141.戦場の支配者
私には全部、見えてる。
視界の随所で、赤が揺れる。
常時発動している左眼のレッドアイに映るのは、全てのメラリア兵達。
だからといって、私は油断しない。
そこから私は更に様々な情報を補完する。味方は手元のレーダーで分かる。
その情報と、
足音。
呼吸の乱れ。
殺意の向き。
敵がどこにいて、どこへ行こうとしていて。
どこで殺そうとしているのか。
それを観測。予測。戦術を組み立てる。
そう……
前世でやっていたこと。
前世と違うのは……
そこにレッドアイの情報が加わっただけの事。
「ショーン小隊、左の路地へ。次の角、三秒後に敵が来る」
通信機越しに言う。
『了解』
ショーンさんは一切疑わない。
いいね。そういうの。
私を信じて、従ってくれる人は好きだ。
前世の仲間達を思い出す。
「ハハッ」
私は笑いながら、建物の角を曲がる。
いた。
物陰に隠れて、銃を構えているメラリア兵。
私がここを通るのを待っていたんだろう。相手の指揮官。かなり手練れじゃないかな?
敵兵に迷いがない。ちゃんとカバーが早い。
まるで世界大会の時のようだ。
戦略のぶつかり合い。
正直……楽しい。
でも。
今は皆の命が掛かっている。
楽しむばかりではいられない。
全力で……潰す。
敵が動く。だが、遅い。
引き金を引く。
ダンッ。
弾丸は、迷わず眉間を撃ち抜いた。
崩れ落ちる体。
血が、壁に散る。
「……ククッ……フハハッ」
もう……敵を撃つのも慣れてしまった。
敵が来るので振り向きざまに撃つ。
ダンッ、ダンッ。
二人、倒れる。
撃つ前から、どこにいるか知ってる。
どこに動くかも予想できる。
だから外さない。
敵はシールドも発動できずに倒れる。反応できてないから……
上空でカラスが動く。
どのカラスか分かるのは楽だね。
ジ・オールの能力。
躊躇なく撃つ。
ダンッ。
黒い羽が散る。
これでまた、見えなくなるでしょ。
どこかでここを見ようとしているジ・オールも、この中の赤い点にいるかな?
路地では発砲音。
パンッ。
敵はそちらを警戒する。
でも、誰もいない。
見えない。
オルガさんが姿を消したまま、敵を撃つ。
『な、なんだ!?』
混乱した敵小隊を側面からドロシー小隊が撃ち倒す。
戦場で敵がどこにいるか分からないのは、反応が遅れる原因だ。
混乱。
恐怖。
崩壊。
敵小隊に畳み掛ける。
「ハーヴィン小隊、そのまま前進」
『了解ッ!』
リリーナのことをよく知らない、第1師団達も、気付き始めていた。
リリーナの指示通りに動けば、必ず、優位な状態で敵と接敵する。
勝てる。と。
彼らは実戦を通して、それを身をもって体感していた。
漠然としていた新ネームドへの評価。それが今。実績と共に積み重なって、信頼に変わってきていた。
私は道路の向こう、移動中の敵小隊を確認する。
「シア、そこで止まって。右の道路。【千尋】やるよ」
『了解ッ!』
ショーンさん達は首を傾げているだろう。
一方で、シアやイーノス、ハーヴィンは知っている。
懐かしいと笑っていることだろう。
「ショーン小隊は、そこで右の塀のそばの路地に待機」
『了解』
ショーンさんは困惑していても従ってくれる。ショーンさん達はシアが待ち伏せた道路の角が見えている。
そして、敵小隊が、道路に入った。
今。
「シア、やれッ!!」
『……んッ!』
リリーナの合図の瞬間に動けるように、魔力を練り上げていたシア。その魔力を一気に解き放つ。
【バーンフロスト】
と呼ばれるこの技も、シアに掛かれば道路一面が、一瞬で氷に覆われる。
「なッ!?」
「ぬぉっ!!」
走っていたメラリア兵の足が滑る。
止まれない。
素晴らしい精度で生成された、表面に凹凸が全くない、適度に表面が濡れた氷。
摩擦が消える。
全員が、制御不能のまま滑っていく。
走っていた勢いのまま……
転んだまま……
「うわっ――!」
「止まれ!止ま――」
止まれない。
体が絡まり合い。
もみくちゃになり。
壁まで滑って、全員が壁に叩きつけられた。
体勢も何もない。
完全に、無防備。
そして、その終着地には、ショーンさん達が銃を構えている。
『――撃て』
ショーンさんの声と共に発砲音。
ダダダダダダダッ!!
銃声が重なる。
起き上がれずに、抵抗できない。
一方的な殺戮。
数秒後。
そこに立っているメラリア兵は、一人もいなかった。
静寂と硝煙の匂いだけが残る。
「……ふふッ、予定通りだね」
全部、分かってる。
どこに敵がいて。
どこに逃げて。
どこで死ぬのか。
今、完全に私の手のひらの上で戦場が動いていた。
「………次、行くよ」
私は前に進む。
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side:ショーン
壁に折り重なるように倒れたメラリア兵の死体。
ついさっきまで、確かに“戦闘”だったはずの場所。
だが今は、あまりにも静かだった。
俺達がリリーナの指示で発砲した結果である。
ゆっくりと息を吐く。
「……全滅だ」
全員、死んでいる。
反撃は…………一発もなかった。
「……すげぇ」
誰かが、小さく呟いた。
今回、俺の小隊となった兵士だった。無理もない。
今の戦闘は、戦闘と呼べるものですらなかった。
あまりに一方的な展開。
今のだけじゃない。やはり、リリーナは指揮能力も高い。
あのリリーナの指示通りだった。
リリーナの方向に視線を向ける。
少し前方。
「ふふッ…」
リリーナは視線を動かしながら、笑って歩いている。
小柄な背中。
まだ幼さの残るその姿は、戦場にはあまりにも似つかわしくない。
だが……
『ショーン小隊、左の路地へ。左の建物1階に4名。路地から入れば裏を取れる。アラン小隊はサポート』
リリーナからの通信が入る。
「了解」
『了解ッ』
指示の直後。ダンッと、リリーナの銃音。
上空の黒いカラスが撃ち抜かれる。
羽が舞い、落下していく。
聞いたからこそ分かる。
ジ・オールの“目”。
時間がなくてまだ、ジ・オールの能力のことを言えていなかった。
だが、リリーナは迷いなく鳥を撃ち抜いている。
しかも、当然のように複数いる中の1匹だけを狙い撃ち落とした。
………見えてるんだろう。
「ここまで凄いとは……」
隣で、中尉が呟いた。
恐怖混じりの声。
俺自身も感じてるよ。同じネームドでありながら、何処か違う……
待ち伏せを事前に潰す。
最も有利な場所へ誘導する。
最も効率的な方法で殲滅する。
一切の迷いなく。
一切の遅れなく。
戦場そのものを支配しているかのように。
いくら【レッドアイ】があったとしても、こんなにも戦場を支配できるだろうか?
見えても、こんなにコントロール出来る訳がない。
それこそ、何百、何千回と戦闘を経験したような歴戦の指揮官。
アイツからはそんなとんでもない想像までさせられる程の力を感じる。
先程の建物を制圧すると、兵士の一人が、小さく言った。
「……俺達、守られてる」
その言葉にはっとする。
確かにそうだ。
自分達は、さっきから一度も不利な状況で戦っていない。
常に有利な状況下で、勝てる戦いだけをしている。
それはつまり、全てを管理しているということだ。
戦場の全てを支配する者。
その“誰か”が。
………リリーナ。
「ショーンさん」
建物を出ると、笑顔のリリーナがちょうど通りかかった。
「次、行きますよ」
何でもないことのように言う。
まるで散歩の続きでもするように。
味方でよかったと心の底から、そう思う。
兵士達の視線がリリーナに集中している。
尊敬。畏怖。
誰もが理解していた。
この戦場の支配者は誰か……
その瞬間。
目の前にいたリリーナが吹き飛んだ。
遅れて聞こえる轟音と、リリーナが壁に叩き付けられた音。
「は?」
俺は思わず声が漏れた。
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