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境界管理局  作者: きなとろ
帳簿にない英雄
9/18

余波 ――判断のあとに残るもの

境界管理局の朝は、静かだ。


慌ただしさはない。

急ぐ人間もいない。


それでも、業務は進む。

止まることはない。


アレンは第七課の執務室で、案件箱を一つ開けていた。

新しい箱。

中身は、報告書が三枚だけ。


軽い。


観測地点:南方沿岸部・第三灯台周辺

事象分類:局地的境界変動

影響範囲:限定的

直接被害:なし


紙をめくる。


写真。

白い灯台。

青い海。


異常は、写っていない。


「……異常、なし」


声に出して、違和感を確かめる。


数値は正常。

機能不全もない。

住民からの苦情もない。


それでも、この案件は第七課に回ってきている。


説明が、足りない。


アレンは、ページの端を揃えた。

二度。


背後から足音。


「これ、どう思う?」


リュシアだった。

第壱課、記録保全課。


「灯台の管理記録は?」


「問題なし。

 稼働履歴も、改修記録も綺麗」


「綺麗すぎる」


リュシアが言った。


アレンは、もう一度報告書を見る。


確かに、整いすぎている。

欠けている部分が、見えない。


「書き直しの形跡は?」


「ないわ。

 最初から、こう」


最初から説明が薄い。

それ自体が、違和感だった。


端末が鳴る。


現地調査の第一報。


目視異常:なし

体感異常:軽微

内容:

――色の見え方に違和感あり


「色?」


アレンは読み上げる。


「夕暮れ時、

海の青が一段薄く見える」


「気のせいかもしれないが、

見比べると、確かに違う」


リュシアは、少し考えてから言った。


「機能には影響なし。

 生活にも支障なし」


「……でも、残る」


「ええ」


被害がないから、問題にならない。

問題にならないから、誰も声を上げない。


「記録する?」


リュシアが訊く。


アレンは、すぐには答えなかった。


残せば、異常になる。

残さなければ、何も起きていない。


「残す」


短く言った。


「分類は?」


英雄でもない。

災厄でもない。

事故でもない。


「未分類」


リュシアの眉が、わずかに動く。


「増えてるわ」


「何が」


「未分類」


端末を操作し、一覧を表示する。


三件。

どれも場所が違う。

どれも規模が小さい。


共通点は、

生活を壊さないこと。


「関連は?」


「見えない」


リュシアは首を振る。


「少なくとも、

 通常の因果じゃ繋がらない」


アレンは、案件箱を閉じた。


「経過観測でいい」


「……それで?」


「被害がない」


事実だった。


リュシアは、少し間を置いて言った。


「記録は、嘘をつかないけど」


続きを、飲み込む。


アレンは頷いた。


端末が、再び鳴る。


観測地点:北方山間部・旧街道

体感異常:

――音が、少し遠く聞こえる


色。

次は、音。


どれも小さい。

だから、残る。


アレンは、案件箱を棚に戻した。


軽い音。


だが、

棚に並ぶ箱の数は、確実に増えている。


「……現場を増やす」


リュシアが頷く。


「第七課ね」


「そうだ」


それ以上の言葉は、必要なかった。


説明できないものは、

説明できるまで積む。


それが、第七課のやり方だ。


帳簿は、まだ開いたまま。


だが、

開いているページが、

少しずつ増えている。


その事実だけが、

静かに残った。

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