五話 ユリウスの弱音と本音
広大な宮殿にあって、温室は俺のお気に入りだった。よく仕事に疲れた時や政務に追われてストレスを感じた時には温室で仮眠をとることにしている。
「起きているんだろう? ユリウス。お前は良い幼馴染を持ったと俺に感謝するべきだぞ」
温室に入ってくるなり、アロイスが俺の頭を小突きながら言った。その顔は見なくても分かる。端正な顔を性質の悪い笑みで彩っているはずだ。俺はソファから起き上がると、
「分かっているよ。…俺自身もどうしたものかと悩んでいたからね」
サラリと背を滑って流れ落ちてくる髪をうっとうしく思いながら返す。アロイスに言った事は嘘じゃない。セシリア姫を奪ったはいいものの、どうしたものかと悩んでいた。
彼女は俺に婚約者としての義務だけで接していて、その心は頑なに閉ざされている。第一王女としてのプライドがそうさせるんだという事も分かった上で、どうしたものかと思い悩んでいた。
アロイスは手近な騎士にお茶を用意するよう命令すると、
「だろうな。だからこそ、温室へ行くように誘導してやったんだ」
セシリア姫の座っていたスツールへ座りつつ続けて返す。それからチラリと俺を見た後で、
「自由にやればいいじゃないか。セシリア様を知る以前のように街へ繰り出すとか…」
「危ないじゃないか…! そんなことはさせられないよ」
「今更だろうが。俺を連れてスラム街へ行った事は危なくなかったとでも? まだまだあるぞ。お前は偽名で冒険者ギルドに登録して、古代竜を打ち取りに行ったな。俺を巻き添えにして…」
そう言われると返す言葉がない。見聞を広める為にという名目で、俺は世界を巡ってきた。しかも、わざと治安の悪い所や危険極まりないモンスターの住む森へ何か月もかけて向かったり…
「辛くも勝利できたはいいものの、帰り道までが地獄のようだったな」
「あったねえ。死を覚悟したものだったよ。いつでもお前がいたからできたことで、目的あってのことだったさ」
俺は俺を使い捨てる覚悟で生きてきた。セシリア姫を奪うだけの力を得る為に、国での政治力だけでなく人間としても一流になりたかった。そうでなければ、俺は俺を許すことができないから。
俺の私情の為にたった一人の人生を永劫に変えてしまうなどと… 10年も努力に費やしたのは、俺は俺を完璧に仕上げるためだった。
「セシリア様を連れて冒険の度に出ろとは言わんさ。だが、メイン通りを連れて歩くくらいならいいだろう」
「まあ… ねえ。宮殿内を散策するだけでも気分転換になるだろうとは思ったけれど、思い悩んでいる様子だったし。街を歩く… か。考えてみようかな」
「そうだ。あのお方は小さな国の中しか知らないぞ。ヴェスペル王国にあっては次の女王として相応しいように、帝国にあってはお前の正妃に相応しいように… 押し付けられた役割があるだけだ」
今日のアロイスはよくしゃべるなと感じた途端、彼の言わんとすることに気づく。セシリア姫への懸想などではなく憐れんでいるんだと。小さな国の中だけで完結してきた彼女のことを。
「なるほどね。俺は俺を叱責しなければならないなあ。安い娼婦と同じく扱っていたようだよ」
「そうか。一筋縄ではいかんお方だと分かった上での行動だと思っていたぞ。だからこそ、お前らしくないとも思っていた」
アロイスの言葉を聞きつつソファから立ち上がり、温室のスペアキーを渡してお茶の席へ誘うようにお茶を持ってきた騎士へ伝える。
「どうするつもりだ?」
「まぁ、時間をかけるさ。このままでいていいわけもないしね」
「そうか。帝国の為にも、お前は最善の道を選ぶ必要があることを忘れるな」
言うだけ言うとアロイスはスツールから立ち上がり、温室を出ていく。俺も続いて出ていくのに待たなかったというのは、しゃべりすぎたことを恥じているのかもしれない。
「アロイス、お前は俺を買いかぶりすぎだよ。…俺は裁きを受けなければいけない身の上だというのに」
あのままでも十分すぎるほどに幸せでいられただろうに。俺は俺のためだけに奪ってしまった。狂愛とでも呼ぶしかない衝動を満たすためだけに…
今でもこんな暴風のような感情が甘酸っぱい恋心だなんて思えない。何度諦めようと思ったか知れない。けれど、あきらめようと思った分だけ衝動は高まるのだ。
セシリア・ヴェスペルという人間でしか満たせないものがあるのだと強く訴える。今でもそれは治まっていない。
「セシリア姫、あなただけが俺を殺すことができるんだよ」
そっと呟く。弱音であり本音だ。誰にも明かすことのできない、ただ一人の男としての……
お待たせいたしました( ^^) _旦~~ ユリウスの弱音を吐くシーンはプロットにありませんでした。
こんな繊細なタイプじゃなかったんですが、まぁ(・∀・)イイ!!でしょう。最後までお付き合いくだされば幸いです。