介入 --ガルドは怒る
境界管理局の食堂は、昼でも静かだ。
音がないわけじゃない。
皿が置かれる音も、椅子が引かれる音もある。
ただ、
誰も感情を落とさない。
それが、この場所の流儀だった。
「……あーもう!」
その流儀を、正面から踏み抜く声が響く。
ガルド・ハインツは、
トレーを持ったまま立ち止まり、舌打ちをした。
「量が少ねえ!
これ、鳥の餌か?」
何人かが視線を向ける。
すぐに逸らす。
関わらないのが正解だ。
アレンは、スープのカップを手にしたまま顔を上げた。
「声がでかい」
「腹が減ってるんだよ!」
ガルドはそのまま、
アレンの向かいにどかっと座る。
第弐課の赤い外套が、無遠慮に揺れる。
「で?」
パンをちぎりながら言う。
「例の村、どうなった」
アレンは一拍置いた。
「収束した」
「……へえ」
ガルドは、それ以上すぐに聞かなかった。
噛む。
咀嚼の音が、やけに大きい。
「人は」
「生きている」
「戻る?」
沈黙。
ガルドは、噛むのをやめた。
「……チッ」
短い舌打ち。
怒りじゃない。
悔しさに近い音だ。
「相変わらずだな」
誰に向けた言葉か、分からない。
「世界は安定。
被害拡大なし。
英雄は増えない」
事実を並べる。
「完璧だ」
皮肉じゃない。
ただの確認だ。
「でもよ」
ガルドはパンをもう一度ちぎった。
「俺は、ああいう現場が一番嫌いだ」
「現場対応の課が?」
「だからだ」
即答。
「殴れば止まるなら殴る。
切れば終わるなら切る。
そういう現場は、覚悟ができる」
指に力が入る。
「でもな」
声が低くなる。
「“遅れたせいで壊れた”現場は違う」
アレンは何も言わない。
「誰も間違ってねえ。
でも、誰かが一生背負う」
ガルドは、拳を握る。
机は叩かない。
叩けば、怒りになる。
これは、後悔だ。
「英雄ってさ」
少し、間を置く。
「都合よく使われる存在だと思ってた」
「使われて、
壊れて、
それでも“ありがとう”って言われる」
鼻で笑う。
「でも今回は違う」
「……何が」
「英雄がいねえ」
短い一言。
「いねえのに、
誰かが英雄みたいな役を背負って、
誰かが壊れた」
ガルドは言った。
「これ、一番タチ悪い」
アレンは、スープを一口飲んだ。
味は、分からない。
「お前は間違ってねえ」
ガルドは、はっきり言った。
「正しい判断だ。
俺が同じ立場でも、同じことを言う」
一拍。
「でもな」
パンの最後の欠片を、指で潰す。
「正しいまま人を壊す仕事は、
長く続けるもんじゃねえ」
アレンは答えなかった。
肯定も、否定もできない。
ガルドは、ため息をついた。
「……だから次」
立ち上がる。
「現場行くなら、俺も呼べ」
「第七課の案件だ」
「知るか」
即答。
「お前が迷って、
誰かが壊れるなら」
少し言葉を探す。
「その前で、俺が怒る役をやる」
トレーを持ち、振り返る。
「感情はな」
一瞬だけ、真剣な目。
「誰かを止めるとき、
一番速いことがある」
それだけ言って、去った。
食堂は、また静かになる。
アレンは、
ガルドが引いたままの椅子を見た。
きちんと戻されていない。
規則違反。
だが、誰も注意しない。
アレンは、椅子を元の位置に戻した。
小さな音が鳴る。
帳簿には残らない音だ。
それでも、
確かにそこにあった。




