木箱開封
モゴとリラという名前の侍女見習いだった。
モゴは農村の出で文字も読めず計算も出来ないが、料理はそこそこ、リラはタバコ屋(雑貨屋)の娘で簡単な字と計算、足し算引き算が出来るそうだ。
二人共魔災の子で、両親は魔力を持たないが、本人は魔力の発動が確認されている。
一度でも魔法が使えれば魔法回路があるということなので、あとはそれを自分の意志で使えるようにするだけだ。
ということで、あとはカルミアさんに丸投げでお願いする。
そして、私が楽しみにしていたのは木箱の方である。
ゼロア君ゼロア君!
早く早く!
通り抜けることで内部の構造を確認する事も出来るが、やはりここはきちんと使える状態にして、見てみたい。
二つ並んだ箱はだいたい1.5m四方の大きさで表面に藁くずが付いているのは、藁を巻いて運んだからだろう。
一つは玄関から中に、もう一つは井戸の横に、井戸の横に運んだ方の前面の板を外すと斜め45度にしつらえられた銅製の寸胴=ドラムがあり、その中にハンドルとバラした水車が巻き藁の中に入っている。
全て取り出すと、ハンドルを横面に付けて回す。
ハンドルの回転に連動して、中のドラムが回転する。
「なんですか~これ? 」
「センタッキですわ。」
答えたのはルルア嬢だった、そういえば図面を見たことがあったような・・・
「この桶?の中に水と洗濯玉と洗い物を入れると綺麗になるとか聞きました。」
洗濯玉というのはムク=ロジという木の実で、水に浸けて置くとシャボン成分が出て石鹸のかわりになる。
「どんな魔法なんですか~ 」
「そこまでは知りません。」
そう言ってゼロアを見る。
「魔法じゃないです。」
振り向きもせず答えるゼロア君。
駄目だよゼロア君、誰かと話すときは相手と目線を合わせないと、とくに女の人は気にするというか、根に持つというか、恨みがまし・・・ とにかく気を付ける事。
「あれ、おかしいな・・・
確か蓋が・・・ あっ、あった。」
外した板の裏にあった。
蓋と、底に付ける水抜き栓は破損し易い部品なので予備を付けてある。
どちらにも螺旋溝が彫ってある。
いずれはテーパー螺子(斜めに角度の付いた螺子・水漏れなどを防ぐためのもの)を規格ごと作りたい、勿論普通の螺子も。
ほんとは地球の製品のようにボタン一つで排水出来ると良いのだが、この世界の技術ではまだまだ難しい。
あと、ドラムが斜めなのは流行っていたから。
ネットで調べればわかるのだが、この世界ではそんなことは出来ない、多分何か理由があるのだろう。
「早速使ってみましょ~ アメイラスを呼んで下さい~ 」
さっき追い払ったばかりなのに、鬼だ。
ゼロア君は、逃げるように・・・
いや、ただ次の作業をしようとしていただけかもしれないが、寮の玄関へと向かった。
玄関の引き戸を開けて入ると、カイア先生が箱を見ていた。
「ゼロア君、これはなんですか? 」
「ミシンだそうです。
・・・『歩み針』略してミシンと呼ぶそうで先史文明の遺産だということです。」
ソーイング・マシーンのmachineを発音すると、ミシーンに聞こえるからミシンと呼ばれるようになったそうだが、そんな説明は不可能なので、何とかひねくりだした説明である。
地球の技術についても隠している。
先史文明の遺産という説明ってとっても便利♡
困ったときの先史文明♡ 面倒なときの先史文明♡ 萬厄介事は先史文明♡
因みにミシンの構造について知っていたのは、新人研修でミシンの実演販売をしたからである。
もう、各部の名称や縫い方の名前も忘れてしまったが、構造については頭に残っていた。
何社かが合同で新人研修を行って、私もせめて一台売ろうとミシンについてネットで調べたり、構造について図面を見たりと、今考えると明後日の方向に努力して、結局一台も売れなかった。
かわりに一台支給されて、その分給料天引きだった。
おかげで入社早々親孝行が出来ました。
勿論初給料で親孝行はするつもりだったが、正直もっと安くあげるつもりだった。
型落ちを定価で押し付けられたし・・・
「歩み針・・・ 針が歩くってどういう事?
まさか拷問道具とか? 」
その発想は女性としてどうだろう?
まさかこの女教師縫い物をしたことがないとか・・・ 勉強、いや魔法一辺倒でそれ以外何も出来ないとか・・・ あり得る。
地球でも、何も出来ないエリートなど珍しく無かったではないか。
「縫い物をする道具です。
まだ単純な縫い方しか出来ませんが、それについては研究中です。」
そういえば、なみ縫いって並縫いだったっけ、波縫いだったっけ、うわ~ そんな事ももう覚えていない。
「ちょっとちょっとちょっとっ!!
それって大発見じゃない!!
うわ~ 見たい見たい見たいっ!! 」
「もうじき暗くなります、組み立ては明日学園から帰ってからにします。」
洗濯機と違ってミシンは組み立て工程が多く、暗くては難しい。
「え~ 見たい~
う~ でも、わかった。」
十五歳、数えでなので実際は十四歳。
そう考えると中学生だから、こういった発言は普通なのだが、教師という立場ではあまり誉められた態度ではない。
それと、わざとらしく胸の下で腕を組むのは止めてほしい。
ゼロア君もガン見するんじゃない。
そういえば彼女の実家は商家だったはずだ、女の色香を交渉道具に使うのは習い性かもしれない。
未だにゼロア君を狙っているようだし。
井戸の辺りから歓声が聞こえてくる。
カイア先生は微笑みを浮かべたまま、ゼロア君を見ている。
優しげに見える微笑みだが、彼女の眼が私には獲物を狙う狩人の眼に見えた。
対人交渉能力の低いゼロア君では鴨葱とか、俎板の上の鯉とかそんなものだ。
外から聞こえた歓声にも、眉一つ動かしていない胆力は怖い程だ。
それでも地の利はゼロア君にあった。
「ゆ~ごはん できましたぁ~ 」
言葉をおぼえてきたのは良いのだが、カルミアさんの口調が移り始めた見習い侍女のナッペちゃんだった。




