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第三部 エピローグ アルトゥールの涙と祝杯と

エルフ族が最も多いとされるアウローラ王国にあって、アルトゥールの存在は異質以外のなにものでもなかった。その美貌もなにもかも100年足らずで失われるのが惜しいというのが彼らの反応だ。


「なあ、俺の初めての外交の相手がおっさんって! なんの冗談なんだ?」


「おっさんはないだろう!? こう見えてエルフ族としちゃ若い方なんだぜ! それにこう見えてアウローラ王国の騎士隊長だしな」


外交の席に現れた男… 見事な白髪にアクアマリンの目をしたエルフ族の男を見上げて言うと、すでに慣れた関係だからか。相手も小気味いい返事をくれる。


「400歳超えりゃ、俺からすれば立派におっさんだっての! エグマリヌ」


「はいはい。そんじゃ仕事の話でもしようぜ。アルトゥール殿下」


互いに出会ったのは魔物の潜む森近くで、子供ではあるが古代竜に襲われて危機に陥っていた所を、このハイエルフの血を引くという男に救われたのだ。


それ以来、剣や魔術の修行相手になってくれたし、錬金術の類まれなる使い手として、ジルヴェール・グランジェというエルフ族の男を紹介してくれた。互いの身分が分かったのは酒場でいっぱい奢ってやり、名乗りあってからだ。


「アウローラ王国の近くにある魔物の森に潜む古代竜の討伐だったか。帝国としちゃ、いつでも軍を派遣する準備があるぜ。国境も接していることだし、アウローラ王国の軍が動いてくれるなら助けになる」


「そいつぁありがたい! こっちは精鋭ぞろいではあるが人数が少ないんでな。できれば剣と魔法が使えるのを揃えてほしい。お礼に最新の錬金術を学んだ教師たちを学院から派遣する用意がある」


その言葉に頷いて仕事の話は終了だ。その後もいくつか細かな打ち合わせをした後で、互いにワイングラスのようにお茶を交わした後、時間が余ったので自然と雑談をし始めてしまう。


「しっかし、古代竜にアロイスと二人だけで立ち向かった兄上の気が知れないぜ。こういう時こそ軍を動かせっての!」


「お前さんの兄上は無茶し放題だったのさ。俺が親だったら止めるな」


「まあ、普通ならそうだろうな。俺と兄上は普通じゃなかったのさ。昔からよ」


兄の背に隠れて見た父親と母親の侮蔑に満ちた眼差しを思い出し、苦笑混じりに言う。その空気で察するものがあったのだろう。エグマリヌと呼ばれたエルフ族の男はそれっきり両親について訊かずにいてくれた。


アロイスとウィルヘルムが気さくに接しているのは自分の地位が盤石であると知っていることと、そうする方が兄とアルトゥールも寛げると知っているからだ。


…どうして地位が盤石なのか? 幼い頃から帝国にたった二人しかいない皇子として大事にされてもおかしくないのに、愛情を注いで育ててくれたのは帝国の一貴族でしかないアロイスとウィルヘルムの両親達で。


まるでいつ死んでも構わぬと言いたげに放置され、まったく顔も合わせなかった。…産んでくれといつ願ったか? 愛さないなら産まずにいればいいのにと言ってしまいたいが、それでは兄の顔に泥を塗るようで言えなかった。


「邪魔するぜ! アルトゥール、エグマリヌ、ユリウスから新書だ」


「兄上からか? 俺の滞在もそんな長くないってのに珍しいもんだな!」


ウィルヘルムの手から受け取った新書には珍しく皇太子としてのサインまでしてあって、正式な新書だというのがよく分かった。


「どうせ俺への心配かなにかだろうぜ。俺だって仕事くらい手伝えるってのにさ」


そんな他愛ないことを話しつつ開き、見慣れた兄の美しい字を読んでいくと、思わず涙が溢れた。嬉しさと驚きが混じって何も言葉にできない。


「お!? っと… どうした? どんな内容だったんだ? 俺が読んでいいものか?」


エグマリヌとウィルヘルムに親書を広げて渡し、服の袖で乱暴に涙を拭った。


「…セシリア姫が懐妊だってさ。あの兄上が他の誰より喜んでるって。早速、お前とアロイスの母親が乳母として招聘されてるって」


「そうか…! それは素晴らしい知らせじゃないか! アウローラ王国を代表して祝いの親書を贈らせてもらうぜ。気が早いが、医師と産着をつけてもいいな!」


事情を知らないエグマリヌが快活に喜んでくれている。同じく涙を堪えたウィルヘルムが黙ってアルトゥールの肩を抱いてくれた。


「実はさ。俺達は親の愛ってやつを知らないんだ。父上も母上も、まったく自分たちに似てない俺達を蔑んで、愛情など湧かない感じだった。だから、ウィルヘルムとアロイスの親達が俺と兄上の親代わりだった」


「あぁ、分かってたよ。俺の親父もお袋もさ。本当の親以上に気にしてる。あんな酷い接し方があるかって誰より怒り狂ってた」


「よし! ワインを用意しろ! セシリア殿下の懐妊を祝して乾杯しようぜ! アウローラ女王に知らせを送れ!」


エグマリヌの言葉で部屋の隅に控えていた女官達や護衛騎士達に政務官までがテキパキと動き出す。


「誰よりも愛されたかったはずの兄上が… 誰よりも奪うことしかできなかった兄上が乗り越えたんだ。俺にだってできるはずだよな!」


「当然さ。俺はずっと信じてたぜ。あのユリウスならできるって」


「俺もソーリス・オルトス帝国に行ってみたくなったぜ。あの不器用なユリウスをこうまで変えたセシリア殿下に会ってみたくなった!」


簡素な酒場のように語る三人の前にワイングラスが差し出され、気は早いが懐妊を祝して乾杯する。


アルトゥールはずっと恐れていた。女性と向き合うことを。


兄であるユリウスのように誰かに恋焦がれているわけじゃないからだろう。性欲があるにはあったが、それ以上に子を孕ませてしまうかもしれないことの方が怖くてならなかった。


ユリウスもそれは同じだと思っていた。だからこそ、このままだと思っていた。セシリアを妻に娶った後も子をもうけることはないだろうと…


皇族に必要なのは資質であって血筋じゃないのだからと諦めていた。その兄が子を孕ませて、誰より喜んでいると言うのだ。アルトゥールにもできるはずだと、心から思えた。


「今日は朝まで付き合ってくれよな! エグマリヌ」


「あっははは! いいぜ。とことん付き合ってやるよ。若造」


「あぁ、今夜はいい酒が飲めそうじゃないか。アウローラ王国はワインが旨いので有名だからな」


二杯目のワインを注ぎあいながら、三人で喜びを分かち合う。帰れば、お腹の膨らんだセシリアを労わる兄が見られるかもしれない。そんな二人を、ありったけの花で飾ってやりたいとアルトゥールは考えていた。


これにて最後です(`・ω・´)ゞ お付き合いいただきありがとうございました! 第四部(-ω-;)まだ考えていません。育児日記みたいになっても楽しくないだろうし… とりあえず楽しんでくだされば幸いです。

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