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女運E-の男


 彼らが平身低頭謝って帰ったあと、どうにもおかしな空気になってしまい、次の接見は少しだけ時間を遅らせて再開することになった。ならお昼ご飯を食べようという話になって、一時解散する空気が流れたが、ヴァルターさんにはこの場に留まってもらって、ここで一緒に食事を取ってもらうことにした。今この変な空気をなんとかしないと、後も変な空気が続いてしまうだろうから。

 やっぱり貴族とかその辺の関係で異性と二人きりにするわけにはいかないようで、続きの間の扉を開けてもらって対応することにした。あまり聞かれたくない話だ。料理が届いて、向き合って座って、まずは謝った。


「さっきはごめんなさい。言い過ぎました」


「いえ、謝られるようなことはありませんでした。それより聖女様、言葉を……」


「……うん、困らせてごめん」


 事情を理解してくれそうな王様たちだけならば問題はないが、控えてくれているメイドさんは話している内容が聞こえない程度に離れてもらっているとはいえ、まったく聞こえないわけでもないだろう。

 私の対応に、ヴァルターはすこし困ったような顔をして、首を横に振った。


「あなた様に困らされたことなどありません」


「そうかなぁ……」


 今だって困ったように笑ってるのに、それだけじゃなく文化の違いとか、馬に乗せてもらうときとか、いろいろ迷惑はかけていると思うんだけど、彼にとっては些末なことなのだろうか。たぶん、そうなのだろう。口角を上げて、そうです、と笑ってくれたから。

 ヴァルターさんと私の間にあった変な空気は、それだけで解消された。なんだかんだ一緒にいる時間が長いので仲良くなれていることもあるだろうが、彼の笑顔にはそれだけの効果があった。


「ああそうだ、王に言ってヴァルターのお嫁さん探してもらうね」


「えっ!?」


 ふとさっき考えていたことを思い出してそう言うと、ヴァルターさんは素っ頓狂な声を上げた。完全に裏返っていた声に笑ってしまう。ヴァルターさんの中ではそれほど突飛な話だったのだろう。

 笑ったことでほっとした顔をされたので、冗談だと思われたことに気が付いて、笑顔のままで本気であることを伝えると恐縮するのがわかった。


「そ、そんな、恐れ多いです!」


「だってほら、きっとヴァルター、今あんな人に言い寄られてばっかりでしょ?」


 ヴァルターさんの功績に目をつけてお近づきになりたいと思うだけならいいと思う。彼は優れた人だと思うし、その血を自分の家に取り入れようとするのは、きっと普通のことだ。貴族はそういう利害関係で成り立つ婚姻が普通と聞いている。

 ただもし。先ほどの女のようにヴァルターさんを踏み台に私に近づこうとしているものたちがいるとしたら、それは業腹だった。


「貴族だから利害関係はあるのかもしれないけど、せめて人柄だけでもいい人と結婚してほしいし。もちろん、ヴァルターに好きな人がいるのなら応援するけど」


 どの立場から偉そうに嫁を世話しようしているんだ、と言われてしまうと、困るのだけれど、お世話になっている人に幸せになってもらいたいと思うのはいたって普通のことだと思うから許してほしい。

 ヴァルターさんは私の言葉になんとも言えない微妙な顔をした。好きな人がいるけど隠しているというよりも、もっと何か言いづらいことがあるかのように見えた。


「悩みがあるなら聞くよ? これでも聖女だからご利益があるかもしれないし」


 ご利益と言われるとは思っていなかったのか、何度かまばたきをしてこちらを見つめてくる。私が笑うとぎこちない笑みが返って来て、彼は悲しい話を始めた。


「……なんと言ったらよいのか、昔から、女性とのご縁は……あまりよいものではなくて」


「女運が悪いってこと?」


 言い淀んだヴァルターさんに身も蓋もない言い方でざっくり聞けば、彼は一度言葉を詰まらせてから頷いた。


「別に珍しい話ではございませんが、先ほどの女性は自分にとって三人目の婚約者でした」


 三人目の婚約者、と聞くと私には多いように感じるが、この国で普通というのだからたぶん普通のことなのだろう。相槌を打つと、ヴァルターさんはため息のあと話し始めた。


「一人目は幼馴染みのような女性でした。彼女は好きな男ができたようで駆け落ちしてしまい……家族に連れ戻されていましたが、当家の家名に泥を塗ったと破談になりました」


「あらまあ」


「二人目は父の取引相手の娘さんでした。彼女は……その、性に奔放だったようで、親の分からぬ子を妊娠して自分の子だと主張してきましたが、そもそも関係を持っていなかったので、あり得るわけもなく……」


「……それはダメだね」


 一人目は手順を間違ったとはいえ、好きな人と一緒になりたかったというのは個人的にはまだ有情だ。でもその、二人目はどう考えてもアウトだった。庇う余地がない。しかもヴァルターさんは貴族だ。子どもを偽るというのは結構罪が重いのではないだろうか……。


「そして三人目はあの方ですね。権力がないと口さがなく言われるくらい、どうってことないと思っていましたが……」


「なんだか大変な思いをしてきたんだね、ヴァルター」


 怒りもせずにそれくらいで済ますような気持ちにさせられてしまったのって、悪い女に引っかかってきたからだろうし。失礼かもしれないが、なんだかとても可哀想だった。


 だって好きな人ができたからって出て行かれたら、相手のことを好きじゃなかったとしても傷つくだろう。それが幼馴染みのようにいつも一緒にいたのなら尚更に。その傷を心に負って出会った女は誰にでも身体を開くような淫売で、挙句の果てに自分の子だと偽ってきたのだ。手酷い裏切りだ。しかも最後に裏で自分を悪く言う権力欲の強い女が来て、もうそれでいいやと諦めてしまって。……これが可哀想じゃなかったら、何が可哀想だって言うんだろうか。


「やっぱり王に紹介してもらった方がいいんじゃないかな。下調べしてもらって、悪いの取り除いてさ」


「せ、聖女様! 自分のために陛下にそのようなことはさせられません……!」


 周りもそうだったが、彼も自分に対する評価が低いようだ。ヴァルターさんはとっくに英雄で、もしかしたら私が言うまでもなく王様が結婚相手を差配しようとしているかもしれないくらいだと思うのだ。世界を救ったのは聖女かもしれない。でもその聖女は誰でもないヴァルターさんが呼んだというのに。


「ヴァルター」


 名前を呼ぶと不思議そうな顔で彼は返事をした。


「あなたはすごい人だし、優しい人だよ。丁寧で誠実で、卑下することなんかない」


 言うとヴァルターさんは言葉に詰まって、それからどうにか頷きを返した。

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