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26話(84話) 『加勢』

 目の前に立つ彼女……ミハクを護る。それが僕の辿り着いた結論だった。


 ミハクから返事はない。彼女は面食らった様子で固まっていた。

 静寂が続き、時間だけが流れる。彼女が口を開く時が訪れるまでずっとそんな時間が続くのかと思っていた。


 しかし、その静寂は突然破られた。


 空気が変わったのを感じる。先ほどまでは全く気にならなかったのに、今は何故か身体が拒否反応を示す。

 反射的に僕は再び剣を抜き、その感覚が特に強い方へとそれを振るう。

 その瞬間、刀身に眩い雷撃が直撃した。棘から生み出されたこの剣の一部は焼け焦げ、煙が上がる。


「また庇ったわね。ミル……」


 雷撃が飛んできた方向に立っていたのはシィだった。

 そして僕が防がなかった場合の進行方向を考えると、彼女が狙っていたのは僕ではなく……ミハクだ。


「いつの間にか戦意を取り戻したみたいだね。だけどいきなり襲ってくるなんて酷いじゃないか」

「アンタこそ、どうして私やエン姉の攻撃からその女を護るのよ」


 シィは双剣を携えながらこちらへと近づいてくる。

 その目的は僕……ではなくその後ろのミハクだろうか。


「正直さっきまでは状況が呑み込めなかったわ。けれど、ようやく今何をすべきなのか理解できた。私達はこの村に現れる凍夜鬼を倒すために来た騎士。騙されていたとしてもやることは変わらないわ。……凍夜鬼、ミハク・グレイシャーを討ち取るだけよ」


 彼女は片方の剣の剣先をこちらへ向けながら続ける。


「アンタだって凍夜鬼を倒すつもりでこの場へ来たんでしょ。なのに何で凍夜鬼を庇うのよ?」

「僕は凍夜鬼の……いや、ミハクの側につくと決めた」


 ミハクに伝えた時とは異なり、今度はこの場にいる全員に聞こえるような声量で答える。


「アンタ正気なの? 私達を裏切るなんて……」

「裏切るって言い方には語弊があるな。僕は元々君達の仲間なんかじゃない」

「…………そうね。けれど……仲間だった時期だってあった。だから最後の忠告をしてあげる。そこを退いて。でないと私はアンタを…………殺さなくてはならない」


 彼女の目には明確な殺意が感じられた。ここに立ち続けていればその殺意は僕へと向けられるだろう。


「ミル様、そこを……退いてください。私を護るなんて愚かなことをすれば……あなたが不幸になってしまいます」


 ミハクが僕の服の裾を引きながら小さな声でそう助言してきた。

 けれど僕はもうそんな言葉を呑むつもりはなかった。


「確かにこれは愚かな行為かもしれない。だけど、僕は不幸になったりしない。後悔したりしない。これが僕の本心だ。だから……僕を信じて欲しい」

「ミル様……」


 僕の考えは変わらない。

 ようやく見つけた護るべき者。そんな彼女を見捨てることなどできるはずもなかった。


「シィ、僕は退かない」


 双剣を構えながら近づいてくる彼女に向かって、僕も自らの剣を向ける。

 その言葉を聞き、ミハクは僕の服から指を離した。


「そう……なら、やることは一つよ」


 シィは歩くことを止め、一気にこちらへ駆け出した。

 それに反応して僕も地を蹴る。


「やめろ! ミル、シィ!」


 騎士団長の声が響こうとも僕らは止まらない。

 互いの剣はぶつかり、鍔迫り合いが始まった。


「ミル、アンタの剣技は私には及ばないわ」


 その言葉通り、シィは力負けしかねない鍔迫り合いを中断すると電撃を纏った二本の剣を巧みに使って次々と僕に斬撃を繰り出す。


 ――だが遅い。大剣を使っていたリツよりもはるかに。


 苦も無くそれら全てを交わし続け、彼女の隙を探す。

 剣を二本、その上それらを別々に動かす以上身体のバランスを保ち続けるのは困難だ。……故に彼女の身体がわずかによろける瞬間を見つけるのはそう難しいことではなかった。


「はなから僕は剣で戦うつもりなんてないよ」


 よろけた彼女に足払いをかけて、完全にその身を転倒させる。


「なっ……」


 そしてそのまま無防備な彼女のみぞおちへ右の拳を叩き込んだ。

 彼女の身体は軽々と吹き飛ばされ、離れた位置の雪へ叩きつけられる。


「がっ……あっ……」


 腹部を押さえながらシィはこちらを睨みつける。しかし、簡単には立ち上がれないだろう。


「シィも騎士団長もそこまでにしておきなよ。もう君達に凍夜鬼を倒す義務はないじゃないか。無駄に命を捨てず、とっととストファーレに帰ればいい。……ミハク、行こう」

「……え、ええ。そうですね……」


 シィ達のことなど置いて、村へ戻ることをミハクへ進める。もう彼女達の相手をする必要など無いはずだった。

 しかし返事をしたにもかかわらず、ミハクは一向に足を動かそうとしない。俯いたまま立ち続けている。


「ミハク?」


 近づいてみると彼女は震えているように見えた。なにかに怯えているのか、それとも単に身体の調子が悪いのかは分からないが。


 とうとうミハクは雪の上にうずくまってしまった。

 明らかに様子がおかしい。


「ミハク、大丈夫かい? 調子が悪いなら肩を貸すけど」


 しかし彼女は首を振る。その時に見えた彼女の顔はひどく青ざめていた。


「大丈夫です。……しかし、一つやらねばならないことができてしまいました」


 「大丈夫」とは言われたものの、どう見ても平気なようには見えない。

 それでもミハクはよろけながら立ち上がると、村の民達の方を見た。

 そして……その『命令』を下したのだ。


「氷結の村の民よ、凍夜鬼の名のもとに命じます。ミル様を除くストファーレ魔法騎士団を……皆殺しにしなさい」


 それはとてもミハクが発しているとは考えられない命令だった。

 彼女は凍夜鬼の継承を自らの代で終わらせたいと言った。にもかかわらず、彼女は凍夜鬼の名を使って命令を行ったのだ。人の命を奪えという命令を。


「ミハク、なぜそんな命令を……?」


ミハクがそのような命令をしたのには何か理由があるに違いない。そしてそれは彼女の様子がおかしいのと関係しているのかもしれない。そう思って僕はミハクに尋ねた。


「理由は後で話します。ですが今はそうしなくてはならないのです……」


 しかし彼女は明確な理由を答えてはくれなかった。

 ミハクが無意味に人を殺すことを望むような人間でないことは分かっている。それに、騎士団の面々がどうなろうと僕にとってはどうでもよいことのはずだった。僕はもう完全に彼らの仲間ではないのだから。しかし僕はどうしても自らの手で積極的に騎士達のことを殺そうとは思えず、かといってミハクの望みに反して彼らの身を護ろうとも思えなかった。故に僕がとった行動は……傍観だった。

 一方で彼女の命令を聞いた村の民達は騎士団を取り囲んで彼らを追い詰める。騎士達はわずか十人弱といった数に対し、彼らを取り囲む村人達はその三倍近い数だった。そのうえ、騎士団長とシィは手負いのため十分な戦力とはなり難い。他の騎士団のメンバーにもこの状況を打開できるような者などいないだろう。


 短刀を抜いて直接騎士に襲い掛かる者。弓や魔法による遠隔攻撃を行う者。明確に役割分担を行いながら戦う村人に、数で劣る騎士達は防戦一方だった。僕が村に加担せずともストファーレ騎士団が全滅するのは間違いなく時間の問題だ。


「すまない、みんな……私がここへ連れてきたばかりに……」


 襲われる騎士達の姿を目にして騎士団長のエンは悲痛な声を上げる。

 そして彼女もまた村からすれば殺すべき標的だ。無慈悲にも手負いの彼女に向かって刀を手にした村人達が近づいていく。その背後には魔法を唱えようとする者達もいる。

 僕の攻撃を喰らって動けない状態のシィにも同様の危機が迫っていた。


「……私が殺されるのは構わない。だが、騎士達を殺させはしない……」


 自らに迫る危険を前に手負いの騎士団長は気持ちを奮い立たせ、立ち上がり剣を構える。


「……私だって、こんなところで死ねないわ。……アンタにきついのを一発お見舞いするまではね」


 シィもまた剣を支えとしながら、フラフラの身体で立ち上がる。……僕に憎しみの眼差しを向けながら。


 だが立ち上がっても状況は変わらない。彼女達の命が奪われるのも時間の問題だ。

 村人たちの魔の手は迫り……そして……



 その魔の手が彼女達へ到達することはなかった。



 突如として森の中から現れた獣の姿をした魔物達が、シィや騎士団長を襲おうとしていた村人達へ逆に襲い掛かった。鋭い爪が彼らの身を切り裂いていく。


「ぎゃあああ!!」


 次々と現れる魔物達は村人達へ襲い掛かり、傷を負わされた者達の叫びが響く。


 ……魔物の軍勢は間接的に騎士団の窮地を救ったのだ。


「なぜ魔物が!?」

「クソッ、こんな時に……」


 とはいえ騎士団も手放しに魔物の到来を歓迎することはできない。

 今はより森の近くにいた村人達が襲われているが、次に襲われるのは騎士団たちなのだから。


「ミハク、君は下がって」


 魔物達の姿を見て僕はミハクへ退避を促す。

 彼女は確かに『凍夜鬼』という強大な力を手にしている。だが、今の彼女は不安定だ。先程は様子がおかしいと思えば、突然騎士団の殺害命令を下した。……あまり彼女を戦わせようとは思わなかった。


「すみませんがミル様、お願いします……」


 僕の意図が通じたのか、ミハクは素直に魔物達から距離を取った。

 彼女の身が安全な状況下にあるなら僕も存分に戦える。そう思って魔物達の方へ駆け出した。……しかし、そこであることに気づいた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 確かに村人達から襲われたのは、彼らが騎士団を囲うように立っていて森の傍にいたのだから何も不思議ではない。だが混戦状態になれば魔物は騎士団も村人も見境なく襲い始めるはずだ。

 だというのに、魔物は村人より近くに騎士がいても彼らには目もくれず村人達だけを攻撃している。まるで氷結の村の民だけを襲う……いや、『ストファーレ騎士団を護る』という明確な意図を持っているかのように。


「魔物達が俺達を襲ってこない……?」

「何がどうなっているんだ……」


 騎士達もこれには気づいているようで困惑した声を上げながら立ち尽くしていた。

 しかし、そんな彼らに向かって騎士団長が叫んだ。


「お前達、何をボーっとしている! 退くなら今しかない!」


 この状況を見て騎士団長は氷結の村と戦う……のではなく、騎士団員達の安全のために撤退する決断をしたのだ。


「シィ、動けるか?」

「ええ。今は逃げるしかないのね、エン姉……」


 我先にと駆け出す騎士達。そんな彼らを眺めながら殿の騎士団長は足元の雪に向かって炎を放った。退避する騎士団の身を隠すためか、大量の雪と水蒸気が舞い上げたのだ。

 村人達は魔物の波に阻まれ、逃げる騎士団を追いかけることができない。僕も大量の魔物を殺すので手一杯だった。……そして何より、追いかけてまで彼らを殺そうとは思わなかった。


 結果、ストファーレ魔法騎士団は撤退に成功した。彼らはこの窮地を乗り越えたのだ。


「ミハク様、騎士団に逃げられました!」


 村人の一人が現在の状況を離れた位置に立つミハクへ報告する。

 騎士の姿が見えなくなっても魔物達は依然として村人との戦いを続けていた。


「騎士団のことは放っておいて構いません。この魔物達が彼らの()()()になるでしょう。ですから、この魔物達を殺し尽くしなさい」


 ミハクは騎士団を追わせようとはしなかった。しかしここにいる魔物達を殺せという新たな命令を下す。

 『代わり』……というのは代用になるという意味だろうが、いったい彼女は騎士団を殺して何をするつもりだったんだ……? それに騎士団ではなく魔物でもいいというのはいったい……


 彼女の言葉の意味は分からない。それでも僕はミハクの言葉通りに、村人達と共に獣の魔物達を殺し尽くしたのだった。

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