起票 ――境界事象の受理
第七課の執務室は、変わらない。
机の配置も、書類箱の位置も同じだ。
椅子の向きも、棚の高さも、昨日と区別がつかない。
変化があるとすれば、
入口脇の棚に置かれた箱だけだ。
第壱課の印。
色は黒。
縁取りはない。
封緘はされていない状態だ。
アレンはしばらく、その箱を見ていた。
触れずに、距離だけを測る。
箱は軽そうだった。
だが、軽い箱ほど扱いに迷う。
アレンは立ったまま、箱を開けた。
中には、案件票が一枚。
余計な添付はない。
分類欄は、空白。
件名:未分類境界変動事象
処理区分:受理のみ
印字は整っている。
書式は、第七課用だ。
付記がある。
記録の取り扱い方法を再確認すること
文末に句点はない。
強調もない。
命令ではない。
指示でもない。
確認、という語だけが記されている。
アレンは票を机に置き、端を揃えた。
一度。
もう一度。
揃え終えてから、
初めて椅子に座る。
端末を起動する。
起票画面が立ち上がる。
白い背景。
黒い文字。
分類:未定
処理状況:未入力
実行者:——
空欄が並んでいる。
埋めようと思えば、
どれもすぐに埋まる。
だから、触れない。
ノック。
間隔は一定。
控えめだ。
「入って」
群青の外套が入ってくる。
セレナだ。
第参課、災厄予測課からの出向だ。
足取りは静か。
視線はすでに机の上を捉えている。
「もう来てたのね」
「第壱課からだ」
アレンは案件票を示す。
セレナは、
紙を持ち上げずに読む。
「予測は出てる」
端末を操作し、画面を切り替える。
数値が並ぶ。
グラフは平坦だ。
「世界安定度への影響は低いまま。
拡大傾向も見られない」
「推奨は」
「完全封印」
言葉は短い。
揺れもない。
「ただし」
セレナは視線を動かさない。
「既存の英雄関連事象と、部分的に重なっている」
画面に、比較表が表示される。
発生条件。
観測内容。
体感異常。
一致ではない。
だが、切り離すには近すぎる。
「英雄登録は」
「発生していない」
セレナは淡々と言う。
「英雄として扱われなかった事象と、
結果の一部が一致している」
「原因は」
「不明」
即答ではない。
だが、迷いもない。
「推測はできるけど、
分類できる段階じゃない」
アレンは起票画面を見る。
分類欄は、
まだ白い。
「第参課は、引き取らない?」
「今回はね」
セレナは否定しない。
「完全封印を推奨するだけ」
判断は、付与されない。
扉が開く音。
今度は大きい。
赤い外套。
ガルドだ。
「来たな」
「呼んでない」
「受理の匂いがした」
ガルドは箱を一瞥し、肩をすくめた。
「未分類か」
「そうだ」
「現場は?」
「まだ」
ガルドは鼻で息を吐いた。
「増えるな」
「可能性はある」
セレナが答える。
「未分類のまま、
同型事象が発生する可能性」
「だったら、なおさらだ」
ガルドは言った。
「現場を増やす」
アレンは視線を上げる。
「第七課で?」
「他にやる課があるか?」
返答は、短い。
正論でもある。
アレンは起票画面に戻る。
処理状況欄に、カーソルを合わせる。
・未処理
・受理
・差戻し
選択肢は、三つしかない。
入力する。
処理状況:受理
画面が一度、更新される。
実行者欄は、触れない。
空欄のまま。
セレナが、その手元を見る。
「埋めないのね」
「判断は、付与されていない」
「監査が来る」
「予定にはある」
事実だけを返す。
ガルドが腕を組む。
「現場は俺が見る」
「管轄は、第七課だ」
「知ってる」
ガルドは笑わない。
「だから、俺が行く」
反論は、出なかった。
起票画面の下部に、履歴が追加される。
処理状況:受理
備考:記録の取り扱い方法を再確認
理由欄は、空白。
入力欄は残っている。
だが、点滅しない。
アレンは帳簿を引き寄せる。
紙の重さを確かめてから、
ページを開く。
新しい行に、参照番号を書き込む。
分類は、書かない。
名前も、書かない。
帳簿を閉じる。
完全には、閉じない。
指を挟んだまま、
少しだけ止める。
処理は終わっていない。
だが、
手続きは進んでいる。
帳簿には、
受理された記録だけが残った。




