27話(85話) 『助力』
「まさか、俺が想定していたよりも凍夜鬼の復活が速いとはな。予想外だったぜ」
ある場所へと向かって森の中を歩きながら、リツはため息交じりにそう呟いた。
「リツがあんな近くで戦ったから、祠に影響があったんじゃないの」
そしてその傍らには仲間であるアンドレアの姿もあった。
「かもな……」
原因の一端が自分にあるのではないかという指摘を受けて、リツは再びため息をつく。
「それよりもリツ、魔物達をあんな使い方して本当に良かったの?」
続いてアンドレアが咎めたのはリツによる魔物の行使についてであった。
つい先程、彼はその意図がアンドレアには理解できないような魔物の使い方をしていた。
「確かに私達は魔物を呼び寄せることができる。でも、それにだって限りがある。なのにリツはその魔物達を……あの騎士団を助けることに使ってしまった」
ストファーレ騎士団を救った謎の魔物達。それはリツによって呼ばれたものだった。
「おかげで私達にはもう呼び出せる魔物のリソースが残ってない……。どうしてそこまでして騎士団を護ったの?」
「……理由なんかねぇよ」
ただひたすらに前へ進みながら、リツはアンドレアの疑問にキッパリと答える。
「お前にだって、抗えない『本能』があるだろ。それこそ、自分に課せられていた使命を忘れてしまう程の」
「確かにある……けど」
アンドレアが持つ本能とはつまり『食欲』。消えることのない飢えから逃れようという衝動である。
そしてリツにも……
「俺にだって生前に起因した『本能』がある。そしてそれは時に利害関係なんか無視して俺のことを突き動かす。今回だってそうだ。意味なんてなく、俺はただ凍夜鬼からストファーレ騎士団を護りたかった……それだけだ」
「…………わかった」
黙り込んで少し悩んだ後、アンドレアは納得したように口を開く。
「私も前に欲望のままに動いてリツに迷惑をかけた。だから、今度はリツが好きに動いてもいい。これでおあいこになるから」
「ああ、そう言ってもらえるとありがたい」
「それと……」
アンドレアは何かを言いかけると、その場に立ち止まった。
「何だ?」
「それと……リツがそんなに大切に思っている騎士団の人間を私は傷つけたのに、そのことをまだちゃんと謝れてなかった。ごめん」
柄にもなく頭を下げるアンドレアの姿を見てリツは面食らってしまった。
すぐに彼女の頭を上げさせ、諭すように語りかける。
「言ったはずだ。あれはお前を放っておいた俺の責任だってな」
「でも私がリツのことを放って自分勝手なことをしたのも事実だから……」
「……そうだな。お前は確かに自分勝手な行動をした。でも、俺も今から自分勝手な理由のためにお前の力を借りなくちゃならない」
「私の力を?」
「ああ。だからこのことも、お前の言うおあいこってやつにしようぜ」
「わかった。たくさん喰べて力も回復したし、私がリツの力になる。任せて」
リツが励ました甲斐もあって、アンドレアはいつもの調子に戻ったようであった。
「頼りにしてるぞ。……けど、今から行く先ではお前の仲間達を呼び出したらダメだ。ややこしいことになるからな」
「そういえば、リツはどこへ向かってるの?」
行先も知らぬままリツについてきていたアンドレアはようやくその疑問に行きつき、首をかしげる。
「さっきから話題に出てただろ。ほら、もう見えるところだ」
彼らが目的としていた場所、いや人々は……
「俺達が今から会いに行くのは……『ストファーレ魔法騎士団』だ」
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「ハァ……ここまで来れば大丈夫だろう。全員無事だな?」
凍夜鬼達から命からがら逃げのび、ある程度森の奥まで進んだところで騎士団長は肩で息をしながら立ち止まり辺りを見回す。
団員たちは全員ここにいるし、追手が来ている様子もない。一先ず危機は脱したと見ていい状況だった。
「まさか、氷結の村が私達を裏切るとはな……くっ、彼らを信用してここまで来ることを決めた私の責任だ」
騎士団長はこのような事態を招いてしまったことを悔い、唇を噛み締める。
「エン姉の責任じゃないわ。こんなことになるなんて誰にも予測できないもの。それにスノウやミルのことも……」
自らを責める騎士団長の傍についてシィは彼女のことを慰める。
それと同時に、シィはスノウとミルのことに思いを巡らせていた。
「スノウの心理はまだ分からない。もしかしたら……話し合えるかもしれないわ」
スノウは前に自分のせいでミルが変わってしまったのだと語った。そしてその責任を必ず果たすとも。それが彼女の本心であるのならば、スノウとはまだ和解できるかもしれない。シィはそう考えていた。
「けれどミルは……明確な意思を持って私たちの下を去った。だから私は……あいつのことだけは絶対に許さない」
彼に殴られた腹部をさすりながら、シィは決意するようにそう呟く。
「シィ、気持ちは分かるが今はそんなことを言っている場合ではない」
だが、今最も優先すべきは生き延びることだ。
氷結の村の者達が騎士団に明確な殺意を持っていたのは紛れもない事実。このまま見逃してくれるとは思えない。真の安全を得るためには氷結の村一帯を覆っているこの森を抜けるしかなかった。
「しかし騎士団長、今の我々には馬車がありません。流石に徒歩でこの森を抜けるのは困難かと」
「……そうだな」
騎士団の馬車は村の馬小屋に繋がれたままだ。かといって危険を冒して自分たちの方から馬車を取り戻すために村へ乗り込むのでは本末転倒だ。
しかしこの雪の中、深い森を徒歩で超えるというのも不可能に近い。雪に慣れてるであろう氷の村の民達にはもしかしたら追いつかれてしまうかもしれないだろう。
「どこかで足になるものを調達できればいいのだが……」
「なら、俺達が取ってきてやろうか? お前らの馬車を」
考え込む騎士団の前に突如現れたのは、鎧を纏った騎士風の男と、厚いコートを羽織った白髪の女。どちらも見慣れない顔だった。
「何者だ貴様ら!」
村の追手かもしれない。そう考えた騎士団長は反射的に腰の剣に手を伸ばす。
「待て待て、俺は敵じゃない。むしろお前たちの味方だ」
「味方だと……?」
「ああ。俺がお前たちを助けてやる」
そう言い切って見せた男に、シィは食ってかかる。
「信用できないわ。そもそもあんた達は何者なのよ。どうしてここにいるの」
「何者か、か……」
何と答えれば良いのか分からないといった様子で男は腕を組んで考え込み始める。
だが、突然その隣に立つ女がその言葉を言い放ったのだ。
「『魔人』。それが私達」
「魔人……」
そう言った女を慌てて男が止める。
「おい、そんなこと言っても伝わるわけないだろ」
しかし『魔人』、その言葉にシィは覚えがあった。過去にミルが口にしていた言葉だ。そしてその時、彼は確かに「魔人は敵」だと言っていた。
だが、彼らは自分たちは敵ではないと言う。どちらが真実なのか……
「ねぇアンタたち、『秋風ミル』って知ってる?」
居ても立っても居られず、シィはその名を口にして彼らに問いかける。
その名を聞いた途端彼らは目を見開く。明らかに何かを知っている顔だ。二人で顔を見合わせて話すかどうか考えているような素振りを見せた後、男の方が口を開く。
「ああ、知ってるぜ。あまりいい関係ではないがな」
「それって敵ってこと?」
「まぁそうだな。だが、俺が敵対しているのは『秋風ミル』個人とだ。お前達とは敵対する気はない」
「……ま、私達もミルとはもう敵みたいなものだし」
敵の敵は味方……とは限らないが、少なくとも彼らまで敵に回したくはなかった。
「それに、俺達は色々あって氷結の村に恨みがあるんだ。あいつらの思い通りになるのは気に入らない」
「だから私達を助けるというのか。利害の一致だけで、見ず知らずの我々を」
「……見ず知らずか。ま、お前達からすればそうだよな……」
「なんだと?」
「いいや、こっちの話だ」
男女二人はそう言うと騎士団が通ってきた方向、つまり氷結の村の方面に向かって歩き始めた。
「ま、そういうことだ。お前達はここで待っていればいい。馬は俺達が連れてきてやる」
「待て! お前達は本当に我々から何の見返りも求めずに危険を冒すというのか!?」
それを聞くと男は立ち止まる。
「そうだな、一つ見返りを求めるとすれば……」
彼はこちらへ振り返った。その顔に穏やかな笑顔を浮かべながら。
「ここから生きて帰ってくれ」
彼らはそれ以上何かを語ることはなく、降り続ける雪の中へと消えていった。




