訓練方針
「父上より強くだと?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あれ?
いつかは越えたいと思ってたんじゃないの?」
リノスさんはうつむくと、蒼ざめた。
拳をぎゅ と握って太腿に力を込める。
顔を上げ、涙を飾った眼でこちらを見ると、それでもしっかりと頷く。
何故だろう、地雷を踏んでしまった気がする。
「なれるのか?」
かすれた声だったのに、重かった。
君次第だ・・・
そう言おうとして、言葉に詰まる。
「なれるよ!」
根拠はある、彼女の持つ魔力だ。
不自然に高い魔力である、ゼロアよりかなり背が高く─だいたい頭一つ分─身体も筋肉がついていてしっかりしている。胸は無いがこの歳では当然だろう。
「一つ確認したいんだが、リノスさんはい・・・」
あっぶな~ いま『いくつ』と聞きそうになった、どこの世界でも女性に歳を訊くのは最大級の禁忌だ。
「…こほん、リノスさんはいつ産まれたの、誕生日が何時かってことなんだけど?」
「赤龍の年の黒の月の十八日だ。」
ということはゼロアより四ヶ月早く産まれたのか、その分魔災の影響が少ないのだろう。
「じゃあ四ヶ月お姉さんだね、私は黄の月の二十日だよ。」
「年下なのにナマイキ!」
このときは知らなかったが彼女は二ヶ月長く母親の腹にいたのだ、彼女の母親はそういう体質らしく、兄達も一ヶ月前後長く母親の腹の中にいたそうだ。
「気にしない、気にしない、オトナのオンナは男をやさしく包み込むものだよ。」
「むつかしいなっ!」
大人の女への道は遠そうだ。
本題に戻ろう。
「腕はゆっくり鍛えたほうがいい、それよりも脚だ。
あらゆる武術は足の位置取リと踏ん張りで威力が決まるんだ。」
私自身は武術は何もしていないが、接待相手の工場長に呑むとその話ばかりする人がいて、話を合わせるため調べたし幾つか教室にも通ったので理屈は解る。
「それと、肩までは魔力が通っているんだから、魔力を通し易い う~ん、棒なんかを使うのがいいと思う。」
この時違和感があった。
棒ではない、では槍? 違う・・・
「棒? なぜだ?
間合いは剣より広くなるが、肩とは関係ないのではないか?」
「かつぐんだよ、こうやって。」
その辺の枝を、天秤棒を担ぐようにしてみせる。
「こうすれば肩から棒まで魔力が通るから武具に魔力を通す練習になるし、間合いは逆に短くなるから踏み込みの練習にもなる。」
実は棒に魔力を通すのは腕に魔力を通す練習にもなるのだが、今は言わない。
「もし腕から魔力を通したいとしても今はまだ無理だ、う~ん、そうだな、御父上殿にこうやって腕を曲げて見せてもらうといい。
あ、う~んと力を込めてだよ。」
ちょっとだけズルをして力瘤をつくってみせる。
「こうか?」
ズルした私より、立派な力瘤だった。
「・・・御父上殿より大きな力瘤が出来るようになったら、腕に魔力を通せるかもしれない。ガンバッて・・・」
力瘤の大きさと強さは必ずしもイコールではない、魔力強化によって変わるからだ。
しかし、八傑に入る程の猛者である、鍛えているに違いない。
「あとは御父上殿が闘うとき脚をよく見ておくこと、きっと参考になるから。」
「さんこうって何だ?」
「見ておぼえておくとあとで役に立つこと。」
「わかった!
父上の足をよくみる!
そーいえばおまえ・・・え~っと・・・
そう、ゼロア、ゼロアだった。」
忘れてましたね御嬢様。
「何でいろいろ教えてくれたのだ?」
「え? 」
なんとなく。
理由なんてないよな~
「リノスちゃんが可愛かったから?」
小心者の小市民は無難な答えを選択します。
「む~ すぐ子供扱いする。」
あ、やばい
子供でも女の子だ、女の勘は標準装備らしい。
「ほら、リノスさんを初めて見たときなんかすっきりして格好良いな、と思って。」
「うん、あたしは母上に似ているとよくいわれるのだ。
母上もすっきりして格好良いのだ。」
え? あの、この場合すっきりってどういう意味ですか?
「たまに出掛けるときは胸に布を詰めるのだ、あれってなぜなのだろうな?
せっかくすっきりして格好良いのに。」
「サ、サア ナゼナノデショオネ。」
知ってはならない貴族の秘密を知ってしまった気がする。
精神体でよかった、冷や汗が出ないのは助かる。
「あたしも大きくなったらあんなふうになれるかな・・・」