第七話 地獄のような光景
「うわ、うわ、うわぁ⁉︎」
鳴り響く破裂音。舞う血飛沫。スピード違反。無免許運転。サイレン。ブラックホール。
僕は無我夢中でスロットルを捻り続ける。
でももう無理、普通に無理。死ぬ。まじで。
誰でもいい、何でもいいから、僕をこの状況から解放してくれ。
そう願った時だった。
「なっ⁉︎」
ガクン、と衝撃が走り、僕は危うくハンドルに叩きつけられるところだった。
まるで粘ついた泥の中に突っ込んだかのように、突如バイクのスピードが落ちたのだ。
いや、比喩ではない。
本当に、ゲル状の深青色が道路を覆い尽くしていた。
「ちょちょっ! わっぷ⁉︎」
急速に、しかし吹っ飛ばされない程度には緩やかにスピードが落ち、僕は車体のバランスを維持できずに転んでしまった。
ぐじゅ、と昨晩食べたゼリーを思い出させる感触が転倒の衝撃を和らげ、それ以上は沈まない。強くぶつかった衝撃だけを吸収するとか、そういう素材っぽい。
バイクの方はというと、青色ゲルに横たわる僕を置いて遠くへ滑っていってしまった。
「い、一体何が……」
あれだけのスピードを出していたバイクで転んで無事な奇跡を祝うより、現在の状況の把握が先だ。
僕は身体を起こし、ゼリーまみれのヘルメットを脱いで周囲を見回した。
最初に分かったのは、ここが巨大なスクランブル交差点だということ。
綺羅子の言葉が頭をよぎる。
繁華街のど真ん中のはずだが、通行人は一人もいない。
その代わりとばかりに、青色ゲルで満たされた交差点を完全に包囲する形で盾を構えた警察官がずらりと並んでいた。
その盾にはデカデカと“異能警察”とペイントされている。
「異能力者、白鳥星河と留流綺羅子! 小競り合いをやめて大人しくしろ!」
メガホンを構えたリーダーらしき警察官が怒鳴っている。
(そうだ、綺羅子はどうなった?)
ドガッ! と、浮かんだ疑問への回答かごとく鳴った爆発のような音が、僕に視線を向けるべき方向を教えてくれた。
「いい加減に、しろっ!」
続いて綺羅子の声、どこからかと思えば空中だった。
血まみれの制服が宙に翻り、その内側から突き出ている紅の剣が次々引き抜かれ投げつけられる。
でたらめに投げられたはずの剣はしかし、意思を持ったようにその標的へ、ただ棒立ちしている白鳥星河へ向かって飛んでいく。
「うふふふっ。きら星ちゃん、わたしたちの運命を占ってみましょうか」
白鳥は投擲された剣が迫ってくるというのに笑っている。
「わたしがもし、きら星ちゃんから離れようとしても……」
投げられた剣の数は三本。白鳥はその一本目、二本目が当たる寸前でバレエのようにくるり、くるりと回転しながらステップして直撃を回避。
「うぐっ! ふ、ふふふふふふふ」
だが三本目の剣は白鳥の左の肩あたりに直撃し、鮮血が散った。
「こんなふうに、きら星ちゃんの愛はどうしてもわたしの元に届いてしまうの!」
「テメーが自分で引き寄せてんだろうが!」
剣が突き刺さったまま恍惚の表情を浮かべる白鳥に、苛立ちを隠さない綺羅子が怒鳴る。
「……わざと当たりにいったのか」
白鳥は重力を操る異能力者。
剣を自分の元へと誘導するその動機を、僕のような無能力者が理解できる気はしなかった。
「わたしからも愛を返すね……!」
白鳥は左肩に刺さった剣はそのままで左手を自身の正面に向けた。
手から二メートルほど離れた位置に小さな黒球がふたつ並んで生成され、彼女は並んだ球の間へと右手を上向けて構える。
その手のひらには圧縮された超密度の弾丸。
ブラックホールで加速するカタパルト銃だ。
「さあ受け取ってきら星ちゃん! わたしの愛を!」
「いらねえっつってんだろっ!」
ズドン、と銃撃を表現する古臭い擬音を思い出させる爆発音がして、綺羅子のはるか背後にある建物の壁へいきなりクレーターが穿たれた。
「今の、弾いたのか……?」
僕は思わず息を呑んだ。白鳥が放ったブラックホール加速銃の威力に、ではない。
「あー痛ってえなクソ……」
綺羅子は構えた紅色の大盾の陰から少しだけ顔を出し、白鳥を睨んで吐き捨てた。
彼女はブラックホール加速銃の発射直前、血の刀で自分の腹を裂き、噴き出した鮮血から盾を作り出していた。
丁度、周囲の異能警察が構えている制圧用のアサルトシールドと同じようなサイズだ。
その代償に、彼女の足元には盾の陰でも分かるほどの巨大な血溜まりができている。
あんな量出血したら、流石に死ぬんじゃないのか。
冷たい予感が脳裏でとぐろを巻く。
「白鳥、お前は知らないようだけど、まん丸なパチンコ玉ってのは撃つと案外浮くんだ。弾道が上方向にブレるから、盾でちょっと角度をつけてしまえば簡単に弾ける」
「わたしの愛を受け取ってくれないの? じゃあもっとあげる!」
「そっか、やっぱもっとぶちこまないと分かってくれねえか!」
全く噛み合っていない言葉の応酬。
綺羅子は連射される超密度弾丸を盾でいなしつつ、血の銃弾を応射する。
「あはは、痛い、痛いっ!」
白鳥は自分自身の能力で引き寄せた血の銃弾の命中した衝撃に身体をぐらつかせながらも、その度に笑い、さらに多くの弾丸を撃ち返す。
まるで、痛みの信号が脳に入力され次第に笑うようプログラムされているよう。
そして二人の能力者が撃ち合えば撃ち合うほどに二つの血だまりは広がっていき、弾かれた弾丸が街を破壊していく。
そりゃ、異能力者が暴れている様子くらいテレビでもネットでも盛んに流されているし、見たことはあった。
僕の家族はたまに他の異能力者との小競り合いで怪我をして帰ってきたし、その手当てだって何回もした。
慣れきったつもりでいた。
けどそれは間違いだった。
画面越しではない目の前の現実は、まるで地獄だ。
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