第二章 女性達の、生き様 一
―ここは、イフリートの里。
此処に居るものは、皆イフリートという炎を司る精霊達が住んでいた。
イフリート族はそれぞれ体つきは人間の様だが、明らかに違うのは、尖った耳に太陽によって輝く紅い髪。皆この容姿を見てイフリート族だと判断する。
いくつもの家が立ち並ぶ中、道の向こうから一際豪華な服を身に纏う、一目見ても綺麗だと口に漏らしてしまう、そんなイフリートの女性がゆっくりと歩いてくる。
「モニカ様!!」
自分は声を大きく張り上げ、誰よりも目立とうとピョンピョンと跳ねながら手を大きく振り、あの女性からの視線をもらおうとした。女性はこちらに気付いたようで聖母の様な微笑で、お淑やかに手を振ってくれた。
彼女の為に生きていこうと、物心ついた頃からずっと思っていた。
彼女の為なら、この命を投げ出すのも、簡単なことだと思っていた。
彼女の事が、愛おしかった。
―しかし、一瞬にして目の前が炎と黒い煙に溢れていく。
あの女性はどうなった?
解らない、ただ自分は生かされている事に気付き、途方に暮れた。
***
「ウィル、やっと起きた。よっぽど疲れていたのね」
「・・・また、寝てたのか」
眠る前、目の前に居るイフリートの少女モニカは、元はイフリートの大精霊だと言った。
その時は、あまりに頭が混乱していた所為か、また”あのモニカ”に会えたと、嬉しさと、色々な感情が合わさってしまったが、今思うと、まだ信じられない。
当のモニカは、先日のあどけない少女のいでたちとは違い、何処か落ち着いていて年相応ではない印象を受ける。これも記憶が戻った事によるものなのだろうか。
「・・・モニカ、様は―」
ウィルが話を始めようとしていると、モニカはふふっと笑って、
「ウィル。私は確かにモニカが生まれ変わった存在だけど、もう様なんてつけなくていいの。今はただのイフリートの少女なんだもの」
まるで、少女を演じるかのように、くるくると笑顔でその場を回るモニカは、確かに、記憶のモニカとは違うのだ。
「しかし、生まれ変わりと聞いては・・・」
「強情ね、ウィル」
回るのを止めると、モニカはゆっくりとウィルの方へ歩み寄り、ウィルのクリスタルのピアスを触る。
「そんな、ウィルの中のモニカ様と、契約を結んだのよ、ウィル」
そんな事を言われ、ウィルはあたふたとする。
「あ、あの時は、モニカ様だとは思わず!!」
「いいじゃない、契約したのだし、対等でいてほしいわ。小さい頃のウィルの様に、仲良くしてほしい」
少女の笑顔に、心まで熱で溶かされそうだった。しかし、いつまでも幸せなやり取りというわけにはいかないのだった。
「モニカさ・・・モニカが生まれ変わったということは、イフリートの里は、もうなくなってしまったのですか・・・否、なくなってしまったのか?」
ある意味、ウィルが一番気になっていたことだろう。そう思うと、心が何処か痛くなるものだった。
「うん、イフリートの里は亡くなった。私というものが死んだ時点で、イフリートの里は終わりみたいなものよ。残念ながら私は死んでから今までの事は、何も知らないの」
「そうか・・・」
「だから、ね、ウィル・・・お願いがあるの」
モニカは真剣な眼差しをウィルに向け、手を強く両手で握りしめた。
「私を、王都へ連れていってほしい。イフリートの里を元通りにしたいの。私の里を、襲ったものの事も知りたいの、私は、元の里を取り戻したいの・・・」
一瞬でモニカの顔が哀しそうな表情になる。モニカは、ベッドに腰かけ、胸に手を当てた。
「そう、色んな事が気掛かりなの、考えるだけで、苦しくて胸がはちきれそうよ」
ウィルは心から同情した。
モニカという大精霊は、いわばイフリートの里、皆の母なのだ。
子供達や、故郷のが襲われている時に命を落としたのだ、今どうなっているのか気掛かりではない方がおかしい。
考え込むウィルに、モニカは優し気な視線を向ける。
「ウィルもごめんなさいね。里を守り切れなかったから、今まで苦労したでしょう?今までどうしていたの?」
里の事が心配なのに、ウィル自身の事も心配してくれている。その健気さに、少し胸が苦しくなる。
「俺は、・・・里が襲われてから、近くでか遠くでかは解らないけれど、親切な行商人に拾われて、少しだけ一緒に旅をした。でも、ある程度自力で過ごせるようになってから、さっきみたいに獣に困ってる人たちを助けて金を貰ったりして、色んなところを渡り歩いてるよ」
そんな簡潔にだが自分自身の事を話すと、モニカは少し嬉しそうな顔をする。
「凄いのね!・・・あんなに小さかったのに」
「そう言われると・・・あれからもうほぼ十年近く経ってるじゃないか・・・」
もう二十になるのに、未だに子供扱いされると、少し照れくさかった。
その時、コツコツと何かが窓を叩く音がして、二人は窓の方に目をやる。すると青い鳥がくちばしで窓を叩いていた。
「何?」
モニカは珍しそうにしていると、ウィルの方は、ああと、慣れた様にベッドから出て窓を開ける。その鳥には、足に何か紙の様なものがついていた。足からその紙を取り外すと、鳥はすっと水蒸気になって消えてしまった。
「ウンディーネの力?」
紙を読み広げながら、そうだよと返事をする。
「昔知り合った人が、ウンディーネの力を使うんだ。その人から度々以来の手紙がこうやってくる」
「へえ、その人はなんて?」
「えっと・・・”今この村に居ます。というか宿屋の一階に居ます”、知らなった・・・、”話があるので、気付き次第下に来て下さい、宜しく”」
「一階に来てるのね、その方!ウィル、私のお願いはまたゆっくり考えて、今はその方に会いに行きましょう!さあ!待たせては悪いわ!」
モニカはなぜか目を輝かせていた。
***
服を着替え一回に行くと、宿屋の女将が、おっと声を掛けてくれる。
「やあウィル、おはよう。お客さんが居るよ」
ああ、知ってる。とは言わなかった。
カウンター席に見慣れた女性が座っていた。
「おはよう、ウィル君。随分ゆっくりとしたお目覚めね?」
その女性は、カウンターに両肘をつき、手に顎を乗せてにやりと笑う。
「ははっ、キョーコさん、お久しぶりです」




