内部閲覧(第壱課)
第壱課の記録室は、朝でも暗い。
照明は稼働している。
照度は規定値を満たしている。
それでも、壁際の棚に落ちる影は消えない。
男は、入室記録を端末に残してから立ち止まった。
上着の内ポケットから識別票を取り出す。
端末にかざす。
認証音が一度鳴る。
一覧が表示される。
分類済。
処理済。
保留。
項目は多い。
更新日時は揃っている。
その中に、
一件だけ新しい時刻がある。
男は、その行を選択した。
⸻
記録番号:7-UC-031
分類:未分類(保留)
作成課:第七課
画面が切り替わる。
観測地点。
観測時刻。
体感異常。
直接被害:なし。
既存の書式だ。
結論も、既存の範囲に見える。
男はスクロールを続けた。
英雄登録:なし。
災厄判定:該当せず。
積極的介入:不要。
問題は見当たらない。
少なくとも、項目としては。
それでも、
男は読む速度を落とした。
数値の並び。
言葉の選び方。
報告文の長さ。
どれも、事実だけを残している。
次の項。
体感異常。
色が一段薄く見える。
音が、常に半拍遅れて聞こえる。
測定値なし。
計測機器の異常記録なし。
生活への影響:なし。
男は、一度画面から視線を外した。
記録室の棚には、
同じ厚みのファイルが並んでいる。
処理済。
完了。
分類確定。
それらの背表紙に、
未分類はない。
端末に視線を戻す。
補足記録。
世界の状態が変化している。
男の指が止まる。
その一文は、
他の行と同じ書式で表示されている。
強調も、警告もない。
ただ、そこにある。
男は画面を閉じなかった。
最初まで戻す。
観測地点A。
南方沿岸部。
観測地点B。
北方山間部。
距離。
気候。
生活圏。
一致点は少ない。
一致しているのは、
被害がないことだけだ。
そのため、
分類されていない。
男は端末の横に置かれた帳簿を開いた。
紙の音。
指に、わずかな抵抗。
該当ページ。
実行者欄。
空白。
帳簿上の空欄は、珍しくない。
だが、
空欄が理由になることもある。
男は帳簿を閉じ、
再び端末を見る。
追記(未承認)。
帳簿上の空欄が増えている。
閲覧ログを開く。
第七課。
第参課。
第壱課の閲覧記録は、少ない。
男は、文書を閉じた。
削除はしない。
分類もしない。
操作を追加する。
閲覧権限を、絞る。
理由は入力しない。
理由を書くと、
記録が動く。
男は端末を落とした。
画面が暗くなる。
記録室を出る前に、
一度だけ振り返る。
端末は沈黙している。
だが、
読んだ内容は残っている。
処理は終わっていない。
だが、
手続きは進んでいる。
男は扉を閉めた。
音は小さい。
反響もしない。
その音は、
帳簿には残らない。
だが、
次の指示を出すには十分だった。




