13.それから
大きな災害、事件の時ほど、冷静に。
デマに注意。
さうしてゐる間に、燒け出された者や怪我人や屍躰を殘して少しづつ避難者達は各々の家へと戻つて行つた。其処で私も大家と二人、下宿の在つた場所へと戻つた。
燒け野原を過ぎ、見覺えの無い場處で見覺えの有る看板を見つけた。何が幸ひしたのか其の邊りを火は舐め取らずに去つてしまつたやうで、へこんだ鍋窯と缺け茶碗、そして節穴の開いた戸板を拾つた。私の部屋にあつた藏書も幾らか掘り出せた。
瓦礫を漁るうちに、腕も出てきた。
同じ下宿の男であつた。既に臭ひ出してゐたが、胸にはしつかりと書物を抱へ込んでゐた。
大家がぽつりと、家族に聯絡を取らねばと呟いた。頷いてはみたが、此の有樣では何時聯絡がつくか、とも思つた。
幸ひにも、其処から掘り出された屍躰は其れ一つきりであつた。
他の者も二人、三人と、ようやく生き永らえたと云ふ態で戻つて來たが、殘りはどうしたか、杳として知れぬ。逃げ延びて實家にでも歸つたか、或いは何處かで傷を負うて動けぬのか、其れともあの大火に卷き込まれたか、とうとう判らず仕舞いだ。
大家は溜息を吐いたが、立て直すには暫く掛かりさうだと言つ度きりであつた。命があつただけでもましだと云ふのに、なかなか逞しい言葉であつた。
然し當然、寢る所も食べる物もない状態であつたので、生き殘つた書生連中も田舎へ戻る者が流石に多かつた。帝都が落ち着いたら戻る者も居よう。一時の別れだと思ひ度かつた。
私は。
帝都を離れる氣など、毛頭無かつた。
幸ひにも大家が、私を命の恩人と言つて家族同樣に扱うて呉れた。何でも大家の行かうとしてゐた所は、折からの強風に煽られた火焔旋風がなだれ込み、さ乍ら巨大な火葬場のやうだつたと云ふ。其処でも大勢燒け死んで、未だ身元の分からぬ骨が積み上げられた儘ださうだ。
私達は風雨を避ける假小屋を建て、毎日少しずつ片附けて行つた。
考へれば寧ろ混亂する。效率が惡からうと構はず、ひたすら手に觸たものにだけ集中した。僅かでも使へさうな物が見つかると小躍りさへした。けれど、嘗て大事であつた物が出てくると、却つて胸苦しさを覺えるのであつた。
複数の情報源から情報を得て、複数の角度から検証しよう。
人は、自分の信じたいことを選択して無条件に行け入れてしまいがちだから。




