147.炎の帝
side:デイビッド
レストデーン市街。
各所で石畳は砕け、煙が空を覆っている。
目下の目標は、メラリア軍が集結している軍司令部だ。
私はレーダー装甲車に揺られながら、第3師団であるトニー殿と戦場を見渡していた。
より正確に言えば、味方配置が映るモニターを確認しながら、戦場を見渡すリリーナくんを観察していた。
そして、その手腕に驚愕していた。
本来、市街地戦とは厄介な戦場の一つだ。
遮蔽物が多く、視界が悪く、敵は散発的に現れては消える。
安全を確認しながらでなければ、大規模な進軍はできない。
小隊規模のゲリラ戦が連続し、進軍は遅滞し、被害は蓄積していく。
……本来は、そうなるはずだった。
「その右路地、敵4名。アランさん、お願いします」
澄んだ声が無線に響く。
直後、乾いた銃声。
そして、短い悲鳴。
「こちらアラン、排除、完了」
「了解。前進を継続してください」
実に簡潔でスピーディーである。
敵は確かに潜んでいた。配置も、タイミングも悪くない。
だが、その全てを事が起こる前に潰している。
「……ふむ」
私は小さく呟いた。
リリーナくん。
彼女は前線に立っているわけではない。
いや、立つことも出来るだろう。
だが、今は違う。
少し後方から、戦場全体を俯瞰し、指示に徹している。
敵の位置。
敵の意図。
敵の行動予測。
それら全てを把握し、最適な部隊へ最適な指示を与えている。
味方はレーダーにより配置をリアルタイムで確認でき、各小隊リーダーの視界はヘルメットの小型カメラでここへ送られている。
「ひとつ左隣の建物、二階。シア、やって!」
直後、シアくんの氷により、その部屋ごと凍結する。
銃声は鳴らない。
音もなく脅威が消える。
「了解。総員、前進」
ただその一言で、戦線が押し上がる。
私は思わず、笑みを浮かべた。
敵にとっては……確かに死神だろう。
自分達の存在が……
我々の進軍を遅延させるはずのゲリラ戦闘が、意味を持つ前に消されていくのだから。
先程、ショーンくんから聞いた話を思い出す。
崩落した城壁。
そして……
そこに存在した、不自然な空間。
瓦礫が存在しない、謎の空間があった。
私もその場所を実際に見た。
レストデーンの30mはあろうかという城壁は完全に崩壊している。
本来ならば、小隊どころか中隊規模すら大打撃を受ける、瓦礫の山になるはずだった。
だが……
そこだけが、不自然なほど綺麗に空いていた。
『……これを、守ったというのか』
私は瓦礫の量を改めて見渡す。
あれがどれだけの重さか、正確な数値は分からない。
だが、一目で無理だと分かる質量だった。
小隊を守り切ったのだ。
彼女一人で。
「フフ……」
笑みがこぼれる。もはや笑うしかない。
……ありえない。
なんだ? この子は一体、何なのだ?
何年も研鑽を積んだ私より、遥かに硬いシールド。
そして、この指揮能力。
挙句の果てに、メラリアの最強兵器であるレガシーウェポン【シーラン】を撃ち落とし、鹵獲までしている。
これが本物の天才……
私は自分が天才だとは思わない。
そもそも、今の私があるのはヴァンリ皇帝陛下のお陰である。
陛下の役に立つため、血反吐を吐くような訓練をし、戦果を挙げてきた。
その結果がネームドという地位だ。更には【炎帝】などという、崇高な名を賜った。
任命された時のことは、今でも鮮明に思い出せる。
より一層、このお方のために尽くそうと、今でも訓練は欠かさない。
帝の字を賜った私が弱くては話にならない。強くなくてはならないのだ。
今では私の能力が他のネームドに劣っているとは思わない。
むしろ、良き競争相手だと思っている。
それに、ネームド達と共に切磋琢磨し、アルステリア軍全体の底上げになれば、自ずと皇帝陛下のためにもなる。
ネームドは特別だ。
だが、この少女はなるべくしてネームドになった存在だ。
ヴァンリ皇帝陛下が、このまだ幼さの残る少女を認定した。
その意味を、完全に理解した。
異常……
あまりにも異常……
能力。
戦闘力。
そして、指揮能力。
全てが完成されている。
未熟な所?
あの大量の瓦礫を押し退けた後、魔力過剰使用で魔力流路が傷付いたらしい。
……そんなことは当たり前である。
私であっても、全員下敷きになって終わっていたであろう崩落。
それを押し退けたという事実こそが、異常なのだ。
この私が格上と感じてしまった。
しかし、態度に出す訳にはいかない。
帝の字を冠する私は、振る舞いもそれ相応でなくてはならないのだ。
だが、まだまだ研ぎ澄まされる。
あの少女は間違いなく……
……アルステリアの牙となる。
「目標、目視で確認」
リリーナくんの声。
視線の先。
デーン川を挟んだ向こう側に、メラリア軍司令本部が見えた。
かつて、この都市がアルステリアのものであった頃。私が物心ついた時には、デーン川は司令本部よりも西を流れていた。
だが今は違う。
司令本部より東側へと流路が変えられている。
アルステリアと、この地を隔てるために。
「……愚かなことだ」
私は呟く。
我々を止められるものか。
我々は、デーン川の手前に展開する。
対岸には既に防衛陣形を構築しているメラリア軍。
向こうにはまた、ガイアがいるのだろう。
「いい加減、突破させて貰おう」
届く訳もない声を出し、私は右手を上げる。
体内魔力が魔石を経由し、右手へ収束する。
炎が生まれ、圧縮。
さらに増幅。
大きさはそのまま収束。
火球が完成する。
「行け」
放つ。
火球は一直線に進む。
だが……ゴォォォンッ!!
大地が隆起する。
岩の壁。
やはり、いるか。火球が完全に防がれる。
「……流石だ」
私は素直に賞賛する。
後出しでガードされる。能力の発動はガイアの方が早いのだろう。
威力は私だがな。
正面からでは、容易には崩せない。
だが、今は距離が近い。今までで最も近い距離で対峙している。
今こそ、その岩壁を貫いてやろう。
だが、近い分、もう一つの脅威がある。
……エンドだ。
私は周囲を見渡す。
あの男の銃は、ネームドすら殺す。
普段ならばそうなる。
しかし、今は問題ない。
私のすぐ傍にはリリーナくんがいる。
静かに、前を見ている。
あの崩落すら防ぐ強固なシールドは、ネームド殺しであるエンドの弾丸だろうと関係ない。
彼女のシールドは、貫けない。
「フフフ……」
笑みが深まる。
エンドを警戒して動き続ける必要がない。
素晴らしい。
実に素晴らしい。
「頼もしい、リリーナくん」
私は呟く。
これほどの盾があるのなら。
私は何の躊躇もなく、全力で攻撃を行える。
目を閉じ、魔力を集中する。
両手を胸の前に突き出し、魔力を込める。
込める。
込める。
火球の温度が上がっていく。
まだ撃たない。
守りを捨て、この火球に集中する。
周りは全て無視だ。私にそんな余裕は無い。
暴発しそうな火球を抑え込み、更に魔力を込める。
火球の温度が上がっていく。
守りを捨て、この火球に全てを注ぐ。
暴発寸前の炎を押さえ込み、更に魔力を込める。
限界まで溜めた火球。
温度は上がり、炎の色が赤から白へと変わる。
空気が歪み、周囲の砂利が溶け始める。
それを撃ち出すのだ。
「焔」
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