ワイアットの怒り
今回世界の闇みたいな内容ですが、飽くまでサブクエストです。
魔族の拠点は炎と煙に包まれ、大地は焦げていた
その光景を見届けながら、ワイアットは欠伸混じりに肩を竦める。
「しかしなぁ〜、エトラの魔法で盗聴してたけど、今更魔王復活なんて考える奴もいるんだな」
言葉は軽い。だが、彼の瞳は一瞬だけ鋭く光った。
ミレイナは眉を寄せ、風に舞う灰を見つめながら口を開く。
「しかし、もし復活されては世界の危機です……どうします?ワイアット?」
問いかけは真剣。だが返ってきた答えはあまりにも淡白だった。
「いや、実害が無いならどうでもいいや。俺らの目的はエルムパレスだ」
それは、世界を救う者ではなく、ただ一人の男としての本音。
使命感に燃える仲間達と比べれば、どこまでも自己中心的に響く。
けれどその軽薄さの裏に、何度も世界を救ってきた“現実を見抜く眼”が潜んでいることを、彼女たちは知っていた。
ミレイナは小さく息を吐き、アイネスと視線を交わす。
エトラは複雑そうに唇を噛み、カレンは逆に笑って肩を叩いた。
「ほらね、これがワイアット! 世界とか関係なくて、アタシたちの旅を優先してくれる男♡」
そう、どんな大義よりも。
この旅は彼にとって「家族との冒険」であり、それ以上でも以下でもないのだった。
レガシーとリボーンズの蹄が大地を蹴り、丘を越え、川を渡る。
春の風を切り裂いて駆け抜けるその姿は、かつての旅路を思わせながらも──今はもう“家族の旅”だった。
数日の行程を経て、一行が辿り着いたのは、壮麗な城壁と豊かな市場で知られる国。
その名は──《エルデファー王国》。
大通りには色とりどりの絹布と香辛料の匂いが溢れ、人々の声が交錯している。
旅人も商人も入り混じる賑やかな街並みを、ワイアットたちは馬上から見渡した。
「この国に最近よく当たると噂の占い師がいるそうで」
エトラが、城下の掲示板で得た情報を口にする。
「エルムパレスのヒントがあればいいのですが……」
アイネスはどこか期待を込め、しかし不安げに手を胸元で組む。
街の石畳を進むにつれ、華やかな市場の笑顔の裏に、どこか影が差していることに気づいた。
人々の声は小さく、衛兵の足音ばかりがやけに響いている。
「……この国も、前は違ったのです」
ミレイナが低く告げる。
かつてのエルデファーは、温厚な王ルドルフ=エルデの治める“優しい王国”だった。
「民の声を第一に」と謳った演説は人々を勇気づけ、税制や教育制度を刷新し、多くの改革を実現してきた。
彼は第21代国王として“人に優しい王”と讃えられ、民衆から慕われていたのだ。
だが、今は違う。
「ここ1年で、陛下はまるで別人のように変わられました」
ミレイナの視線が遠く城へと向く。
私兵を増強し、気に入らぬ議員は片端から逮捕。
反抗的な貴族は、見せしめのように処刑台に送られる。
市民には外出や娯楽にまで制限が課せられ、夜の街角には笑い声すら消えた。
「……恐怖政治です」
ミレイナの言葉が静かに落ちた。
アイネスは胸を押さえ、エトラはうつむく。
カレンは苦笑いしながらも「うっわ〜……最悪だね」と肩をすくめた。
ワイアットだけが、いつもの調子で肩を鳴らした。
「ま、占い師の話だけ聞けりゃそれでいい。国の腐れ事情に首突っ込む気はねぇよ」
けれど──
街を覆うこの不穏な空気は、どうしても彼らの心に影を落とした。
重たい空気が漂う王都の外れ、路地裏のさらに奥──
そこに灯るのは、紫煙と香の匂いが漂う一軒の小屋。
布をかけた扉をくぐると、薄暗い室内に怪しげなランプが揺れていた。
中央に座るのは──艶やかな黒髪を背に流した美女。
だがその瞳は、客を値踏みするように冷ややかだった。
「……来ましたね」
女は微笑みもせず、卓上の水晶へと手を添える。
「お前が……占い師か」
ワイアットは警戒しながら腰を下ろす。
「はい。そして……分かりますよ」
女の瞳がギラリと光った。
「貴方は──伝説の勇者の息子、ワイアット・クレインですね」
空気が、一気に張り詰めた。
「……なっ」
ミレイナが思わず腰に手をやり、
カレンはテーブルに身を乗り出す。
エトラの顔は真っ青になり、
アイネスは息を呑んだまま動けない。
ワイアットだけが、眉をひそめて鼻を鳴らした。
「……随分、でたらめを言うじゃねぇか」
だが占い師は口元に妖艶な笑みを浮かべる。
「でたらめかどうか──答えは未来が示すでしょう」
「この国に三日滞在しなさい。さすれば道は拓かれる」
その声は甘くも冷たく、まるで運命を告げる鐘の音のようだった。
部屋に戻った一行は、これまで得た手がかりを改めて整理していた。
卓上に置かれたランプの光が、古びた魔導書や地図の切れ端を照らしている。
「……エルムパレスで出版された超古代の魔導書。確かに存在した」
ワイアットが手に取った羊皮紙を指先で叩く。
「それに──どこかの国で売られているという“エルムパレスの地図”。」
アイネスの声は穏やかだが、その瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。
「つまり……」
カレンが身を乗り出し、にやりと笑う。
「この国で三日滞在すれば、その情報が揃うってわけでしょ? 占い師の言ったこと、まさか本当だったりして!」
「……偶然にしては出来すぎですね」
ミレイナが静かに呟き、剣の柄に触れる指先に力を込める。
「だが確かに、ここまでの旅で“繋がっていく”感覚はあった」
ワイアットは椅子に深く腰掛け、笑みを浮かべる。
「占い師の真意はどうあれ……三日。ここで張ってみる価値はあるな」
ランプの炎が、これから始まる新たな試練を暗示するようにゆらめいた。
エルデファー王国・滞在一日目
朝の街路は、妙に閑散としていた。
昨日まで賑わっていた商店も半分は扉を閉ざし、開いている店でも客の姿はまばら。
「……人が少ないですね。市にしては、不自然です」
ミレイナの警戒する声に、皆の足取りが自然と慎重になる。
一方で──
通りの角ごとに、鋼鉄の鎧をまとった衛兵が立っていた。
通常の警備より数は多く、視線も鋭い。
「なんか、見張られてる気がするんだけど」
カレンがぼそっと呟き、エトラはコートの裾を握る。
「……ここまで衛兵が増える理由、あるのでしょうか」
アイネスの瞳には、微かに不安が浮かんでいた。
ワイアットは気にした様子もなく、ポケットに手を突っ込み歩を進める。
「まぁ……別に俺たち、悪いことはしてねぇ。……だが、妙に静かだな」
風は晴れていても、街全体にどこか重い“沈黙”が漂っていた。
それはまるで、嵐の前触れのようで──。
エルデファー王国・滞在二日目
日中の街は、一見すれば平和そのものだった。
だが──人通りは一層減り、開いている店も数えるほど。客はほとんど姿を見せず、広場に立つ大道芸人の声すら消えている。
「……昨日より、静かですね」
エトラの言葉に、皆の背筋が冷える。
路地では衛兵が一人の男を取り囲み、詰問していた。
「夜間外出の記録があるぞ」「本当に用事だったのか?」
通りすがりの人々は視線を逸らし、誰も助けようとしない。
夕刻。鐘の音が街に響く。
──布告が張り出された。
《夜間外出禁止令》
理由は「治安の維持」とだけ記されいた
「……やっぱり、この国……何かおかしいです」
アイネスの囁きに、カレンも腕を組んで眉をしかめた。
ワイアットは壁の布告をじっと眺め、鼻で笑う。
「へぇ……“民の声を第一に”って王様が言ってたんだっけな? 今は“民の声を塞ぐ”が第一ってか」
夜。宿の窓から外を見やると、誰もいない石畳を、松明を持った私兵の列が延々と歩いていた。
まるで──街全体が、牢獄になったかのように。
エルデファー王国・二日目の夜
宿の部屋は静まり返っていた。
外出禁止令が布かれた街は、まるで息を潜めるように夜を迎えていた。
ミレイナだけは、甲冑を纏わずとも自然に漂う騎士の気配で、窓辺に立ち続けていた。
彼女の瞳は夜目に慣れ、闇に紛れた兵の動きや、路地を駆ける影を敏感に捉えていた。
──その時。
「た、助けてくれぇぇぇ!!!」
張り裂けんばかりの悲鳴が石畳を駆け抜けた。
女の叫びではない、男の野太い声。それだけに迫真だった。
ミレイナの背筋がピンと張り詰める。
わずかに躊躇う。
外出禁止令。違反すれば処刑──それは今朝、布告で見たばかり。
だが。
「……我が君……」
小さく呟くと同時に、窓枠に足をかけた。
次の瞬間──銀髪が月光に閃いた。
騎士ミレイナ・クロシュノレーヌは、迷いなく窓から飛び出した。
それが、この国の深淵へと彼女たちを引きずり込む、“第一歩”になるとも知らずに──。
エルデファー王国 路地裏
石畳の路地へ駆けつけたミレイナの目に映ったのは──
倒れ伏す旅人と、それを囲む数人の衛兵。
だが違和感は一瞬で確信へと変わる。
旅人はうめき声を上げるどころか、ケタケタと薄ら笑いを浮かべ立ち上がった。
「──捕らえろ」
低く響く声とともに、一歩前に出た大男がいた。
厚い胸板、獣のような面構え、鉄の籠手を鳴らすたびに重圧が走る。
この国の騎士団長──ガナード。
衛兵たちが一斉に武器を構える。
囲い込みは見事で、退路は一瞬にして断たれた。
ミレイナの手が自然に柄へ伸びる。
月明かりを背に、その瞳には冷たい光が宿っていた。
「……卑劣な真似を」
ガナードの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「騎士ミレイナ・クロシュノレーヌ……ここで拘束させてもらう」
その声音に、隠しきれぬ残虐さと楽しげな色が混じっていた。
まるで“これから獲物を痛めつける”と告げているかのように。
──ここから、ワイアット達が望まぬ形で陰謀へと巻き込まれていく。
ミレイナの剣閃が走るたび、衛兵は次々と地に伏していった。
その技量は圧倒的で、剣を振るう姿は無駄がなく、気高い。
だが──。
「……やはり、罠でしたか」
息を整えながら、ミレイナは悟る。
悲鳴など最初から仕組まれた囮。
そして、この国の兵が自分たちを明確に“捕らえようと”狙っている事実を。
「──これで良い」
不気味な声が背後から響いた。
現れたのは屈強な鎧姿の男、騎士団長ガナード。
その腕には、路地に駆けつけてしまった幼い子供が捕らえられていた。
「お母さんっ……!いやだっ……!」
本物の一般人。罠に気付かず、ただ来てしまった子供だった。
「卑劣な……!」
ミレイナの足が止まる。
たとえ敵兵であれば斬り伏せられる。
だが、罪なき子供を救うためには──剣を振るうわけにはいかない。
「……フン、騎士とは綺麗事ばかりだな」
「剣を捨てろ、女騎士。捨てねば、この子供の命はない」
ガナードはニヤリと笑う。
数人の兵が一気に飛びかかる。
抵抗しようと剣を握るが、目の前の子供の震える瞳に釘付けにされ──ミレイナは動けなかった。
鎖が打ち鳴らされ、両手を後ろへ縛られる。
冷たい鉄の重みが、彼女の誇りを押し潰すかのように。
ガナードは拘束されたミレイナを見下ろし、低く呟いた。
「くっ……殺せ……! こんな屈辱……!」
「フッ……殺しはせんよ。“おびき寄せる餌”としては優秀だ。奴らが来れば、全員まとめて地に堕とす……!」
その言葉には、“ただ捕えただけではない何か”を企む響きが潜んでいた。
湿った石壁、滴る水音。
鎖に繋がれたミレイナは冷たい床に座らされ、なおも瞳の光を失わなかった。
そこに、重々しい足音と共に姿を現したのは騎士団長ガナード。
そして彼の背後から──、あの“占い師”がゆらりと現れる。
「……見事に引っ掛かってくれたわね」
その口調は、もはや占い師のそれではなかった。
妖艶な笑みを浮かべながら、女はその正体を明かす。
「私は魔王軍幹部、イザベラス。幾百年の時を超え、この国に潜み続けてきた影──」
ミレイナの瞳が大きく見開かれる。
「……貴様は……!あの時の占い師!」
イザベラスの声が牢獄を震わせる。
「ミレイナ・クロシュノレーヌ──。お前は“勇者ノーザン・クレインの血を継ぐ者”を誘き出す餌。魔王様復活の贄を誘き寄せるの」
冷たい笑みと共に、彼女は続ける。
「魔王の復活には“勇者の血”が必要……。
ワイアット・クレイン、その男は魔王様の仇である勇者ノーザンの息子、彼の血と魂を捧げれば、魔王様は再び目覚め、世界は闇に覆われる──!」
牢獄の空気が凍りついた。
イザベラスの瞳は妖しく輝き、ミレイナの運命をあざ笑うかのように。
「そしてお前は……そのためにここに捕えられたのだ。勇者の息子を呼び寄せるための“囮”としてな」
ガナードが鎖を引き締める。
鉄の軋む音が、暗闇に響き渡った。
鉄格子越しに、イザベラスは艶やかな笑みを浮かべながら続けた。
「──驚いたでしょう? この国そのものが、既に“魔王様復活”のための拠点となっているのよ」
ミレイナの目が鋭く光る。
「なに……!? では、かつて“民に優しい王”と呼ばれたルドルフ陛下が豹変したのも……!」
イザベラスは喉を鳴らし、楽しげに嗤った。
「ええ。哀れなものよ。元は善良な王だったけれど……心に小さな不安があった。“王位は民意に依存する儚いものではないか”と」
その隙間に、魔の囁きを差し入れるのは容易かった。
「私は彼に“揺るがぬ力”を授けた。結果どうなったか──あなたも見たでしょう。
気に入らぬ議員は牢に、逆らう貴族は処刑台に。
かつての温厚な王はもういない。今はただ、魔王軍の意志に従う“傀儡の器”となった」
ガナードが満足げに腕を組む。
「この国の軍は既に魔王軍に組み込まれている。今やエルデファーは、外見だけの“人の国”。真の支配者は我らだ」
ミレイナの胸に冷たい戦慄が走る。
国そのものが闇に呑まれ、すべては“魔王復活”へと繋がっていたのだ。
鉄格子の奥で、ミレイナは鎖に繋がれ、動けぬままに立ち上がった。
イザベラスの冷笑と、ガナードの無骨な影。
すべてが絶望に塗りつぶされるような空間で、彼女はただ一つの祈りを吐き出した。
「ワイアット……カレン……皆……来ないで……逃げて……!!」
その声は、震えながらも必死だった。
愛する者を巻き込まぬように。
自らを餌にしてでも、仲間を生かすために。
イザベラスは愉快げに肩を震わせる。
「……ふふ、忠義深い女ね。けれど叫べば叫ぶほど、あの男は必ず来るわ」
ガナードが鉄格子を乱暴に閉ざし、冷たい音が響いた。
「さぁ──勇者がどんな手で現れるか、見物だな」
ミレイナの叫びは虚しく地下にこだまし、夜の城に溶けていった。
まだ朝靄が街を覆う時間。
昨夜の騒動で倒れていた衛兵を、ワイアットは無造作に襟首を掴み上げた。既に膝や腕に風穴いくつか空いている
額に冷たい金属の感触──銃口が押し当てられる。
「言え。ミレイナはどこだ?」
低く押し殺した声は、まるで獣の咆哮のように鋭かった。
銃口の先で震える衛兵は、必死に口を開く。
「ひ、ひぃっ……! ち、地下牢……城の地下牢に……! 俺はただ命令で……!」
ワイアットは鼻で笑い、カチリと安全装置を外した。
「命令だ?それで、誰に喧嘩売ったと思ってんだ?」
引き金が引かれる
ドサッと放り出された衛兵は、地に崩れ落ちたまま動けなかった。
ワイアットは無言で銃を収め、鋭い視線を城の方角へと向けた。
次の瞬間、短く、しかし強く吐き捨てるように声を放つ。
「行くぞ!」
その一言に込められた熱は、仲間たちの胸を打った。
カレンは肩をすくめながらも、心の奥で震えていた。
(……やっば、ワイアットが本気で怒ってる……。ふざけも茶化しもゼロじゃん……!)
エトラは静かに胸に手を当て、彼の背を見つめる。
(普段は冗談ばかりのワイアットさんが……。でも、仲間のためなら、こんなにも真剣になるんですね……)
アイネスはその横顔を見つめ、そっと微笑む。
(……あぁ、この方はやはり“王”なのですね。誰よりも仲間を愛し、怒りさえもそのために燃やす……)
重苦しい空気を切り裂きながら、ワイアットは迷いなく歩き出した。
仲間たちはただ黙って、彼の背中を追いかける──。
朝の空気は張り詰めていた。
冷たい風が城の尖塔をかすめ、戦の前触れのように重く沈む。
「アイネス、リボーンズに乗ってくれ」
「はい、行きましょう」
馬上のアイネスが頷くと、リボーンズの白いたてがみが夜気に揺れた。
その横で、ワイアットはレガシーの手綱を強く握り、仲間たちを振り返る。
彼の瞳には怒りと冷静さが同居していた。
(……いいか、落ち着け。敵に地獄を見せる。だがそれだけじゃ足りねぇ。俺は英雄でも正義の味方でもない。やるからには、俺らしく──卑怯に。やつらが膝をつき、己の浅ましさを恥じるように、屈辱を刻み込んでやる!)
胸の奥に燃える闘志は、決して熱狂ではなく、鋭い計算の炎。
怒りに任せて暴れるのではない。
練り込んだ卑劣な策で、敵に「ワイアット・クレインを敵に回した恐怖」を植え付ける──。
馬の嘶きとともに、城へ向かう一行。
その背にあるのは、仲間を奪われた怒りと、必ず取り戻すという確信。
ワイアットは口元を歪め、ひとり呟いた。
「さぁ、地獄を見せてやる──“俺流”でな」
次回の戦闘回は雰囲気変わるので前編後編で区切ります




