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14.花の便りを待ちながら

当時の帝都の混迷具合は推して知るべしです。

肝心なのは、まずその瞬間を生き残ること、だそうです。

逃げるのはその後、(避難して)暮らすのはさらに後。

たしかに、そうですね…

 餘震(よしん)が減るのに比例するや(よ)うに、世間も徐々に平靜を取り戻していくやうであつた。

 最初こそ片附け仕事の手間賃でかつかつ食へ(え)たが、其れも同樣に減つていつた。

 書物を買はう(かおう)と思つてゐ(い)た僅かな貯へ(たくわえ)も食物に換わつていつたが、どうしても私は帝都を離れ度(た)くなかつた。

 何故かは解つてゐ(い)た。

 私は十二階に憑かれてを(お)るらしい。

 帝都の、淺草(あさくさ)の天に聳(そび)える赤煉瓦に。

 さ(そ)うして、夜に成ると足元のおぼつかぬのに十二階へと走つた。

 十二階も、最早危うて登れぬ有樣であつた。

 赤煉瓦の樓閣(ろうかく)は、憐れ七階からぽきりと折れて、其の殘骸(ざんがい)を邊(あた)りに振り撒いた。三層分の瓦礫と二層分の木つ端は、元の姿を思ひ出す縁(よすが)にも成らぬ程に只(ただ)散らかつてゐ(い)る。立ち殘つてゐ(のこってい)る部分とて、内から外から火に焙られて、くすんだ色をした骨許(ほねばか)りも同然の憐れな姿を晒す許りだ。

 或の日、或の瞬間、或の屋上に居た者は、其の激しい震動に悉(ことごと)く振り落とされ、只の一人を除いて皆墜死したと聞いた。

 其れでも。

 登れぬ迄(まで)も、私は待つた。

 金蜜色(きんみついろ)の花が咲くのを。

 金木犀が薫るのを。

 さ(そ)うして、十二階の乙女が驅けて來るのを。

 待つて待つて、秋風が吹いた。

 其れでも、金蜜色は咲かなかつた。花の香は漂ひ來(ただよいく)る事なく、娘も姿を見せなかつた。

 待つて待つて、葉が落ちた。

 矢張(やは)り娘は現れなかつた。

 さ(そ)うして遂に、漸く立ち直り始めた帝都にも、冬の使者が舞ひ降りた。

 霜ではなく、もつと輕やかな白が東京に降り出したのだつた。


 ――十二階に、昇らう。


上野(公園)の西郷さんのところが無事だったらしい、という部分は漫画家ふくやまけいこ氏の「東京物語」から。

これを読んでこの話ができたというのがなんかナゾ。

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