9.天には花火、地には人
遠くで見た方が全体的に見られて美しいのかも知れません。
でも近くで見たときの、あの(物理的な)衝撃は、画像では決してできない「体感」です。
ただし、小さな子供は基本、大きな音や衝撃を怖がるので、そこは注意。
階段の途中まで熱気と酒精と嬌声が追いかけてきたが、昇降機の動かぬ哀しさ、上階になると追うて来る程余力のある者は残つて居らなんだ。
屋上に私が出た時にはもう花火が始まつてゐた。
娘は手摺に被さるやうに花火に見入つてゐた。私も娘と同じ手摺に、但しもつと端寄りに縋つた。
遠くに焔。
華。
歓声。
人混みに沈みつつ眺めるも良いが、この天下を見下ろし更に天に近附ける高見が心地良いのだ。天へ、天の火へと誰よりも近附ける想ひが。
上京して以來、この眺めは己が一人のものという氣さへしてをつた。
今宵迄は。
横に立つ娘を盗み見た。
強情そうな貌をしてゐると思うた。
だが娘は、花火に見入つて居るだけであった。その眞摯な迄の貌は、打ち上げられる焔の華に頬を染め、私の曇つた眼を射た。
私は、私の思ひ上がりを恥ぢた。
娘に倣ひ、私は再び天を仰いだ。
黄金蜜色の花辨が天を走り地に向かふ。が、其の花は決して地に塗れる事はないのだ。
恰も、不可侵のものであるかのやうに。
娘も私も、相互のことすら忘れ果て、焔の饗宴に酔ひしれた。
一瞬天地が明るくなり、數瞬遅れて激しい炸裂音が胸を叩き腹を打ち、十二階をも搖るがした。夜空が白く濁り、火藥の臭ひが目を瞬かせ、着物に染みる。
色鮮やかに満開に咲く天空の花は、なを一層明るく輝き。
やがて、唐突に静寂が支配した。
終わつたのだ。
私は、詰めてゐた息をそつと吐いた。
花火を作る人、上げる人。
屋台を出す人、興行する人。
彼等のおかげで、祭り会場は成立し、盛り上がっているのです。
尊敬と感謝を彼らに。