、それをどう飲み込めばいいのか分からない。


 その二つが、それぞれ敵側に強く感情を向けていた。

 強い強い――国の思惑から外れてしまう程の、強い想いを。


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― 新着の感想 ―
まるでいつ爆発するか分からない見えない爆弾が身近にある様な気分ですね。自分だったらすぐに逃げ出したいですね(真顔) アッ胃が・・・
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