132.取引
民家の一室。
厚いカーテンに遮られた室内は薄暗く、1階は外の気配をほとんど感じられない。
ドロシーは2階から、ひっそりとメラリア兵の様子を伺う。皆、緊張感は拭えなかった。
ハーヴィンは椅子に腰掛け、水が半分程に減ったコップを両手で包んでいる。
少しずつ顔色は戻っているが、未だ疲労は隠せない。
「……他の捕虜の場所だが」
ショーンが切り出す。
ハーヴィンは首を横に振った。
「詳しくは分からないっす……
俺だけさっきの倉庫に移されました。袋も被されてたので道は分かりませんが、移動時間は長くないのでレストデーンのどこかだと思います。移される前はみんなと一緒だったんですが、真っ暗で何も……」
「レストデーンってこと以外は不明ってことか」
「……はい」
重い沈黙。
状況は悪い。残りの第1師団は別の場所へ移送済み。
そう考えると、ここで足踏みしている時間はないが、手掛かりがない。
「真っ暗…地下?どうするか……」
ショーンが考え込んだ、その時だった。
「……よかったら」
控えめな声。
この家の住人。母親のハンナが、湯気の立つ急須を手に立っていた。
「温かいお茶です。少しでも落ち着くと思って」
「ありがとうございます」
すぐにイーノスが受け取り、皆に配る。
「すみませんね。急にお邪魔してしまったのに……」
ショーンも申し訳なさそうにしている。
実際、メラリアの捜索が始まっている状況だ。ショーン達が見つかれば、彼女達まで撃たれる可能性が高い。
「大丈夫です。
………気持ちはアルステリアですから」
憂いを帯びた表情のハンナ。娘のエマが5歳くらいであることを考えると、苦労したのは想像にかたくない。
「……助かります」
ハーヴィンも小さく頭を下げ、一口啜る。
些か張り詰めていた表情が、ほんの僅かに緩んだ。
⸻
一方で…
「ねぇ、それはなに?」
「これ?これはコンカッションだよ」
「これも武器なの?」
「そうだよ。これが破裂すると目が見えないし、耳も聞こえなくなっちゃうんだよ」
「なにそれすごい……」
娘のエマがシアの横に張り付き、装備を覗き込んでいる。
「じゃあ、このキラキラは?」
「これは魔石だよ。エマちゃんもライトとかコンロについてる物と同じだよ」
シアはしゃがんで優しく答えている。
「こんなに綺麗じゃないよ?」
「えっと、魔石にはランクがあってね。これはランク3なんだよ」
今、シアが首から下げているのは、ランク3の魔石である。
(ホントはパパの魔石を使いたいんだけどね。でも、長官が階級が上がるまで取っておいてくれるって言ってた。できるだけ早く上がらないと)
「ほぇ〜」
「危ないので、触るのはダメですよ」
「えー……」
「初めはランク1から魔力制御も覚えながらじゃないと、危険なの。6歳まで待ってね」
「むぅ」
ほっぺを膨らませるエマ。
そのやり取りに、空気が少しだけ和らいだ――
⸻
ガチャッ。
すぐ近くで音がする。
全員が一斉に反応する。
ショーンは即座に立ち上がり、ハンナを背に刃に手をかける。
アランは影に沈み、ドロシーが音もなく2階から階段を下りてくる。
シアは反射的にエマを抱き寄せ、いつでも発動できるように魔力を練り上げる。
ドロシーの見張りを掻い潜り、近付いた者がいる。それだけで、相手が手練だとわかる。
⸻
入ってきたのは、一人。
両手を上げ、敵意はないとアピールする男。
メラリア軍、ネームド【ジ・オール】であった。
「……撃たないでくれ」
低く、慎重な声。
「話をしに来ただけだ」
ショーン達は銃口と殺気を向けたまま、誰も答えない。
「今しかなかったんだ」
ジ・オールは苦笑する。
「何の用だ」
ショーンが短く問う。
「取り引きをしたい」
ジ・オールは端的に答える。
「報酬は残りの捕虜の情報だ」
「なんだと?何を企んでる?」
「俺は、俺の家族を守ってほしいだけだ」
一瞬、室内の空気が凍る。
「……家族?」
ハーヴィンが眉をひそめる。仲間を目の前で殺されたハーヴィンは、ふつふつと湧き上がる怒りに拳を握りしめる。
「第1師団のみんなも……家族がいた……」
「ああ、分かってる」
ジ・オールは静かに頷いた。
「その件は俺を恨んでいい。
俺は腐ってもメラリアの兵士だ。俺も仲間を守る為なら全力を尽くす。
だが……
だからこそ、これは取り引きなんだ。俺の家族は、今もメラリアで生活している」
「それなら―」
「自由じゃない」
ジ・オールは言葉を遮る。
「常に監視下にある。少しでも不審な行動を取れば、ネックレス型の小型爆弾が即座に爆発。処分される。
爆弾を取ることも出来ず、俺は奴らの命令に逆らえない。先の進行も強引に決まったものだ。恐らくだが、メラリア政府首脳陣にも同じ状況の者がいるだろう」
拳を、わずかに握り締める。
「この話をしていること自体、バレる訳には行かない」
ハンナが、思わず口元を押さえていた。
「……ふざけんな」
ハーヴィンが吐き捨てる。そんな理由を言われてもみんなは戻って来ない。
先の戦闘は確実にジ・オールによる戦果が大きい。
キースの、小隊の、第1師団の仲間達の仇。仲間達を想うと今すぐにでも殺したい程憎い。
今にも飛びかかりそうなハーヴィンをイーノスが抑えていた。
「分かっている」
ジ・オールは視線を逸らさない。
「だが、俺には選択肢がない。
この件が全て終わった暁には俺の命もくれてやる。それで手を打って欲しい」
「なッ!?」
そこまで言うとは思っておらず、ハーヴィンは驚きの声をあげる。いや、ハーヴィンだけではない。全員が驚いた。
「具体的にどう守るんだ?」
ショーンが冷静に促す。
(なにを言ってやがる。本当に人質を取られているのか?
俺たちを嵌める罠?それなら今、この家がバレた時点で攻めてくればいいはず……)
「メラリア国内に入り込んでいる、ルンドバードの諜報部隊を排除して欲しい」
ジ・オールは真っ直ぐに告げる。
「奴らがいる限り、監視は解けない」
一拍。
「こっちのリスクが高過ぎる」
ショーンが懸念を話す。
「ショーンさん!?コイツの話を信じるんですか?」
「ハーヴィン、落ち着け……」
イーノスがハーヴィンを抑えるが、ハーヴィンはあまりの怒りに興奮していた。
「本当だとしても。って話だ。今は確証もなく、罠の可能性だって高い」
「本当だ。今、提示できる証拠はないが……」
「信用しろと?」
「そうだ……」
ジ・オールはただそう話す。
ショーンとジ・オールの視線が交錯する。
(今の話…あの話を連想させる…
………リリーナの任命式。リリーナには伏せられたが、あの時、リリーナをスナイパーで撃った人物は元アルステリア軍所属のスナイパーの老人だった。
長年アルステリア帝国に仕えた生粋の軍人。そんな男が犯人。
そんな男がやるか?ありえない男の動機…
まだ真偽不明だが、男の孫の写真が、もう一人のコートの男の自宅から発見されている。
コイツの言ってる話が、無性に繋がっている気がしてならない)
「……信用して欲しければ、お前の能力の詳細について教えろ」
「…分かった」
ジ・オールは一瞬、驚いた表情を浮かべると、自身の能力について話し出す。それが彼の信用してもらう為のすべだった。
「俺の能力は全てを見通す力じゃない。鳥を操り、その視界を共有するものだ。大体はカラスだな」
「ッ?!」
(だから、発見されない場合もある?ならば辻褄は合うか……)
「そういえば……レストデーンに入ってからも、鳥がいたかもしれません」
シアが記憶を辿る。
「制約や効果時間は?」
「制約は特にないな。鳥ならほぼ大丈夫だと思うが、街中でよく見る鳥しかやったことはない。最初に魔力を込めた分によって、時間は変わる。基本3時間くらいは継続可能だ。最長で5時間だな」
「一度にどのくらい操れる?」
「3匹まで。視界を共有できるのは1匹ずつだ」
「……」
(コイツ、嘘をついている素振りがない……)
ショーンも目を一度閉じ、再び開くと既に決意した表情であった。
「……お前の要求は分かった。確約はできない。できないが、検討の余地はある。本部に報告しよう」
「…お前でも出来ないか?」
「流石に独断でそこまでは出来ん。だが、口添えはしよう」
「……分かった。今はそれでいい。捕虜の場所を、全て教える。地図はあるか?」
「少しでも不審なことがあれば、この話は全て白紙だぞ?」
「分かっている」
ショーンは自身の直感に従う。
ジ・オールが広げた地図の上に指を走らせる。
「捕虜は……ここだ」
赤いペンで書いた印を叩く。
「偽装された軍施設。外見は民家だが、中身は完全に拠点化されている」
「何人いる」
ショーンが即座に問う。
「約50人」
ジ・オールは即答した。
「第1師団の一部だ。残りはもう1つの施設…ここだ」
2つ目の印が書き込まれる。
「もう半分がここにいる。合わせて104人だ。いや、103か……」
ハーヴィンをみて、訂正するジ・オール。ハーヴィンは歯噛みする。
「分散管理……」
イーノスが呟く。
そう、収容場所が1箇所なら問題なかった。
2箇所となると話が変わってくる。ここは敵地である。一方を完全な隠密で襲撃するのは不可能に近い。
確実にもう一方に影響がでる。
警備の強化ならまだいいが、捕まっている第1師団に影響がある可能性がある。
桁違いに難易度が変わる。
だからこその、沈黙だった。
「……なら、迷う理由はない」
だが、それもすぐにショーンがやるしかないと結論を出す。
「まず五十人を救う」
「やりましょう。ショーンさん、決行タイミングだけ正面と合わせましょう。少しでも正面と分散出来れば儲けものです」
「そうだな。決行直前に通信する。恐らく通信で位置がバレる」
「了解です」
アランと詳細を詰めて、作戦の成功率を高める。
その間、ジ・オールは1歩も動かなかった。ハーヴィンがジッと見張っていたのもそうだが、ジ・オールとしてもあらぬ疑いは避けたかった。
「ところで、アンタを今、とっ捕まえてもこっちとしては、プラスだが……どうする?」
ショーンがジ・オールの正面に立ち、反応を伺う。ショーンは既にジ・オールの話が嘘だとは思っていない。ほぼ、真実だと感じている。
だが、そう簡単に応じる程、メラリアとアルステリアの溝は浅くない。
ショーンはかなり温厚な対応と言える。ショーンだったからこそ、接触してきたとも言えるが…
「俺が捕虜となるパターンは結構だが、その場合も家族が心配なんでな。全力で抵抗させてもらう。
……その際に一般人が巻き込まれるリスクを承知で挑むというのならばだがな」
「貴様っ!?」
興奮しているハーヴィンがすぐに反応する。
(そこまで考えてこの場で交渉をしたわけか……)
「すまないな。俺は見ず知らずの人間より、家族を選ぶ」
ジ・オールがハンナへ一瞥し、謝罪する。
割り切った考え。平時のジ・オールは冷徹な男では無い。これはむしろ、それだけの覚悟を持ってこの場にいることを示していた。
「…………分かった。ここは穏便にいこう」
「こちらとしても助かる…」
「だが、偽装が必要だ」
「何の話だ」
「俺を撃て」
一瞬、空気が凍る。
「正気か」
アランが低く言う。
「ここでいい」
ジ・オールは自分の肩と脇腹を指差す。
「二箇所。撃たれ、追われ、逃げ延びた形を作る」
「……ふざけんな」
ハーヴィンが歯を食いしばる。
「やめろ」
ショーンが制した。
数秒、ジ・オールを見据える。
(覚悟は本物だ)
「……分かった」
ショーンは銃を構える。
「民家から離れる。住人は巻き込まない」
ジ・オールは小さく頷いた。
「頼む」
路地裏。
乾いた銃声が二度、夜を裂く。
一発目が肩口を抉り、二発目が脇腹を掠める。
ジ・オールは血を吐き、地面に転がった。
「行くぞ」
ショーンは振り返らずに告げた。
お待たせしました。次回はようやく主人公に戻ります。
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