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境界管理局  作者: きなとろ
帳簿にない英雄
10/18

同型 ――英雄にならなかった現象

報告は、同時に届いた。


一つは南方。

もう一つは北方。


距離も、気候も、生活圏も違う。

それでも、書類の重さは同じだった。


アレンは二つの案件箱を机に並べた。

どちらも軽い。

軽すぎる。


観測地点:南方内陸部・交易路沿いの集落

事象分類:局地的境界変動

直接被害:なし


観測地点:北方山麓・旧採掘跡

事象分類:局地的境界変動

直接被害:なし


紙を重ねる。


写真。

集落の家並み。

掘削跡の斜面。


どちらも、異常は写っていない。


「……同時発生」


アレンが言う。


隣で、セレナが画面を操作していた。

第参課、災厄予測課。


「同時、とは言い切れません」


淡々とした声。


「観測時刻に差があります。

 発生は、前後数時間以内」


「誤差の範囲だ」


「ええ」


セレナは否定しない。


端末に、予測図が表示される。

線は細く、淡い。


「共通点は?」


アレンが訊く。


「規模が小さい」

「被害が出ていない」

「住民の生活に、直接影響しない」


セレナは、要点だけを並べた。


「……もう一つ」


アレンが言う。


セレナは、視線を上げた。


「どちらも、

 “英雄にならなかった”」


言葉は短い。

だが、重い。


南方の集落では、

森で奇妙な力に触れた若者がいた。


力はあった。

だが、制御できなかった。


結果、

誰も救われず、

誰も壊れなかった。


北方では、

旧採掘跡で境界に触れた作業員がいた。


力は流れ込んだ。

だが、定着しなかった。


結果は、同じ。


「登録は?」


「されていません」


セレナは即答する。


「する必要もありません」


「最適解か」


「はい」


予測上、

どちらも問題にならない。


だから、

問題として扱われない。


アレンは、報告書の末尾を見た。


体感異常:

――色が少し薄く見える

――音が遠く聞こえる


南方は色。

北方は音。


第七話で見た記述と、同じ形式。


「同型だな」


アレンが言う。


「定義上は、違います」


セレナは言った。


「場所も、人も、条件も違う」


「結果が似ている」


「偶然の範囲です」


セレナの声は、変わらない。


「確率的には、

 まだ連続事象とは言えません」


アレンは、椅子に深く座り直した。


「……第七課の扱いでいい」


「異論はありません」


セレナは頷いた。


「ただし」


言葉が続く。


「次に起きれば、

 分類は変わります」


「何件で?」


「三件目です」


二件では、偶然。

三件で、傾向。


数字は、そう決めている。


アレンは、案件箱を閉じた。


「現場は?」


「簡易調査のみ」


「詳細はいらない?」


「今は」


セレナは画面を閉じた。


「現地に踏み込めば、

 余計な痕跡を残す可能性があります」


「触れない方がいい」


「ええ」


正しい判断だ。


「……一つ聞く」


アレンは、少し間を置いて言った。


「完全封印されていない残滓が、

 影響している可能性は?」


セレナは、即答しなかった。


沈黙。


その沈黙が、

答えの輪郭を作る。


「否定はできません」


「肯定も?」


「できません」


それが、

第参課の限界だった。


アレンは、机の上の二つの箱を見る。


軽い箱。

だが、数は増えている。


「経過観測を続ける」


「ええ」


セレナは立ち上がった。


「予測は更新します。

 ですが――」


一瞬、言葉を選ぶ。


「“英雄”という枠では、

 もう追えないかもしれません」


アレンは頷いた。


英雄でもない。

災厄でもない。


それでも、

確かに起きている。


セレナが去ったあと、

執務室は静かになった。


アレンは、二つの案件箱を棚に戻す。


その横に、

未分類の箱が並んでいる。


どれも軽い。

どれも、生活を壊さない。


だから、

今は問題にならない。


アレンは、棚を閉めた。


小さな音。


その音が、

次の判断を

確実に近づけていることを、

否定する材料はなかった。

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