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境界管理局  作者: きなとろ
正しさは最適解を選ぶ
15/21

起票 ――境界事象の受理

第七課の執務室は、変わらない。


机の配置も、書類箱の位置も同じだ。

椅子の向きも、棚の高さも、昨日と区別がつかない。


変化があるとすれば、

入口脇の棚に置かれた箱だけだ。


第壱課の印。

色は黒。

縁取りはない。


封緘はされていない状態だ。


アレンはしばらく、その箱を見ていた。

触れずに、距離だけを測る。


箱は軽そうだった。

だが、軽い箱ほど扱いに迷う。


アレンは立ったまま、箱を開けた。


中には、案件票が一枚。

余計な添付はない。


分類欄は、空白。


件名:未分類境界変動事象

処理区分:受理のみ


印字は整っている。

書式は、第七課用だ。


付記がある。


記録の取り扱い方法を再確認すること


文末に句点はない。

強調もない。


命令ではない。

指示でもない。


確認、という語だけが記されている。


アレンは票を机に置き、端を揃えた。

一度。

もう一度。


揃え終えてから、

初めて椅子に座る。


端末を起動する。

起票画面が立ち上がる。


白い背景。

黒い文字。


分類:未定

処理状況:未入力

実行者:——


空欄が並んでいる。


埋めようと思えば、

どれもすぐに埋まる。


だから、触れない。


ノック。


間隔は一定。

控えめだ。


「入って」


群青の外套が入ってくる。

セレナだ。


第参課、災厄予測課からの出向だ。


足取りは静か。

視線はすでに机の上を捉えている。


「もう来てたのね」


「第壱課からだ」


アレンは案件票を示す。


セレナは、

紙を持ち上げずに読む。


「予測は出てる」


端末を操作し、画面を切り替える。


数値が並ぶ。

グラフは平坦だ。


「世界安定度への影響は低いまま。

 拡大傾向も見られない」


「推奨は」


「完全封印」


言葉は短い。

揺れもない。


「ただし」


セレナは視線を動かさない。


「既存の英雄関連事象と、部分的に重なっている」


画面に、比較表が表示される。


発生条件。

観測内容。

体感異常。


一致ではない。

だが、切り離すには近すぎる。


「英雄登録は」


「発生していない」


セレナは淡々と言う。


「英雄として扱われなかった事象と、

 結果の一部が一致している」


「原因は」


「不明」


即答ではない。

だが、迷いもない。


「推測はできるけど、

 分類できる段階じゃない」


アレンは起票画面を見る。


分類欄は、

まだ白い。


「第参課は、引き取らない?」


「今回はね」


セレナは否定しない。


「完全封印を推奨するだけ」


判断は、付与されない。


扉が開く音。


今度は大きい。


赤い外套。

ガルドだ。


「来たな」


「呼んでない」


「受理の匂いがした」


ガルドは箱を一瞥し、肩をすくめた。


「未分類か」


「そうだ」


「現場は?」


「まだ」


ガルドは鼻で息を吐いた。


「増えるな」


「可能性はある」


セレナが答える。


「未分類のまま、

 同型事象が発生する可能性」


「だったら、なおさらだ」


ガルドは言った。


「現場を増やす」


アレンは視線を上げる。


「第七課で?」


「他にやる課があるか?」


返答は、短い。


正論でもある。


アレンは起票画面に戻る。


処理状況欄に、カーソルを合わせる。


・未処理

・受理

・差戻し


選択肢は、三つしかない。


入力する。


処理状況:受理


画面が一度、更新される。


実行者欄は、触れない。


空欄のまま。


セレナが、その手元を見る。


「埋めないのね」


「判断は、付与されていない」


「監査が来る」


「予定にはある」


事実だけを返す。


ガルドが腕を組む。


「現場は俺が見る」


「管轄は、第七課だ」


「知ってる」


ガルドは笑わない。


「だから、俺が行く」


反論は、出なかった。


起票画面の下部に、履歴が追加される。


処理状況:受理

備考:記録の取り扱い方法を再確認


理由欄は、空白。


入力欄は残っている。

だが、点滅しない。


アレンは帳簿を引き寄せる。


紙の重さを確かめてから、

ページを開く。


新しい行に、参照番号を書き込む。


分類は、書かない。

名前も、書かない。


帳簿を閉じる。


完全には、閉じない。


指を挟んだまま、

少しだけ止める。


処理は終わっていない。

だが、

手続きは進んでいる。


帳簿には、

受理された記録だけが残った。


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