第十八話 ケンカ慣れ
「おい。そいつらはぼ……お、俺の友人なんだ。絡まないでくれ、迷惑だ」
「ああ、友達ぃ?」
声をかけると、ギロ、と鼻ピ野郎が睨んできた。
想定通りの反応。
平常心、平常心……あくまで冷静に、静かに威圧感を演出するんだ。
「あーごめんごめん! じゃあ俺も今日から友達な。彼女でもないのに彼氏ヅラすんなよ?」
鼻ピは突然肩を組んできた。
筋肉質な腕が首元に食い込んでくる。ヤニ臭い息が顔にかかる。
てか感情の緩急どうなってんだ怖すぎるだろ。
いやダメだ、平常心、平常心……。
「彼氏ヅラじゃない。俺は許婚だ」
「いいなずけ? え、何? 既婚?」
「……結婚はまだだけど。というか正確には許婚っていうのもちょっと微妙だけど」
「は? 意味わかんね。じゃあ別に俺らと遊んでもいいじゃんね?」
「よ、よくない。全くもって迷惑だ。分かったら離れろ」
「ナメてんじゃねえぞ。お前みたいなのマジムカつくわ。痛い目見る前に謝れ?」
「だ、誰がお前なんかに……」
「や、やめてくださいって言ってるでしょっ!」
「おわっ⁉︎」
僕の肩から筋肉質な腕が離れた。
立ち上がったフェルナンデスが鼻ピを突き飛ばしたのだ。
「そ、それ以上絡むなら……踏みますよ。あるいは、蹴りますよ……!」
二メートルの高さから睨み下ろす視線が精一杯の威圧感を放つ。
「へぇ……! おっぱいデケーなとは思ってたけど、けっこう背もデカいじゃん?」
尻もちをついた鼻ピ野郎も流石にビビったようで、頬を引き攣らせてヘラヘラと笑っている。
勝ったか?
「オイ安谷屋ァ! オマエ女にぶっ飛ばされてんのかよダッセーな!」
勝利の予感も束の間、僕の耳にイヤな予感がする音声が飛び込んできた。
「ちょっと転んだだけだっつーの。てかこいつムカつくからボコさん?」
「あ? なんだこのチビは。このデカ女の彼氏?」
鼻ピの援軍だ。
先頭の今度は唇にピアスをしたゴリラ顔と、その後ろにもう一人天然パーマ。
「いいなずけ? だってさ。ガチ陰キャすぎて話の意味がわからんかった」
「あー確かに陰キャ顔だわ。何、オレらにケンカ売ってんのオマエ?」
ゴリラの到着で鼻ピ野郎の士気も復活。獲物を前に目をギラつかせる。
「えっと……」
多勢に無勢ってやつだ。
逃げようにもこの人数差ではロクなことにならない。
むしろまだこちらがビビっていることがバレていないからマシで、この手合いに内心のビビりをバレようもんなら事態が最悪の方向に向かうことは火を見るより明らかだ。
ダメ元でそっとフェルナンデスの表情を伺うと、やはり完全に戦意を喪失してしまっていた。
こうなると身体の大きさで威圧することもできない。
あれ、そういえば綺羅子は? あいつはちょっとヤンキーっぽいしこの手の事態を収めてくれるんじゃないか。
僕が一縷の希望を信じてベンチの方へ目くばせしようとしたが……いない。
「いでぇえええええっ⁉︎」
「んだよ口ほどにもねえな」
代わりとばかりに、ヤンキーの群れの一人から悲鳴が上がった。
いつの間にかベンチを離れていた綺羅子が、ゴリラが引き連れてきたテンパ男の腕を捻り上げている。
「テメェ!」
「テメェ、じゃねえよクソゴリラ。スルーしときゃ勝手にいなくなるかと思ってたのにゾロゾロと群れやがって。ションベンも一人で行けねえガキかよおめーらは」
「あんまナメてると、女でも容赦しねえぞっ」
ゴリラがキレるまでに一秒とかからなかった。丸太のように太い腕が振るわれる。
「ナメてんのはテメエだ、ろっ!」
「なっ、グハッ⁉︎」
そして、僕は目の前で起きたことを素直には飲み込めなかった。
綺羅子はゴリラの拳を避けるでも受け流すでもなく、ただ左手で受け止めた。
そのままゴリラの鼻っ柱へ右の拳を叩き込み、さらに前蹴りで追撃。
横から殴りかかってきた鼻ピ野郎を右の裏拳で迎撃し、後ろから掴み掛かった天パは少ししゃがんで頭突きで顎を叩いた。
「訂正しとくけどよ、どっちかといえば紗人はあたしの恩人だ。そしてあたしは紗人を護衛する義理がある。あたしとしてはこのままステゴロを続けるのもいいんだけどさ……」
ああ、ケンカは得意だと彼女は言っていた。
けれどこの常人離れした戦闘センスは本当にケンカ慣れの範疇に収まっているのか?
あるいは、彼女が異能力者だから?
分からないが、綺羅子はニヤッと笑って右の髪をかきあげた。
鼻を抑えつつも彼女を睨むゴリラに、その右の耳を、タグを見せつける。
「せっかくならあたしの“得意技”も見ていくか?」
「さ、異能力者……!」
綺羅子はニコニコ笑ったままウンウンと頷く。
「ここは珊瑚島じゃねえから大丈夫とか思ってるだろ? でもケンカを売ってきたのはテメーらだ。正当防衛って言葉くらい知ってるだろ? もはや少年法に守られないテメーらと違ってあたしは“特別法”に守られてっからサァ……」
綺羅子が前に突き出した手からぶしゅ、と血が噴き出て、血の刃が少し顔を覗かせる。
「多少血を見る覚悟はしてもらわねえとなぁ! アァ⁉︎」
「ひっ、ひぃいいいいいっ‼︎」」
綺羅子が凄んだ次の瞬間には、ヤンキー三人組は蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていた。
「……行ったかな」
ふぅ、とため息をついた綺羅子は振り向くと申し訳なさそうな顔で「ごめん」と謝った。
「放っておけば飽きてどっかに行くかと思ってたんだ。でもあたしがもっと早くに動いていればよかった。紗人とフェルナンデスを怖い目に合わせちまった、護衛失格だ」
「い、いや。相手も複数人いたし。君が謝ることはないよ」
「留流ちゃんがいなかったら今頃どうなっていたか。あ、安心したら脚から力が抜けて……」
「フェルナンデスは座ってな。紗人、その水はあたしに買ってきてくれたのか?」
「そうだけど……」
「ありがとう。貰うぜ」
綺羅子は未だに呆然としている僕からミネラルウォーターをひったくるように奪い取ると、紺色で無地のハンカチを取り出し、そこに水を含ませて手を拭いた。
そのまま床にしゃがみ、ハンカチで床に垂れた血を拭い始める。
「ちょっと待って綺羅子、ハンカチを使わなくてもさっき買ったタオルがここに……」
「ん? ああ、それもあたしに買ってきてくれてたのか。ありがとうな、あとで使うよ」
綺羅子はいつものようにニッと笑って僕の申し出を断り、ケンカの汚れを拭き取っていく。
その後ろ姿に、僕はどうしようもなく、申し訳ない気持ちになってしまった。
そして罪悪感の正体は結局、店を出るまで考えても分からなかった。
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