第八話 宣戦布告
「きみ、どこにも怪我はないか?」
「っ⁉︎」
突然耳元で若い女性の声がして、僕は比喩でなく飛び上がって驚いた。
正体は水色の制服にゴツい防弾ジャケットの女性警察官。
掲げられた手帳には“沖縄県警察”と書いてある。
「ここは危険だ。彼の盾に隠れつつ、私たちと一緒に離れるぞ」
言われて初めて、僕らと綺羅子たちとの間に挟まるようにして盾を構えているもう一人男性の警察官がいることに気がついた。
僕が振り向いた時、ちょうど死角にいたらしい。
「あの、あそこで戦ってるやつ、綺羅子は僕の、知り合いで、止めないと」
僕は何とか意志を伝えようと口を動かした。だが女性警察官は首を横に振る。
「彼女らは異能力者だ。きみにできることは何もない。早くここを離れないと大怪我するぞ」
できることはない。分かってはいた。
僕は無能力者だ。
異能力者と違って何の異常もなく生きられる、無害無益無力の三拍子。
「けど、じゃあ警察はあの二人を止められるんですか?」
それでも感情的に言い返してしまう。
「それは……」
女性警察官が目を伏せた。嫌な予感がする。
「止めないと、あのままじゃどっちかが死んじゃいますよ」
「そりゃ分かってるさ、坊主」
僕たちの盾になっている男性の警察官が僕の質問に答えた。
「だが今は他の民間人の避難が先だ。下手に介入してとばっちり被害が増えるのは避けたい。特に白鳥星河が今使ってる能力は見ての通りの威力だ。今は留流綺羅子を狙っているが、もしアレを見境なく乱射し始めたら想像もつかない被害が出る」
「綺羅子が殺されかけているのは想像のつく被害だから構わないと?」
僕は怒りに任せて言い切った。男性警察官はやれやれ、と言わんばかりに眉をひそめる。
「あんまり意地の悪い言い方をしてくれるな。それを言ったら、留流綺羅子の方も銃撃じみた攻撃を行っている。あいつに非がないように見えるのは、坊主があいつの“知り合い”だってことを抜きにしても、白鳥星河が全ての弾丸を引き寄せていて、他に被害が出ていないからだ」
「それは……」
言葉に詰まる。
いくら考えても二の句が続かない。
だが続く言葉を捻り出そうとしたことで、僕はようやく冷静さを取り戻せた気がした。
そうだ、なぜ熱くなる必要がある。
僕が留流綺羅子と会ったのはつい昨日のことで、ほとんど他人同然じゃないか。
そんな僕の思考を読んだのか、男性警察官は軽く息を吐いて視線を前方に戻した。
「熱くなる気持ちは分かる。だがここはおじさんたちに任せて、お前は早く避難を……」
「ぐあっ!」
何かが割れるような大きな音と、悲鳴。
立ち上がった僕が見たのは仰向けで血だまりに倒れる綺羅子。
僕らに背を向け、綺羅子にゆっくり歩み近づいていく白鳥星河。
彼女のブレザーの背にぱっくりと開かれた切れ込みから巨大な“瞳の痣”が僕を見つめ返す。
そして僕は、その手に大きなガラス片が握られているのを認識した。
その目的も、察した。
気がつけば、だなんて、大袈裟だとずっと思っていた。
何を熱くなっているのだ、と。
だが、それ以外に言語化のしようがないのだと……いくら冷静を気取っていても、いざとなれば感情の沸騰は瞬間的なのだと、僕はこの時悟った。
まあ、つまりは……僕は警察官の制止を振り切り、白鳥星河に向かって駆け出していた。
「待て、白鳥星河!」
「え、なぁに?」
「っ!」
白鳥星河はあっさり歩みを止め、僕の方を向いた。
僕もまた、白鳥星河に右手を差し向けられ、あっさりと急停止。
なんという意気地なし。情けない限り。
でもビルを破壊する威力の異能力の“銃口”を向けられて、ビビらない方がどうかしてるよな?
「あなたは誰? そういえば、今日はきら星ちゃんとずっと一緒にいたよね?」
にこやかな笑顔。その目は笑っていない。
「ぼ、僕は常盤台紗人。留流綺羅子の……」
「きら星ちゃんの、何?」
途中まで言った段階で、白鳥は露骨に不機嫌になった。
「坊主っ! 何をやって……」
ズドン。
冗談のような音と共に、僕に駆け寄ろうとした警察官の足元の地面が抉れ飛ぶ。
「邪魔。黙ってて」
白鳥は警察官を一瞥して吐き捨てると、再び視線を僕へと移した。
明確な敵意。先ほどまでのおちゃらけた態度とは大違いだ。
目の前の怪物は僕の回答を待ち構えている。
不正解は死を意味する、かもしれない。
だが、それを言うなら、現状最も死に近づいているのは誰だ?
血だまりの中に誰がいる?
考えるまでもない。
「……さっきまで二人きりの沖縄観光を楽しんでたのに、君のせいで台無しだよ」
冷や汗が垂れるのがわかる。
喉の奥が燃えるように熱い。
「僕は綺羅子の許婚だ。邪魔者は引っ込んでいてくれないか」
宣戦布告。
打つ手も勝ち目もない、正真正銘の自殺行為。
それでも僕の心は晴れやかだった。
「ふぅん……あっそ」
「へ?」
白鳥の反応は予想外に白けていた。
精一杯睨みつけてやっていたというのに、僕からの敵意などどこ吹く風だ。
「後出しの許婚とか、そんなのわたしたちには関係ないもの。だってわたしたちの方がずっと深く、重く、濃く、多く愛し合っているんだから」
「もしかして、君は綺羅子と相思相愛だと思っている?」
「もちろんそうでしょう? セカンドだかサードだか知らないけど、そんなふざけた名前のやつにわたしときら星ちゃんとの絶対的な絆が負けるはずないわ」
「……」
白鳥は堂々と言い切った。
もしかするとこの人、本格的に話が通じないかもしれない。
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