142.邂逅
side:エンド
レストデーン東部城壁の上。
ネームド【エンド】は葉巻を咥え、落ち着いた表情で戦場を見下ろしていた。
傍のテーブルには飲みかけのコーヒーまである。
眼下では、アルステリア軍とメラリア軍が正面からぶつかり合っている。
エンドが任されている戦場だ。
銃声。爆発。怒号。
だが……
「……今日も、このまま終わるな」
エンドは呟いた。
防衛戦。それが今回の本質だ。
攻める側が消耗しやすく、防ぐ側は耐えるだけでいい。
葉巻の灰を指で弾く。
アルステリア軍ネームド【炎帝】は、メラリア軍ネームド【ガイア】と互角のやり取りをした上にシールドを張っている。
炎帝は意味不明な動きをする上に、距離が遠く、ネームドレベルのシールドだと弾丸がズレる。
だが、あの規模のシールドを維持しながら戦闘を続ければ、消耗は避けられない。
日が沈み、休憩したとしても回復より消耗が上回るのは時間の問題だ。
「……直に集中も切れる」
そして、その瞬間。
………俺が殺す。
ネームド同士の戦いは、消耗戦の先にある。
焦る必要はない。部下に適当に遠距離狙撃の練習がてら牽制射撃をさせて、待てばいい。
確実に殺せる瞬間を。
エンドは何気なく背後に視線をやる。
その時だった。
「……?」
違和感。
エンドの視線が動く。レストデーンの街の中。
戦闘の中心ではない場所から黒煙が一つ見える。
「…………」
葉巻を咥えたまま、目を細める。
何かが……おかしい。
エンドは無線機に手を伸ばした。
「おい、司令室。状況を報告しろ」
短く言う。
ノイズの後、声が返ってきた。
『街の内部で異変! 捕虜だったアルステリア兵が動き出しました!』
「捕虜が?」
エンドは眉を動かした。
だが、すぐに表情を戻す。
……ケラーがいる。
ネームドではない。だが、ケラーはこの街の防衛を任されている指揮官だ。経験も判断力もあり、指揮官としてメラリア軍一番とも呼び声が高い。
それはエンド自身も認める程の実力者。
100名程度の捕虜上がりの部隊など、問題にはならない。
「ケラーに任せる。が、周波数を寄越せ。状況は聞く」
それだけ言って、再び、正面戦闘へ視線を戻す。
炎帝は確実に消耗している。
終わりは近いだろう。
その時。
『――ッ!!』
無線越しに、悲鳴が混じる。
「捕虜相手に何やってやがる……いや、【絶命】がいたんだったな」
エンドの目が動いた。
銃声。
爆発。
それは正面戦闘ではない。レストデーンの街の内部から……
レストデーン内部用の通信に合わせた無線からはケラーの指示が矢継ぎ早に聞こえる。
その指示はエンドも口を挟む必要のない。的確と思える指示。感心するものさえある。
いくら【絶命】でもこの戦力差で確実に連携をとってくるメラリア軍を覆せるものではない。
だが……
戦果だけが噛み合わない。
損害だけが増えていた。
「……?」
エンドの中で、何かが軋む。
説明できない感覚。
焦燥。
本能が警鐘を鳴らしている。
「なんだ……?」
エンドは城壁の上から、再び直接街の内部へ視線を向けた。
爆発が起きる。煙が上がる。
初めよりも近くなってきている。
無線からは悲鳴と銃声が鳴り響く。
確実に、こちらへ近付いている。
「…………」
エンドの指が、無意識に葉巻を強く挟んでいた。
何かがいる……
猛烈な圧を感じる。
昔に遭遇した【絶命】からもこんな圧は感じなかった。
その時。
無線から、声が聞こえた。
『敵はネームド……! ネームド【隻眼の死神】です!!』
エンドの瞳が、細くなった。
「……ほう」
静かな声。
だが、その奥に宿るのは明確な殺意。
アルステリアの新ネームド。
噂は聞いている。
だが……
「ここまでとはな」
葉巻を吐き捨て、街並みを観察する。
ケラーの無線でリリーナの位置を予測し、射線の通りやすい場所へ移動した。
そこでエンドは右手を前に出す。
魔力が流れ、その能力を発動する。
空間が歪み、光が収束する。
そして………
エンドの代名詞とも呼べるものが生成される。
黒い銃身。
重厚な構造。
圧倒的な存在感。
ネームド【エンド】のあらゆる銃を生成する能力。
その中でも……
ゲーム【Hero of War 虹色の戦争】において、レガシーウェポンを除いた、作中最強の銃。
スナイパーライフル【アヴェンジャー】
スナイパーライフルとされているが、ゲームの仕様でそうとされているだけ。分かりやすく言えば対物ライフルである。
魔力が込められた弾丸を使用し、その見た目に違わぬ攻撃力を誇り、人に当てようものならば弾丸のサイズを超える風穴が空く。
エンドはいつもの調子でアヴェンジャーを握った。
よく手に馴染む。まるで、最初から自分の一部だったかのように。
城壁の上から、街を見下ろし、スコープを覗き込む。
敵は近い。
確実に、近付いてきている。
崩れた建物の影から、一人の少女が姿を現した。
「……」
エンドの呼吸が、わずかに止まる。
小さい。
あまりにも。
戦場に立つには不釣り合いな、小柄な体。
黒い服に黒い髪、左眼には黒い眼帯を着けている。
ニヤリと笑うその少女は見た目と全く釣り合わない程の圧を持っていた。
映像ではこれほどまでとは思わなかった。
「…………」
エンドは確信する。
こいつだ。レストデーンの異変は全てこいつだ。
奴らはスナイパーを警戒して開けた場所には出てこない。
だが……ゼロには出来ない。
エンドにはその僅かな時間で十分であった。
引き金を引き、リリーナの顔に発砲する。
魔力を帯びた弾丸は、内部に螺旋を描いた銃身を通り、発砲される。
空気を切り裂き、狙い違わずリリーナの顔面へ吸い込まれていく。
ネームドであろうと1km圏内ではアヴェンジャーの弾丸をシールドで弾くことは出来ない。それほどまでに高威力の弾丸。
それがリリーナの顔に撃ち込まれる。
そのあまりの威力にリリーナの体が吹き飛び、後ろの壁に激突する。
衝撃に壁が崩れ、砂埃が舞う。
だが、エンドの感想は疑問だった。
「…?」
何故、吹き飛んだ?
アヴェンジャーに撃たれた者は例外なく着弾点を穿たれ、風穴が空く。
吹き飛んだことはなかった。
リリーナが吹き飛んだ場所、瓦礫の砂煙の中に紅い光が燈る。
紅い光はゆらりと揺れながら、煙の中から1歩。1歩。と進んでくる。
エンドはその煙から出てきた少女を無言で見つめていた。
眼帯が落ち、頭部から血が垂れているが、その眼光はエンドを見ていた。
城壁の上にいる自分を……
その真紅に輝く左眼はこちらを捉えていた。
エンドは全身にこれまで感じたことのない程の冷たい物を感じる。
「……ハッ」
肉眼で見るにはまだ遠い距離。
だがお互いが相手を何者か理解するには充分だった。
………間違いない。
あれは……
ネームド【隻眼の死神】は【レッドイーグル】の娘だと…
あの時の娘だと認識する。
あれはネームド【エンド】だと…
あの時の仇だと認識する。
エンドは再びゆっくりと銃を構えた。
アヴェンジャーの照準を合わせる。
己の中で全ての思考が一点に終着する。
……あれはここで殺さなければならない。
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