第3話 鱗の襲撃者
見回りに向かったアルン、ベルシュ、シモンの三人は、テレ川とフォルタン沼地の間を通る街道を歩いていた。
昨晩雨が降っていた影響か、地面はぬかるんでおり、馬車の轍がくっきりと残されている。
さらに、この日はフォルタン沼地を覆う霧が街道にまで伸びており、 普段とは違う陰鬱とした雰囲気が立ち込めていた。
「視界が悪いな……ふたりとも気をつけろよ」
先頭を歩くベルシュが注意を促す。
一歩踏みしめるたび、柔らかな地面に靴がめり込む。
真ん中をいくアルンは、きょろきょろと不安そうに辺りを見回していた。
「生臭え! ……どっかに腐った魚でも落ちてるんじゃないか?」
最後尾のシモンが、手で鼻の辺りを覆ながら、そう言った。
靴にまとわりつく粘土質の土と、霧と共に辺りを包む異様な雰囲気が、三人の足取りを重くしていた。
三人が、辺りを警戒しながら慎重に街道を進んでいると、前方に濃くかかる霧の向こうから、ゆらゆらと蠢く影が、こちらへ近づいてきた。
思わず身構える三人。
極度に緊張した三人の耳には、前方の霧の中から聞こえる、土を弾く音だけが届いていた。
霧の中から、一台の輸送馬車が姿を現した。
馬車は三人の横を何事もなく通り過ぎると、今度は後方の霧の中へ姿を消した。
「なんだよ、馬車か……」
アルンは安堵の声を漏らすと、手汗を拭うように自分の腰の辺りをさすった。
「うわああああああああ!」
次の瞬間、後方の霧の中から、悲鳴が轟いた。三人は霧の中へ飛び込む。
霧の中では、先程の馬車の御者の男が、地面に投げ出され腰を抜かしていた。
「おい! 大丈夫か!?」
シモンが男へ駆け寄った。馬は、馬車ごといずこかへ走り去ってしまったようだ。
「あ、あれ……!」
男が、さらに霧が濃くなっている空間を指差す。
「スケアムだ!」
ベルシュが叫ぶ。
霧をかきわけるようにして、二匹のスケアム族が、ぬらりと姿を現した。その緑色の体表は水に濡れ、光沢を帯びている。
二匹のスケアムは、大きな目をぎょろぎょろと動かしながら、アルンらのほうへと近づいてきた。ベルシュとシモンが、腰にかけていた剣を引き抜く。
「アルン、ぼさっとするな!」
恐怖で固まっていたアルンが、ベルシュの声で気がつき、遅れて剣を抜いた。
「ギャアアァ!」
一匹のスケアムが、人の背丈よりも高く飛び上がったかと思うと、手に持った槍を突き立て、ベルシュに飛びかかった。
ベルシュは身軽にそれをかわす。スケアムの槍が、泥の中に突き刺さった。
それを見たベルシュは、すかさずスケアムのほうへ一歩、足を踏み出したかと思うと、剣を横一閃に振り抜く。
「グゴォアッ!」
喉を斬られたスケアムは、断末魔と血しぶきをあげ、地面に倒れ込んだ。周囲に勢いよく泥が飛び散る。
「やあっ!」
剣を振り回すアルン。しかし、素早いスケアムに全てかわされてしまう。
「くそっ!」
スケアムは、まるでからかうかのように、アルンの周囲を飛び跳ねた。
「ギャアアァ!」
そして、威嚇のような大きな声をあげると、槍でアルンを突いた。
「うわあっ!」
槍の先端はアルンの鎧に弾かれたが、アルンはその拍子に尻餅をついてしまう。
「ギャアッ!」
スケアムがアルンに迫る。
起き上がろうにも、尻と手がぬかるんだ地面にめり込み、身動きがとれない。
アルンが覚悟を決めたかのように目をつぶった瞬間、泥のが弾ける大きな音がした。
アルンが恐る恐る目をあけると、アルンの前に倒れ込んだスケアムと、先端が血に濡れた剣を突き出した、シモンの姿があった。
「今度、飯ィ奢れよ!」
アルンは、シモンに引き上げられるようにして立ち上がり、尻についた土を何度も払った。
「ほかにはもういないようだ」
ベルシュがふたりの元へ、ゆっくりと歩いてきた。
「怪我はないか?」
ベルシュの問いに、ふたりは頷いた。
いつの間にか霧は晴れ、辺りの見通しがよくなっていた。
丘の上にたつフォルタン亜人警戒所が薄っすらと見えるほどに。
「とにかく、御者を警戒所まで送り届けるぞ」
三人と御者は、警戒所に向かって歩き始めた。