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境界監理局・第七課  作者: きなとろ
帳簿にない英雄
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8/60

遮断 ――終わらせる判断

境界管理局の地下には、

ほとんど使われない部屋がある。


封印庫の手前。

臨時判断室。


正式な名前はない。

名前を付けるほど、

ここで判断が下されることは多くない。


アレンは、扉の前で立ち止まった。


中にあるのは、

村から回収された黒い欠片の残滓と、

それに付随する記録一式。


封印は、まだ不完全だ。


完全封印には、承認が要る。

三段階。


第七課。

第参課。

そして、管理局長。


アレンは、短く息を吐いた。


「……入るぞ」


誰に向けた言葉でもない。

それでも、声に出した。


扉を開ける。


室内は静かだった。

音が、吸われている。


台の中央に、ガラス容器。

中に沈んでいるのは、砂のような黒い粒子。


触れれば境界が歪む。

触れなくても、影響は残る。


完全に閉じるべきものだ。


そう分かっている。


アレンは端末を起動した。


簡素な申請画面が立ち上がる。


対象:未登録英雄由来残滓

処理内容:完全封印

実行者:——


また、空欄。


この欄を埋めれば、

案件は終わる。


終われば、

これ以上壊れるものは増えない。


代わりに、

戻る可能性も消える。


扉が、軋んだ。


「まだ迷ってる顔だな」


ガルドだった。


赤い外套。

腕を組み、壁にもたれている。


「呼んでない」


「呼ばれてねえと来ちゃいけねえ場所でもねえだろ」


否定できない。


ガルドは、容器を一瞥した。


「村のやつか」


「その“残り”だ」


「……まだ、動くのか」


「完全には止まっていない」


ガルドは、低く息を吐いた。


「閉じればいい」


単純な言葉。

だが、正しい。


「閉じれば、世界は安定する」


皮肉はない。

事実を言っているだけだ。


「でも、閉じた瞬間」


ガルドは続けた。


「お前は、“戻さない”って判断をする」


アレンの指が、わずかに止まる。


「誰かが間違えたわけじゃねえ。

 でも、誰かが救われる可能性を、

 自分で切ることになる」


アレンは、ゆっくり息を吐いた。


「……だから、俺がやる」


ガルドが、目を細める。


「どういう意味だ」


「第七課としてじゃない」


アレンは画面を操作し、

実行者欄を表示させる。


「俺個人の判断として、

 線を引く」


「責任を、一人で背負う気か」


「一人で済むなら、そうする」


言ってから、眉を寄せる。


「……違う」


訂正する。


「一人で済ませないために、

 俺が引く」


ガルドは、しばらく黙っていた。


「嫌な役だな」


「第七課の仕事だ」


「違う」


即答。


「それは、アレンの仕事だ」


その言葉は、

妙に重く残った。


端末が、入力を待っている。


第七課承認。


アレンは指を伸ばした。


迷いは、消えない。

消さない。


そのまま、入力する。


承認。


画面が切り替わる。


次は、第参課。


「もう通ってる」


ガルドが言う。


「予測上、完全封印が最適解だとよ」


やはり、正しい。


残るは、最終段階。


管理局長。


申請を送れば、

数分で返る。


自動処理だ。

人の顔は、挟まらない。


アレンは、送信ボタンの上で指を止めた。


ガラス容器の中で、

黒い粒子が、微かに揺れた。


触れていないのに。


まだ、影響がある。


――ここで終わらせる。


それが正しいと、分かっている。


それでも。


アレンは、画面を閉じた。


「……保留にする」


ガルドが、目を見開く。


「正気か」


「封印はする」


「完全じゃないな」


アレンは、容器に向かって結界を張った。


薄い膜。

最低限の遮断。


「これ以上、誰も触れられない。

 だが、完全には閉じない」


「再発の可能性は?」


「ゼロにはならない」


ガルドは、短く舌打ちをした。


「最悪の選択だ」


「そうだ」


即答。


「だから、俺が背負う」


帳簿を閉じない。

だが、

開いたままにも、しない。


境界に、線を引く。


ガルドは、しばらくアレンを見ていた。


「……後悔するぞ」


「もうしてる」


短い返答。


ガルドは、少しだけ笑った。


「じゃあ、続けろ」


「何を」


「その嫌な仕事だ」


扉へ向かいながら、振り返る。


「怒る役は、俺がやる。

 判断する役は、お前だ」


扉が閉まる。


室内に、静けさが戻る。


アレンは、結界の向こうの容器を見る。


黒い粒子は、動かない。


完全ではない。

だが、止まっている。


それは、

彼が初めて、

何かを終わらせると決めた判断だった。

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