★25話(83話) 『裏切り』
【2019/4/21更新】
作者が描いたので拙いものではありますが、挿絵を追加しました。
「ミハク…………?」
僕の口からはただ困惑の声だけが漏れた。動くこともできずに呆然と立ち尽くす。
彼女の言っていることが理解できない。
凍夜鬼の力を受け継ぐ者……そんな馬鹿な。それではまるで、僕が倒さなくてはならないのは……
「どういうことだ。詳しく説明してもらうぞ。ミハク・グレイシャー」
僕が聞くよりも先に騎士団長がミハクに状況の説明を求めた。
「説明……と言われましても、見た通りとしか言いようがありません」
「見た通りだと……? お前たちは我々に凍夜鬼の討伐協力を願い出た。だというのに、その凍夜鬼の力を受け継いだのはミハク、お前だ。ならば我々が倒すべき凍夜鬼は……」
「ええ、その通りです。あなたたちが倒さなくてはならない相手、それは私です」
僕は同じ神の使いであるリツの倒せなかった凍夜鬼を倒し、彼の考えが間違っていること、そして僕が正しいことを示そうとしていた。けれどミハクへの思いに気が付いて、凍夜鬼を倒すことは目標から過程に変わった。彼女と共にこれから先の道を歩むための。
しかし、その倒すべき凍夜鬼は……目の前に立つミハク自身だった。
「ですが、私たちがあなた方を呼んだのはもちろん私のことを倒させるわけではありません。もっと言ってしまえば、騎士団の方たちに初めから興味などないです。私がここに連れてきたかったのはただ一人……」
そう言いながらミハクは騎士団長から目を逸らし……僕のことを見据えた。
「ミル様、あなたです」
「僕を……ここに?」
僕をここへ連れてくるためだけに凍夜鬼を討伐してほしいと嘘をついてまで騎士団をここに集めたのだと彼女は言いたいようだった。
「ミル様に来ていただければ他の皆様はどうでも良かったのですが……あなた一人を呼ぶよりも騎士団ごと呼び寄せた方が来ていただける可能性が高そうだと彼女が言っていましたから」
「彼女……? 誰かが君にそう助言したのか。けど、なぜそいつが僕のことを知っている?」
「彼女はずっとあなたのそばにいましたから」
僕のそばにいてミハクに助言を行った人物……
「待って……まさかそれって……」
僕のミハクの会話に割って入ってきたのはシィだった。
恐らく彼女が考えていることも僕と同じだろう。
「さぁ、もう出てきて構いませんよ。…………スノウ?」
ミハクがそう呼びかけると、さっきまで姿が見えなかったというスノウは村の民達が作る人込みの中から現れた。
「スノウ、どうして……どうしてよ!」
「……」
スノウが何故このような行為をとったのかが理解できないようで、シィは困惑した様子だった。
しかし彼女のその声にスノウが何か返すことはなかった。
「元々、この計画は私個人によるものではありません。この村の民全てがこうすることを望んだのです。……そしてスノウもまた我々の同胞。彼女がこちら側に立つのは当然の道理です」
「そんな……」
ミハクのその言葉を聞き、シィは膝から崩れ落ちた。
「さて、そこまでしてミル様をここに呼んだ理由ですが……」
ミハクは僕の方へ視線を戻しながら、再び本題について語り始める。
「二百年前に凍夜鬼と戦ったのもミル様と同じ『神の使い』でした。そしてその神の使いも今のあなた方と同様の手段でここへ呼ばれた。……もしかすればこのような戦いは更に昔からあったのかもしれませんね」
「なぜ……凍夜鬼と神の使いは戦わなければならないんだ」
「凍夜鬼とはこの村に伝わる力の名称。そしてそれを使う権利は代々氷結の村の長へ受け継がれます。そして凍夜鬼の力を持つ者達が目指す執着点が……神へ到達すること」
「神へ……到達する……」
「ええ、そうです。神の使いは神から与えられた力を持つ者ですが、私たちが目指しているのはその先。神の力を持つのではなく、神そのものになることです。そのためにまずは神に最も近い存在……つまり神の使いを取り込むのです」
神の使いを取り込む……つまり彼女は僕のことを……
「僕は……君に利用されるためにここへ呼ばれたのか……」
「はい。ミル様、あなたも騎士団の皆様もずっと私たちに騙されていたんです」
彼女はゆっくりと僕へ歩み寄り始める。
先程言っていた通り、自らの糧とするために僕のことを取り込むつもりなのだろうか。
「逃げろ……ミル!」
騎士団長は僕の名を叫びながら、歩み寄るミハクを止めようと駆け出した。
「させませんよ」
だが突如として空中から飛来した巨大な氷柱が騎士団長の脇腹を抉る。
そしてそれに続いて大量の氷柱が騎士団長を囲うように降り注いで彼女の行動を止める。
「くっ……」
瞬時に大量の氷柱を生み出す……これが凍夜鬼の力によるものなのか……
「あなたはそこで見ていてください。邪魔はさせません。もちろん他の皆様も」
警告するようにミハクは騎士団の面々を眺めながらそう言い放つ。
……しかし彼女のその警告は無意味だ。今、騎士団の者達が考えているのはただ一つ。自らが生きていられるのかどうかだけだ。微塵も僕なんかの身に興味はないだろう。それ以外を考えている者もたった二人いる……が、騎士団長は物理的に身動きが取れず、シィは未だに状況が呑み込めない様子で動こうという気配すら感じられない。彼女たちに期待は出来ない。自らの身を護るには自分自身の手で状況を打開するしかなかった。
しかし僕は……何も行動を起こさなかった。こちらへ歩み寄るミハクをただ静かに眺めているだけだ。
ミハクの方も僕にこれ以上何か言葉を投げかけてくることはなかった。ただ真っすぐ、一歩一歩ゆっくりと僕へ向かって歩みを進める。
やがて彼女は僕の目の前まで至ると……何かするわけでもなく立ち止まってしまった。
目の前に立つ彼女は驚くほどに無防備で、拳を振るうことも、魔法で吹き飛ばすことも、再術式を施せていないために変異させることのできないただの剣を突き立てることすらも……いとも容易く行えてしまいそうに思える。もちろんそう思えるというだけで、どんな行動を取ろうとも凍夜鬼の力によって防ぐことができる故に彼女が無防備な様子を晒しているという可能性もあるのだが。
そしてふと吹いた柔らかな風が彼女の髪を撫でた時、ついにミハクはその口を開いた。
「ごめんなさい。あなたを騙して」
その声はとてもか細いものだった。しかし、目の前に立つ僕にだけははっきりと聞こえた。
「凍夜鬼は例え神の使いに倒されようとも封印状態になるだけで、彼らへの憎しみがある限り永遠に復活し続けます。そして一度復活すれば、精神を乗っ取ってでも継承者を祠へ連れてきて力を解放しようとするでしょう。継承者が氷結の村やそれを覆う森のどこへいようとも」
「……それを話してどうするの。君は僕のことを……」
いや待て。今、彼女は凍夜鬼の力を受け継ぐ継承者が村や森のどこへ行こうとも逃れられないという旨の話をした。だが、それは裏を返せば……
「私は無意味に逃げることもせず、自らの意識を保ったまま凍夜鬼の力を身に宿しました。その本当の理由はたった一つです」
ミハクは一呼吸置いてからその一言を絞り出した。
「凍夜鬼……いえ、私を…………殺してください」
彼女はまっすぐな視線で僕を見つめながらそう告げた。
嘘や冗談で言っているとはとても思えない雰囲気だ。
「継承者を殺したとしても憎しみの感情が残っていれば、いずれまた凍夜鬼は復活してしまいます。……ですが私にはあなたを憎む思いなんて微塵もありません」
「…………」
「今まであなたを欺き続けていたことは事実です。ですが私はこんな争いを今も、これからの未来でも続けたいとは思いません。村の者達はこんなことを許しはしないでしょうけど、私の代で全て終わらせたいんです。虫のいい話だという自覚はありますが……どうかお願いします」
彼女は自らの胸に手を当てる。
「あなたの剣でここを貫いてください。それで……全て終わるんです」
今までの僕なら迷わず剣を抜いて目の前に立つ者の命を奪っただろう。
いや、今の僕でも同じことをきっとする。……目の前に立つのがミハクでなかったなら。
「死ぬのが……怖くはないの……」
殺してほしいという彼女の願いを聞き入れる前に僕はそんなことを聞いた。
「怖いです。今でも本当は死にたくないと思います。……でも、誰かがこうしなくてはならないんです。それが私だっただけ。それにミル様に殺されるのなら安心できます。約束して頂きましたから。『凍夜鬼を倒す』と」
彼女は笑顔でそう言った。
彼女の身体は震えている。その笑顔が無理に作り上げた偽りのものであることぐらい僕にもわかる。
「違う。こんな結末を知っていたらそんな約束はきっとしなかった。……どうして僕にわざわざ接触してきたんだ。初めから僕に干渉しなければ、君のことを知らなければ、僕は冷酷にただの敵として君を殺せたのに……」
「知りたかったんです。神の使いが……私を殺す人がどんな人なのか。初めは私の望む結末を迎えさせてくれる……それだけの人間だと考えていました。けれど騎士団の中で孤独に戦うあなたを見て、私とは正反対のあなたを見て、そしてあなたの中にある優しさを知って、私は期待してしまったんです。この人となら異なる結末を作れるかもしれないと。だから私は「あなたと一緒に行きたい」だなんてお願いをしてしまいました」
ミハクの声を聞いて、あの時の彼女との会話が思い起こされる。そして同時にようやくその意味が分かった。彼女の言っていた「自分のために命を使いたい」という言葉の意味が。
けど僕はそんな彼女の望みを踏み躙った。
「僕は優しくなんかない。現に僕はあの時、君の願いを受け入れなかった」
「ええ、私は断られました。でもあれはきっと、私のことを考えて下さったのですよね。ミル様に着いて行くよりもこの村に居続ける方が私のためになると。……だから今の私も同じことを思います。私のことなんて切り捨てて、あなたにはあなた自身の道を歩んでほしいと」
……もしも僕があの時ミハクの願いに応えていたなら、こんな結末は回避できたのだろうか。
彼女は「継承者が村や森のどこへ行こうとも逃れられない」と言った。けれどそれは裏を返せばそれより更に離れていれば逃れられたかもしれないということ。あの日は今から三日前。三日もあれば……いや、僕がリツと戦って封印を弱めるような真似をしなければ一週間も猶予があったんだ。それだけあれば彼女と一緒に凍夜鬼の影響が及ばない所まで行けたかもしれない。
けれど僕が選択を誤ったせいで……このザマだ。
「あなたの中にある優しさ。その優しさを今は……どうか私を殺すことに使って下さい」
彼女の言葉を聞いて、僕はどうすればいいのか分からなかった。
選択を誤った結果、最悪の未来への道を歩んでしまった男には何もできなかった。
いいや違う。
ああ、そうだった。
元々僕が目覚めたのはただ一つの願いのためだ。
『君は……本当にそうするつもりなの……?』
身体の内側から声が響く。それは僕の心の中で共存している『死に損ない』の声。
「僕は僕のやりたいようにやるだけだ。元々それが僕の目覚めた理由なんだから」
『君は誰かを護ることを止めて自らのために生きると言った。けど今は……』
「護りたいものが生まれたなら、僕のするべきことは一つだ」
『……わかった。今、僕の肉体を動かしているのは君だ。君の好きなようにすればいい』
「言われずともそうするよ」
『けど、一つだけ覚えておいてほしい』
「……何かな?」
『僕は必ず、僕自身の手でみんなが幸せになれる方法を見つけ出してみせる』
「……勝手にすればいいさ」
それからまた、その声は聞こえなくなった。
僕は腰の鞘から剣を抜く。
「ミル様……」
安堵したように、彼女は胸に添えた手を退けてそっと目を瞑った。
そして僕はその剣を使い……
背後からミハクに迫る火炎を打ち払った。
「……! ミル、何をしている!」
それは騎士団長が必死の思いで放った一撃。しかし僕はそれを無下にした。
聞こえてきた音と声に反応し、ミハクは眼を開ける。
「ミル様、どうして……」
何が起きたのかを察し、彼女は困惑していた。
「僕はずっと、自分独りで生きていこうと思っていた。誰かを護るために目覚めたけど、今の僕に護るべきものなんてないとずっと思っていた」
僕は剣を再び鞘に納める。
「けど、やっと見つけたんだ」
目の前に立つ彼女の瞳を見つめながら、自らの誓いを声に変える。
「例え他の全てを犠牲にしたとしても……僕が君を護る」




