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セイヴァー・レコード 〜とある守護騎士の記録〜  作者: パスロマン
二章 スピリトの大樹/覚醒する魂
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21話(53話) 『炎の森、壊れた意識』

「皆さん、集まっていますね」


 姫様が街の入口に集合した一人一人の顔を確認してから言う。

 しかし確認すると言っても、今この場にいるのは僕とシィとスノウ、そして姫様の四人だけ。前の作戦時とは違い、ティアさんとラウンさんは不在だ。その上、スノウの右手はまだ包帯で固定されている。


 状況は非常に悪いと言って良いだろう。

 それでも僕らはここに集まった。これまでの戦いに決着をつけるために。


「では、これより第四時作戦······いえ、最終作戦を開始します!」


 一歩前に出て、姫様が僕らに向かって宣言する。

 これで終わりなんだ。この四度目の作戦を持って、僕らのこの一ヶ月間にようやく意味が生まれる。儀式による姫様の成長を成し遂げたという理由が。


「ミルさんとシィさんで馬をお願いします。スノウさんは私と一緒に馬車の中へ」

「······わかった」


 スノウが姫様と共に馬車の中へ入っていく。

 その姿を眺めている途中、お互いに目が合う場面があったものの僕らはどちらも俯き、何か反応を返すことは無かった。······結局、彼女と仲直りする事は未だ叶わずにいる。


「さ、私達は馬に乗りましょう」

「······うん。そうだね」


 隣に立っていたシィが僕に呼びかける。

 そうだ、今は自分のすべき事をやらなくては。僕は馬の元まで歩み寄って、その背に飛び乗る。


「ミル、まだスノウと仲直り出来てないのね」


 馬に乗りながら、シィが僕とスノウを交互に見て言った。


「······出来れば今日までにしておきたかったんだけどね」


 もし昨日、姫様の言葉を受けただけであれば、きっとその日中にスノウの元まで足を運び、自分の考えを口に出来ていただろう。しかし、その後の出来事によってそれも出来なくなってしまった。


「そうね。でもまだあなたに結論が出ていないのなら仕方ないわ。喧嘩の理由が理由なだけに、明確な答えを示さなきゃならない事だもの」


 シィは僕がスノウと仲直り出来ない理由について思った以上に察していた。


「うん。だからきっと見つけるよ、この作戦の中で。皆を護る方法を」

「大丈夫。きっとあなたなら見つけられるわよ」


 シィが僕の肩を持ち励ます。

 ······そうだ。これが僕が彼女に惹かれる理由なんだ。

 彼女も姉を失って辛い思いをしているはずなのに、それを顧みず他者の心配をしてくれる。

 それが彼女が僕にとっての光である理由だった。


「ミルさん、シィさん、出発出来ますか?」


 馬車の中から姫様の声が響く。

 その声を聞いて、僕とシィは轡を握る。


「ありがとうシィ。······よし、行くよ!」

「ええ!」


 前を向き、僕とシィは勢いよく馬を駆けさせた。


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 いつもとほぼ同じ時間をかけ、僕らの馬車は森の中へ入った。


 何ら普段来た時と変わりない。木々が風に揺れ、遠くからは鳥のさえずりが聞こえる。まさしく平和そのものだ。


「静かだね」

「ええ、そうね」


 未だ魔物の気配などはない。どこかにロサやその仲間が潜んでいると考えるのが妥当なのだろうけど、そんな雰囲気は微塵も感じさせなかった。


「このまま何事もなく大樹の元まで行ければいいんだけど」


 大樹にはある程度の魔ならば払う力がある。そこまで辿り着くことが出来れば魔物の奇襲があったとしてもその能力は落ちるだろうし、対処も楽になるはずだ。


 馬をより速く走らせる。出来るだけ速く大樹まで辿り着きたかった。


 その時、これまでこの森で嗅いだことの無い匂いがした。

 この匂いは······


「何かが、燃えてる?」


 何かが焦げるような匂い。先程まではしていなかったのにこの匂いは何なんだろうか。


「······!! ミル、あれを見て!」


 何かに気づいたシィが僕らの進む先を指さした。その方向、僕らが目指す先にあるものは······


「大樹から······煙が上がってる!」


 僕達が現在目指している木から遠目でも分かるほどの黒煙が上がっていた。


 でも、大樹は加護によって護られているはず。その大樹を燃やすほどの炎が一体どうやって出来たというのだ。

 自然界で発生するものとして山火事があるが、その理由は落雷や火山によるものが大半である。しかし、今天気は良好であるし、火山などの炎を発生させるものもこの近くにはない。

 となればこの炎は人為的に生み出されたものであるとしか考えられなかった。


「速く、大樹の所まで行かないと!」


 大樹が燃え尽きてしまっては、僕らの作戦はどう頑張っても失敗に終わってしまう。手遅れになる前にこの炎を消さなくては······。


 僕は更に速く馬を走らせる。これまでよりもっと速く。大樹の元へ急ぐために馬をトップスピードまで加速させる。


 しかしその瞬間、視界が赤く染まった。


 大樹を中心に、凄まじい炎が森全体に広がったのだ。


 当然、大樹を目指していた僕らの元にもその炎を迫っていた。

 しかし、突然の事で僕は動けない。いや、動けたとしてもその炎を防ぐ術は無かった。


「······私が防ぐ」


 その瞬間、スノウが馬車から身を乗り出した。

 そして、それと同時に魔法を唱え、僕らが乗る馬車を護るように氷の障壁が出現する。


「······ぐっ」


 灼熱の炎が氷の壁にぶつかり、その表面を次第に溶かしていく。

 それでも壁は消滅しない。炎を受け止め、僕らの馬車を護り続ける。


 やがて炎が収まり、スノウが氷の壁を解除する。奇跡的に僕らの馬車は全くの無事であった。


 しかし、森は無事では済まなかった。灼熱の炎により木々は燃やし尽くされ、森全体は火の海と化していた。

 その上、状況は更に悪化する。


「グギギ······ガギ······」

「この音は······」


 聞き慣れない音がしたと思えば、僕らの馬車の周りの地中から大量の魔物たちが出現したのだ。


「くっ、やるわよ二人共!」


 シィが馬から飛び降りてその魔物達を双剣によって切り伏せてゆく。僕やスノウも同じく周りにいた魔物を倒していくが、倒しても倒しても限りがない。

 一体一体の能力は低いが、数は十や二十どころではない。およそ百。いや、それ以上だ。


 更に、今の僕達にはこの魔物達を相手にし続けている余裕はない。速く大樹の元まで行かなければ大樹が燃え尽きてしまう。


 誰かが行かなくてはならない。危険を冒してでも大樹まで辿り着かなくてはいけないのだ。


「シィ、ここでスノウと一緒に姫様を護ってて欲しい」

「えっ?」


 僕は目の前の魔物をその手で倒しながら、同じく戦闘中のシィに呼びかける。


「僕が大樹に行ってこの炎の原因を断つ。だから、それまでここで踏みとどまっていて欲しい」

「でも、そんなの危険だわ。一人で行くなんて無茶よ、何があるのかも分からないのに」

「うん、そうだね。でも誰かが行かなきゃならないんだ。だから僕が行く」


 シィは僕のその言葉を聞いて、小さく頷いた。


「······分かった。ここは私達に任せて、貴方は大樹の所まで行って」

「うん、きっと帰ってくるから!」


 僕は目の前に立つ魔物を倒すと、そのまま他の魔物達を無視して先に進む。


「ミル!」


 その途中、後ろからシィの声がした。


「この作戦が終わったら、皆で祝杯を上げましょう!」


 先に進んでいた僕は振り向いてその言葉に返答することは出来なかった。けど、心の中ではちゃんと答えていた。


『うん、きっと戻ってくるよ!』


 ✱✱✱✱✱✱✱✱


 道中、地中から湧き出した敵を蹴散らしながら僕はただひたすら、前に進んだ。


 やがてこの炎の源、『スピリトの大樹』まで辿り着く。


 大樹の元に魔物は湧いていなかった。その代わり、その根本には人影が一つ。

 それは予想できたことであったけど、いざ対峙してみるとやはりまだ身の毛がよだつ。


「ロサ!」

「久しぶりね、ミル」


 そこに立っていたのは『ロサ』。僕が過去に実質的な敗北を喫し、そしてティアさんとラウンさん、スノウを打ち倒した、この作戦における最大の障害。


「この炎は君が起こしたのか······?」

「そ。といっても私の力ではないけどね。とある秘境で祀られていた『契約者の命が尽きるまで燃え続ける炎』。それを奪い、私が契約して使っているの」


 なるほど、祀られているほどのものであれば魔性を含んでいる事は無い。ならば、大樹の加護に阻まれないという訳か。


 そして、契約者の命が尽きるまでという事は...


「つまり、私を殺さなくてはならないということね。ミル」


 僕だけの手でロサを打ち倒さなくてはならない。一度負けた相手を、僕よりも強いラウンさんたちを倒した相手を。

 その事実は僕の全身を強ばらせる。


 ······いや、ここに行くと決めた時点で分かっていたことだ。ロサと出会うなんて。


 覚悟を決めろ。今ここで彼女に勝つ。


「ロサ、僕の手できっと君を倒してみせる」


 その言葉を言い放つと同時に僕は勢いよく駆け出した。


「倒すねぇ······。出来るならやってごらん?」


 ロサの肉体から巨大な棘が出現する。まずは二本。

 その棘が、一直線に彼女の元へ向かう僕を受け止めるために構えられる。前に僕の拳を防いだ時のように。


 そう、過去に僕の拳は彼女の棘によって防がれてしまっていたのだ。だから、今度は同じ手を使ったりはしない。


「ロサ、これが僕の新たな力だ!」


 僕は足を止め、右手の指、五本全てをロサへ向ける。


「『風の弾丸(ウイング・バレット)』!」


 そして、その指それぞれから神の力によって強化された風の魔法が放たれる。

 そしてその弾丸がロサの棘に命中し、その外殻を壊して──


「何それ。石ころでも投げた方がマシなんだけど?」


 ロサの棘には傷一つ付いていなかった。


「そんな······」


 僕の魔法は彼女に通用していなかった。

 近距離以外でも戦えるように習得したのに、僕の弾丸は彼女を貫くどころか棘を傷つけるにすら至らなかった。


「ねぇ、まさか、そんなの覚えたから私のこと倒せるとか言ったの?」

「······くっ」


 やむを得ない。遠距離での魔法が通用しないのなら、あとの頼みの綱は『神の力』による打撃しかなかった。

 僕は再び地を蹴り、彼女の棘の元まで走り抜ける。


「へぇ、まだ戦うんだ」


 右手に神の力を集中させ、その拳を棘に打ち付けると同時にその力を解放する。


「『この右手に(ディザイア・)思いを込めて(ストライク)』!」


 これまでの戦いで、僕も神の力を使い慣れてきている。前とは違って、多少はダメージを······。


「うーん、相変わらず効かないなぁ」


 拳を持ってしても、彼女のたった二本の棘を突破することすらできない。


 くっ、どうすればこの棘に傷を与えられるんだ······。

 僕にはラウンさんのような協力な魔法は使えない。一体どうすれば······。


「じゃあ次は私の番」

「えっ──」


 彼女の声が耳に入った時、僕は既に宙を舞っていた。

 彼女の棘によって、上に弾き飛ばされていたのだ。


「まずは四本。じっくり痛めつけてあげる」


 先の二本、そしてロサの肉体から新たに出現した二本の棘が僕の肉体を痛ぶり始めた。


 地面に叩きつけては持ち上げ、もう一度叩きつけては再び宙に浮かし、二本の棘で地面に叩き落としたと思えば残り二本の棘をまるで鞭のように使い、僕の身を傷つける。


「二本追加しまーす」


 更に彼女の肉体から二本の棘が生えると、その二本も僕の肉体を攻撃し始める。

 彼女は心底楽しそうだった。対して僕は、もはや意識を保つのがやっとであった。


 やがて、彼女は僕を虐めるのに飽きたのか、僕の体を棘で掴み持ち上げた。

 そして突拍子も無く問いを投げかけた。


「ねぇミル。貴方、魔物を殺して、楽しいとか嬉しいって思った事ある?」


 質問の意図が分からない。

 ただ僕は正直に答える。


「そんな訳······ないだろ! 命を奪うのにそんな感情を抱くはずがない!」

「嗚呼。そんなだからダメなんだよ」


 僕を掴む棘の強さが更に強まる。呼吸が苦しい。このままじゃ気を失ってしまう。いや、もしかしたらそれより先に死ぬかも。

 死にかけの僕をよそにロサは新たな問を投げかける。


「貴方、皆を護りたいんだそうね」

「そう······だ。······僕が······皆を······」

「でも無理。貴方あの中で一番弱いもの」


 ロサが残酷な現実を僕に吐き捨てた。


「だってそうでしょ? 貴方は自分が本当に誰かを助けたの、私と初めて会った時もそうだけど、『護られている方』でしょ、貴方」


 確かにシィやスノウと出会ってから、僕は様々な戦いを経験した。でも、そのどれもが僕一人で成し得た事ではない。むしろ僕一人では負けていた戦いの方が多いだろう。


「要するに、貴方の言っている事はとてもとてーも分不相応なの。身の程を弁えろってこと」

「だま······れ······」


 僕の内側から何かがこみ上げてくる。

 これは······怒りだろうか。いや、事実を突きつけられた悲しみか。それとも、締めあげられていることによる肉体の苦しみか。


「貴方じゃ誰も護れない。護るための力が無いのだもの」


 より一層僕を締め付ける力が強くなる。


「そもそも、なんで誰かを護ろうとなんて思うの? 自分が無事ならそれでいいでしょ?」

「僕は······お前とは······違うんだ······!」


 今一度、僕は自分の意識をはっきりさせるためにも力強く言い放つ。


「ふーん。結局、理由を答えられてないじゃん」


 それでもロサは全く動じず、僕の心を抉り続ける。


「自分で悲しくならないの? 力も無いのに、ろくな理由も無いのに、訳わかんない理想に囚われて。馬鹿馬鹿しいね。阿呆らしいね。無駄だね。哀れだね」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」


 自分の中で、何かの鍵が外れる音がした。


「理由が無いだと? ふざけるな。僕がどれだけ苦悩してここにいると思っているんだ。それも知らないでお前は······お前は、お前はお前はお前はァ······! 苦悩······そう苦悩だ。僕は悩んだ。そして護ることに決めた。犠牲を生むことを決めたんだ。護らなきゃって。後悔しないようにって。だから、だからだからだからだから······僕は、ただ、もう何も失いたくないからって。死んで欲しくないって。護りたかったのに護れなくて。何も犠牲に出来なくて。苦しんで、壊れて、そして今この世界にに来て、ようやく救えると、護れると思ったのに。なのに僕はダメだった。結局ダメだった。救えないんだ。護りたいのに。護りたかったのに。結局僕は弱いままだ。何も何も何も何も何も何も何も何も······僕は······変わっていなかったんだよォ!」


 ただ、僕の口からは言葉が漏れていた。

 その言葉に果たして意味があるのか、それとも意味の無いのか、もはや僕には分からなかった。


 ただ、一つだけ言える。僕は、もう壊れた。


「あーあ、壊れちゃった。もう要らないや」


 ロサが僕の肉体を地面に落とす。もはや殺意はなかった。ただゴミを見るような目で僕を見ている。


 自由になっても僕の体は動かない。一度壊れたものは、もう立ち直れなかった。


 ゆっくりと、僕の意識が消えていく。


 そうして深く暗い記憶の世界へと僕は落ちていった。

すみません、相変わらず暗い話になってしまいました。

次話が大きな転換点となるので、それまで待って頂きたいです。

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