昔話
僕らは朝早くに不死町を出て、太陽が登り始めたぐらいに渓谷に到着した。
そして脇の下に手を回された僕は、二人に持ち上げられる形で宙を移動して渓谷を抜ける。
途中リリに手を離された時は本気で焦った。
渓谷を抜けた後は休むことなくそのまま進み、魔物たちが活発になる時間帯に、無事スメールを目前に捉えた。
「疲れたわ」
「同じく」
渓谷を抜けた後もほぼ二人に運んでもらったので、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「すいません。二人みたいに早く移動できなくて」
「なんでついて来たのかしら?」
「リリが来てほしいって言ったんでしょっ」
「そうだったかしら?はあ。こんな距離一日で移動したの初めてじゃないかしら」
「ああー、確かに。あっ、お前布持ってんだろ?早く被れ」
僕はココに言われ、リュックから慌てて布を取り出し被る。
「何してるの?」
この姿を初めて見るリリが不信感を露わに聞く。
「人間対策だよ。バレたら殺されるかもだろ?」
「それにしてもダサいわね。乳首でも描いたら」
「嫌です」
そんな風にふざけていたのもさっきまでで、町に入ってからは誰一人喋らず、二人のお母さんのいる家に向かって歩いている。
リリをふと見ると、すごく神妙な面持ちをしているのが分かった。
逆にココはいつも通り、と言うかむしろウキウキしているような感じを覚えた。
僕たちは足を止めた。
またこの紫の家を見ることになるなんて、この町を出た時には考えもしなかった。
今まさに旅を味わっているんだなと実感する。
しかしリリはそんな余裕もないようで、さっきよりも表情が固く肩にも力が入っているように感じる。
「姉貴」
「ふぅ……大丈夫よ」
リリが扉を開けて中に入る。
僕たちもそれに続く。
「お母さんは?」
「変わってねぇ。奥の部屋だ」
リリはゆっくりと廊下を奥に向かっていく。
「そういえば僕は言っていいんですか?」
「はぁ?何今更言ってんだ?」
「いや、だって」
ついてこいとは言われたけど、話まで聞いていいんだろうか?
「いいわよ。今更何?人の家に土足で上がり込んで置いて」
「あ、すいません」
「……嘘よ」
慌てて靴を脱ごうとする僕を見て、リリは表現を緩ませる。
「ウィザークにも見届けて欲しいのよ。あなたが居なければ私は今ここには居ない。もちろんココも」
「おう。目塞ぐか?」
「いいえ。妹の前でダサい姿は見せられないでしょ?」
僕たちはリビングに着く。
そしてリリが小さく息を吐き、お母さんの部屋を開けた。
中では僕と初めて会った時と同じように、彼女はベッドの上で状態を起こし座っていた。
「……お母さん」
「リリ。お帰りなさい」
彼女の表情は弱々しくも微笑んでいた。
「……私は。私はっ―」
「リリ。ごめんなさい。来たくなかったわよね」
「……」
「でも、ゴホッゴホッ。私も長くないから。ココ。ありがとう。リリを連れて来てくれて」
「おう」
静寂。
皆言いたいことがあるはずなのに、何かを待っているかのように口を開かない。
「ゴホッゴホッゴホッゴホッ」
「母さんっ」
激しく咳き込む母親にココが近寄り背中をさする。
「大丈夫か?」
「……えぇ。ねぇリリ。ごめんなさい」
その言葉にリリの背筋が伸びる。
母親の目線は斜め下を向き、表情は許しを請う少女を連想させた。
病気のせいも相まって、見ていて凄く痛々しく思える。
「それは、何に対して謝っているの?」
「……私はあなたとココを、比べたことをずっと後悔してるの」
「……今更……」
「ゴホッゴホッ……私はね、色々な男性と関係を築いてきた。でもその中でも一番愛したのがオーフェン。ココの父親だった。彼は人間で、私とは寿命の差があった。種族の壁も。それでも私は彼を求めた。彼も私を愛してくれた。そうしてココが生まれて間もなく、彼は姿を消した」
淡々と話す彼女。
僕らは息をするのも忘れるぐらい聞き入っている。
「理由はわからない。ただ私は何か理由があるんだと、彼を責める気持ちを押し殺した。でも、それから数年して知ったの。彼が愛していたのは私だけではなかった。この町にもう一人彼の子供がいたの。私はショックだった。サキュバスともあろうものが騙され捨てられた。私の気持ちは憎しみに変わったゴホッゴホッ、ゴホッゴホッ」
「大丈夫かっ?ウィザーク水っ」
僕は慌てて布を脱ぎ捨てると、リュックから水筒を引き抜きココに渡した。
「ゴホッゴホッ」
「ほら、母さん。ゆっくり飲めよ」
ココに水筒を支えられながら、彼女はゆっくりと水を飲む。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう。あなただったのね。見たことない魔物がいるなとは思ったけど」
「はは、すいません」
「横になるか?」
「いいえ。話を続けさせて。ただこの先はココ、あなたを傷つけてしまうかもしれない」
「……いいよ。聞くよ」
そう言ったココの顔を見た彼女はまた話を始めた。




