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異世界転移したけど森の奥で引きこもってます。スカウト? いやぁ、森から出る気はないので遠慮します  作者: 初音の歌
第六章

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第102話・国境線②


 帝国領、南方国境。

 草原は広く、風は乾いていて、空は高い。

 大河はゆったりと流れているのに、その水面は時折刃物のように光る。朝日を受けてきらめくそれは、豊かさの象徴ではなく――境界の線引き。


 河を挟めば王国。

 河のこちら側は帝国。

 自然は何も知らずに同じ顔をしているのに、人間だけがそこに線を引いて命を賭ける。


 その線の帝国側に、砦がある。

 石と土で組まれた堅牢な壁。堀。見張り塔。砲座。

 戦争をするためではなく、戦争を起こさせないために積み上げられた、帝国の南端の牙。


 砦の主――グレゴール・ヴァルツァー帝国辺境将は、その牙の中心にいた。


 合理的で、現場主義。

 生きる鉄壁と呼ばれる男は、単に守りが固いだけではない。

 攻めを知り、退きを知り、勝つために「負けない理由」を積み上げる。

 そして何より――余計な夢を見ない。


 その男の砦に、この日、あり得ない来訪があった。

 帝王ウィルトス。

 進撃帝。帝国の象徴。

 本来なら帝城にいて、北の神聖国への対策を練り、書類に目を通し、将軍たちを動かすはずの男が――南の最前線にいる。


「陛下。遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」

「うむ。息災のようだな、グレゴールよ。この地の守りが相変わらず盤石なようで何よりだ」


 砦の中。執務室で、グレゴールとウィルトスは挨拶を交わし合う。

 国境を任せるに値する将など、早々いる者ではない。

 ウィルトスのグレゴールに対する信頼は厚い。二人だけで言葉を交わすのは、余計な堅苦しさを嫌う帝王の趣向でもあり――話を直線で済ますための方法でもある。


「して、陛下。突然のご訪問。何か理由がありましょうか」


 だからこそグレゴールは、僅かな間を置いてから問う。

 問うというより、確認だ。帝王がここへ来た理由は、必ずある。

 進撃帝は、意味のない歩みをしない。

 今、帝国は北の神聖国への対応で忙しいはずだ。

 帝都から離れた国境地帯でさえ、情報は流れてくる。

 それでも帝王は来た。つまり、国境が「今」の最優先だということ。

 ウィルトスは深く頷き、口を開いた。


「うむ。実はな――帝都を覗き見る『目』があったのだ」

「――」


 その一言で、グレゴールの中の歯車が回る。

 目。

 諜報員の潜入。草。内通。

 あるいは――魔法や魔道具による遠隔の探り。


 帝国にも草はいる。王国にも草はいる。

 商人、傭兵、旅芸人、巡礼、冒険者。人が動けば情報が動く。

 だが、帝都――帝城の内側にまで探りの目が届いたとなれば話が別だ。


 グレゴールは即座に、無駄な言い訳を捨てた。

 責任を取るべき立場の者が最初にすべきは、姿勢の提示。

 まるで首を差し出すように、深く頭を下げる。


「申し訳ありません。我が不徳。そこまでの侵入を許すとは……」

「いやいや違うわ。頭を上げよ、グレゴール」


 ウィルトスは手をひらりと振った。

 否定は早く、怒りはない。だが、笑みは少し鋭い。


「お主の検問の手抜かりを疑ってはおらん。無論、草が紛れ込んでおる可能性はある。だが、帝城までは無理だ。余の城の中まで潜り込まれたわけではない」


 グレゴールは頭を上げ、すぐに問いを切り替える。


「となりますと……魔道具か、魔法ですか?」

「おお。しかも――この国境線から覗いているようだ」


 にやりと、ウィルトスが笑う。

 その瞬間、グレゴールの顔から血の気が引いた。

 合理の男が、はっきりと有り得ないと思った。


 この砦から帝都まで、どれだけの距離があると思っているのか。

 それを覗き見る術があるなら、伝令も斥候も必要なくなる。

 軍事のバランスが崩れる。国の仕組みがひっくり返る。

 そんなものが王国にあるのか。


「その顔は――流石のお主も予想外か」

「……はい。王国は、いつの間にそのような技術を……」


 言いながら、グレゴールはすぐに思い直す。

 技術――と呼ぶのが間違いかもしれない。

 魔法式。魔道具。あるいは、もっと別の何か。

 人の理屈の外側にある目。

 ウィルトスは、そこで話題をずらすのではなく――さらに深く刺した。


「そして、その目を察知した」


 グレゴールの喉がわずかに鳴る。


「……陛下。我ら帝国に、対抗策があると?」

「おう。あるぞ――とんでもないものが、な」


 帝王の笑みが変わった。

 温度のある笑みではない。

 獣が牙を見せる笑み。


「時にグレゴールよ。この砦に到着した時、余の傍に老人と少女がいただろう?」

「はい」


 グレゴールは即答した。忘れようがない。

 砦の門をくぐった瞬間、空気が二度変わったのだ。

 一度目は帝王。二度目は――老人。


「老人の方は……あれが噂の剣聖なのでしょう? あの佇まい、只者ではありませぬ」

「ほう、気付くか」


 ウィルトスは少し愉快そうに笑った。


「……そうだ。あやつこそ剣聖ハガネ。今は帝国の客将になっておる……凄まじかろう、あやつは」


 グレゴールは感想を述べない。

 感想は不要だ。必要なのは、対処の計算。


「仮に戦うのなら、砲撃隊を複数動員し徹底的に『面』で攻撃を続けるよりほかありませんな」


 淡々と述べる。

 ウィルトスの背がわずかに強張る。

 剣聖が「敵」になった場合の想定を、将軍が平然と口にしたからだ。


「接近させず、面を上げさせず……爆薬も多数用意。魔法ではなく火薬なら、攻撃の『起こり』が見えにくい。気配を極力消し、戦いではなく『作業』にします。あの領域の剣士相手に戦いを仕掛けても、無駄に兵を失うだけでしょう」


 ウィルトスは喉の奥で笑った。

 頼もしさと、恐ろしさが同居した笑い。


「……流石よな」


 帝王が信頼を置く理由が、そこにある。

 英雄を英雄と崇めない。恐れるべきものは恐れ、叩くべきものは叩く。

 そして叩き方は「合理」で選ぶ。

 だが、ウィルトスは続けた。


「……しかしな。本当に恐ろしいのは、ハガネではない」


 グレゴールの眉が僅かに動いた。

 分かっている。老人が剣なら、少女は――。


「……あの少女。星空のような髪の、あの少女……怪物とは、まさにあの者のことを言うのでしょうな」


 言葉が、自然に重くなる。


「何者ですか。『アレ』は?」


 ウィルトスは、笑みを残したまま言った。

 軽く。だが重い言葉。


「……『アレ』こそが、帝国の対抗策よ。末恐ろしい牙の持ち主。名をアギトと言う」


 グレゴールは沈黙した。

 問い返したいことは山ほどある。

 だが、将軍は今必要な情報だけを聞く。


「陛下。アギト殿は……帝国の味方、なのですか」


 ウィルトスは肩をすくめる。

 答えは単純だが、残酷な答え。


「余が手綱を引いている訳ではない。余は、あやつが帝国に対して敵意を持たぬように『調整』しているに過ぎん」


 グレゴールの目が一瞬だけ細くなる。

 調整――それは制御ではない。

 帝王ができるのは、機嫌を損ねない努力だけだという宣言。


「この砦の兵には、『帝王の客なので無礼は許されない』とだけ言っておけ」

「……はっ」


 短い返答。

 グレゴールは理解した。

 触れない。刺激しない。藪を突かない。

 辺境将が最も得意とする領域だ。


 ウィルトスはそこで話を切り替えた。

 正確には――本題へ繋ぐ。


「さて、グレゴールよ。お主が国境線を睨み続けているのだ。今現在、王国の国境に誰が居るのか……よもや探っていない訳はないよな?」


 グレゴールは即答する。

 それこそ国境将の仕事だ。帝王に言われるまでもない。


「勿論ですとも、陛下。数週間前より、あちらの要塞都市グラードラインに、南王国の第二王女アウローラが滞在しております」


 その名が出た瞬間、空気が変わった。

 帝王ウィルトスの笑みが、ゆっくりと「破壊」へ傾く。

 温度が下がるのに、熱が上がる。

 血と殺意の――冷たい熱。



「――ほう」



 たった一音。

 だがその一音には、三年分の怨嗟が詰まっていた。


 稲妻と暴風。

 灰になった兵。

 砦が崩れる音。

 止まらぬ雷鳴。

 そして、自分の慢心。

 全てが一瞬で蘇る。




「そうかそうか……あやつがいるのか。成程な」




 帝王は笑い、笑いながら拳を握った。

 握る指の力には、万感の想いが込められている。

 自分と相手に対する――途方も無い憤り。




「丁度良い――三年ぶりに、その面を拝んでこようか」




 国境の風が吹く。

 草が波打つ。

 大河が鈍く光る。


 戦場は、まだ静かだ。

 だが静かなほど、次の一手がよく響く。


 帝王が動く――宿敵が待つ国境線に向かって。





 ◇◇◇





 国境線は境目だ。


 国と国を仕切る境界。


 けれど、それだけで済まない時もある。


 踏み込むか、引き返すか。


 そんな単純な二択で、人生の岐路どころか――世界の岐路になる場合も。


 これは、そんな岐路に立った場合の分岐点。





 ◇◇◇





 帝国と王国を区切り、蛇行する大河――エルム大河。

 その大河は、今日も雄大に流れていた。


 河は濁りが少なく、光を受けて鈍い銀色に揺れる。

 だがその穏やかな煌めきは、ここではなんの慰めにならない。


 渡河点が点在し、その渡河点では密入国者や闇商人、そして盗賊の足が絶えない。

 だからこそ、両国は要所を押さえた。


 大河の七砦(しちさい)


 王国側に三つ、帝国側に三つ。

 そして最後のひとつ――三年前の戦で砕け、今もなお瓦礫のまま放置された廃砦。


 最も河幅が狭い地点。

 狭いからこそ砦が建った。狭いからこそ争われた。

 狭いからこそ、三年前に地形が壊れ、河が少しだけ形を変えた。

 土がえぐれ、岸が削られ、流れが変わり――その結果、ここは「狭まった」。


 そして今日、その廃砦跡地を横目に。

 雄大な大河を挟むようにして、二つの影が立っていた。


 南王国第二王女アウローラ。

 帝国の帝王ウィルトス。


 互いに引き連れる兵は数十。

 戦と言うには少ない。

 対話と言うには物騒すぎる。


 双方、完全武装。

 双方、誰一人として気を緩めていない。

 双方、弓も槍も盾も揃っている。


 王国側――河のこちら。

 白銀の甲冑が、朝の光を受けて淡く輝く。

 肩から流れるマントは、王族の飾りであり、将の標章でもある。

 腰には剣。背には、まだ抜かれていない魔力の気配。

 ただ立っているだけで、兵の背筋が揃う。


 アウローラは一歩も揺れず、前へ出た。

 その背後には、辺境伯領の部隊長クラスが控える。

 セシリアもその中にいた。指揮官としての目で前線を見ている。

 若いが、現場の匂いに慣れた目。


 そして――そのセシリアの腕の中に、小さな芽姫がいた。

 クロエ。

 子猫サイズの、ぬいぐるみみたいなゴーレム。

 硝子玉のような瞳が、今日だけは「可愛い」では済まない色を宿している。

 心配そうに、アウローラの背を見つめ、短い腕をぎゅっと胸元に寄せる。

 言葉はない。だが、不安がっている。

 戦いそのものではなく――高まる緊張に。



 帝国側――河の向こう。

 分厚いマントが重く垂れ、胸当ては傷を誇るように無骨だ。

 帝王ウィルトスは戦斧を携え、握る手に迷いがない。

 肩幅は広く、歩幅も広い。近づくほどに、圧が増す男。


 その背後――列の中に、二つの異物。

 ひとつは、老人。

 老練な剣士。背は高くない。

 剣聖ハガネ。

 彼はまるで、世界から余計な音を削ぎ落としたように静かだった。


 もうひとつは、少女。

 星空の髪を靡かせる、絶世の美少女。

 服装も所作も軽い。笑みも軽い。

 だが――目が軽くない。


 アギト。

 水面に映る光を見ているだけに見えるのに、彼女の注意は川の向こうの全てを見据えている。

 誰かの呼吸、誰かの鼓動、誰かの恐れ――そういうものを面白がるような視線が、漂う。


 双方の隊列が、ぎりぎりまで距離を詰めて止まる。

 河を挟んで、両軍が向かい合う。


 手を伸ばして触れられる距離ではない。

 けれど矢なら届く。魔法なら届く。砲なら届く。

 つまり――殺そうと思えば、いつでも殺せる距離。


 廃砦跡地の瓦礫が、間に沈黙を積み上げている。

 砕けた石壁、焦げた柱、潰れた鉄の留め具。

 三年前の戦の「遺骨」だ。


 その骨を見下ろすようにして、帝王ウィルトスが一歩前へ出た。

 同じタイミングで、アウローラも一歩前へ。


 双方の兵が息を止める。

 弓の指がわずかに硬くなる。槍の穂先がほんの少しだけ揺れる。

 しかし誰も勝手に動かない。

 この場の主は兵ではない。

 王女と帝王だ。


 そして――二人は笑った。


 凶暴な笑み。

 敵に向ける礼儀の笑み。

 殺せる相手に向ける、堂々たる笑み。

 河の水音が、やけに小さく聞こえる。




「――久しいな、進撃の帝王」




 アウローラの声が飛ぶ。

 通る声。戦場の声。河の上を直線に走り、帝国側の空気を震わせた。




「――元気そうだな、稲妻の王女」




 ウィルトスも返す。

 大声ではない。だが響く。骨身に届く。

 この男が前線に立つ理由が、その声だけでも分かる。




 二人は互いを見た。

 見て、測り、確かめ合う。


 河を挟んで、緊張が固まる。

 砦跡の瓦礫が、冷たい影を落とす。

 水面を渡る風が、草を揺らす。


 戦いはまだ始まっていない。

 だが、始まったも同然だった。







第六章はこれで終了です。

次回からは第七章。ついにアウローラとウィルトスが再会しました。してしまいました。

更新は毎日ではなく隔日になるかも知れませんが、最後まで書いていきます。


それと、もし面白いなと思っていただけたら、ブクマや評価で応援していただけたら幸いです。よろしくお願いいたします。

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