20話(52話) 『小さな花畑』
もの凄く遅れてしまい、申し訳ありません。
(その分、多少普段よりは長めです)
さてと、今日はティアさんの部屋に治療薬を取りに行って、それから姫様の様子も見てこよう。
自宅のドアに鍵を掛けたことを確認し、僕は城へ向かう。
城へ向かって歩きながら、僕は昨日のスノウの言葉を思い出していた。
『ミルは誰かを護るという『目標』だけを見ている。『方法』なんて見ていない。』
『貴方は何者なのか? 一体、何があってこうなってしまったのか?』
一体彼女は僕に何を伝えたかったのだろう。
自分自身の心に問いかけても何も答えは返ってこない。それは僕が答えを見つけていないからなのか、それとも僕の心自体が閉ざされてしまっているからなのか。
今日スノウは退院すると言っていたけど、今はとても彼女の前に出ていこうとは思わなかった。昨日、僕は彼女から逃げ出してしまったのだ。今の状態のままで合わせる顔はない。
「キャッ」
下を向いて歩いていたせいで、僕は僕の前に出てきた女性に気づかずぶつかってしまう。
「すみません、前を見ていなかっ······あれ、シィ?」
「あれ、ミル、どうしてこんな所に?」
僕がぶつかったのはシィだった。見たところ、彼女はどこかへ向かっているようだ。
「どうしてって、シィこそどこへ向かっているの?」
「あれ聞いてなかったの? 今日はスノウが退院するでしょ、だからお見舞いに行くのよ」
ああ、そうか。シィは昨日僕が行くより先に病院に行っていた。だからスノウが今日退院するの知っていて病院へ向かっていたのか。
「でも、知らなかったのならちょうど会えてよかったわね。さ、一緒に行きましょ」
「いや、僕は遠慮しておくよ」
歩き出そうとしたシィの足を僕の言葉が止める。彼女は不思議そうに僕の顔を見た。
「どうして? 何か大切な用事でもあるの?」
「用事があるといえばあるのだけど······」
曖昧な答えを返す。
僕がスノウの言葉のせいで悩んでいるとシィに伝えるのは気が進まなかった。だから曖昧な返事になってしまったのだけど、僕のおかしな様子にシィは気づいてしまったようだった。僕の元へ一歩足を踏み出し、彼女は問いかける。
「スノウと何かあったのね」
図星を指され、僕はたじろぐ。思っていた以上にシィは察しが良かった。
気づかれてしまった以上仕方が無い。僕は昨日スノウと話した内容についてシィに伝える。
「ミルがどうやって皆を護るのか、ミルが一体何者なのか······ねぇ。スノウらしいというか、何とも難しい質問ね」
僕の話を聞き終わると、シィは腕を組んで困ったような表情を浮かべる。彼女もその質問がどういった意図なのかは分からなかった見たいだ。
「僕はまだ答えを出せていない。だからスノウの前に出る訳にはいかないんだ」
「そう。分かったわ」
「それに、姫様の様子を見るようにってティアさんからも頼まれているから」
僕はポケットの中に入れていたティアさんの部屋の鍵をシィに見せる。
「ええ、スノウには私から適当に誤魔化しておくから、あなたは自分の答えを考えていればいいわ」
「うん、ありがとう」
感謝の言葉を述べて、僕はその場から去ろうとする。
「ミル」
その時、背後からシィの声が聞こえた。
「私は、無理に変わろうとする必要は無いと思うわよ。あなたは今のままで十分だから」
それだけ僕に伝えるとシィも病院に向かって歩き出した。
立ち止まり僕は考える。今のままで······か。
✱✱✱✱✱✱✱✱
「えっと、多分この袋でいいんだよね」
城に着いた僕は、部屋の鍵を使って城の中にあるティアさんの部屋に足を踏み入れていた。
机の引き出しを開け、その中にある袋のうち、『治療用』と書かれた類を中心に取り出す。
ティアさんの魔法の性質上、恐らく植物に関するものだと考え、袋の中身を掌の上に出してみる。思った通り袋の中身は植物の種であった。
用法がよく分からないので、机の上に置いてあるティアさん自作の植物についてまとめられてある本を開き、どうやって使うかを確認する。
本によると、魔力を込めることで発芽しそれと同時に傷を癒すというもののようだ。魔力を使って触れれば良いのでティアさん以外の人でも使えるものなのか。
とりあえずその袋をズボンのポケットに入れ、この場での目的を達成する。
「それにしても⋯⋯」
僕はティアさんの部屋を見渡す。
壁にはロープでたくさんの服が吊るされており、その中には下着もあった。作戦に出る前は暫くここに戻れないと分かっていなかったからとはいえ、出来れば乾いた衣服はすぐにクローゼットにしまう習慣をつけておいて欲しかった······。
出来るだけ吊るされている女性服を視界に入れないようにしながら僕はティアさんの部屋を出てドアの鍵を閉める。
これで一つ目の目的は達成した。次は姫様だ。
僕は姫様の部屋の前に立つと、そのドアをノックする。
「姫様、ミルです。今、お時間宜しいですか?」
「ミルさん? 分かりました。入って構いませんよ」
許可を得てから、僕はドアを開けて姫様の部屋に入る。
「お好きなところにかけて下さい」
僕はドアに一番近い位置にあった椅子に腰掛けた。
それと同時に姫様はテーブルの上にあるティーポットから紅茶をカップに注ぎ、僕の前に差し出した。
「それで、今日は何の御用ですか?」
「それは······」
ここで素直にティアさんに頼まれたからとは答えにくい。しかし、姫様に対して嘘をつくのも後ろめたいしなぁ······
「姫様を励ましに来たんです」
僕はティアさんではなく、自分の言葉で姫様と話すことにした。
「私を励ます······ですか?」
「はい。姫様がティアさんやラウンさんが傷ついてしまった事を悲しんでいるのは僕にも分かります。でも、今はそれじゃダメなんです」
僕は姫様に言い聞かせるように話し続ける。
「ティアさんも、ラウンさんも、そしてスノウも傷つきながらも戦い続けました。その結果、僕やシィ、姫様は今無事でいます」
姫様はただ一点、瞳を動かすこともなく、ただ僕の目だけを見てその話を聞いてくれている。
「次の戦い、僕は姫様を護るために全力で戦います。ティアさんやラウンさんの意思を継いで。だから姫様も今は前を向いていてくれませんか?」
「私が前を向く事に何か意味があるのでしょうか······?」
僕から目をそらし、俯いて姫様は考え込む。
そんな姫様を見て僕は話を続ける。
「だって当然のことですよ。護る人が、俯いて悩んでばかりの人よりも、前を向いて頑張っている人を助けたいと思うことは」
笑顔で僕は姫様に語った。
その言葉を聞いて、姫様は俯き、床を眺め続けたまま少しの間考えていた。
やがて何か思いついたように顔を上げると脈絡なく僕に告げる。
「少し、街に出ませんか?」
✱✱✱✱✱✱✱✱
前と同じように、帽子を深くかぶって街の人たちに正体がバレないように振る舞いながら姫様は僕を連れて街へ出た。
今僕らが歩いているのは、先刻、姫様がティアさんに攫われてしまった通りだ。相変わらずこの通りの家々には活気がない。というか、やはりほとんどが廃屋なのだろうか。
前も姫様は何か見せたいものがあるような口ぶりで僕をこの通りに連れてきていた。今日、姫様が僕をここに連れてきたのも前と同じ理由によるものなのかな。
「ミルさん、見て下さい」
立ち止まった姫様が振り返り、僕に呼びかける。姫様の指先が示していたのは、ある廃屋の跡地に広がっている小さな花畑だった。
「この花畑は······?」
明らかにこれは自然に出来たものではなかった。廃屋の跡地にこんな色とりどりの花が生えてくるわけがない。となると、人工的に作られたもののようだけど······。
「これは五年前から私とティアさんで育て続けている花畑です」
「五年前から······?」
「はい。五年前、新たな使用人として私とティアさん、そしてラウンさんは出会いました。お二人が、確か今のミルさんと同じくらいの年齢の時でした」
姫様、遠回しにティアさんのラウンさんの年齢がバレてしまっています。
そんなことを思ってもしまったが、今は関係無いことなので黙っておく。
「お二人との生活に慣れてきたある日、ティアさんが私を内緒で街まで連れて行ってくれたんです」
昔からティアさんは割と行動的だったんだなぁ。
「街の様々な場所を見てから、私達はこの通りに足を運びました。街の中心と違って全く活気のない、廃屋ばかりの土地。そんな土地のある場所に、ティアさんは自分の持っていた花の種を蒔きました」
「それが、この場所なんですね」
「ええ。花を蒔いてからティアさん、そして時間がある時に私も協力して水を撒き、やがてここに小さな花畑が生まれました」
でも、この花たちも植物であることに変わりはないはずだ。五年前ということは······。
「もちろん、冬が来てここの花たちは枯れてしまいました」
姫様は悲しそうな表情をしてその事実を告げた。しかしその次の瞬間、再びその表情に明るさが宿る。
「でも、また春が来て新たな花が咲いたんです。前の花たちが遺した種子から」
姫様がしゃがみこんで花を撫でた。僕のその隣に座り、姫様とともに小さな花畑を眺める。
「その時にティアさんは言ったんです。『人間もこの花と一緒だ』って。この花と同じように落ち込んで元気を無くしてしまうこともある。でも、いずれ立ち直って、また元気に花を咲かせるのだと」
姫様は立ち上がると、そばにあったジョウロが置かれている水道に近づいた。そして蛇口を捻ってジョウロに水を注ぐと、その水を花畑に撒き始める。
やがて花畑全体に水が行き渡ると姫様はジョウロを元の位置に戻して、僕の隣に戻る。
「ティアさんが言った通り、五年間、この花たちは枯れては花を咲かせ続けてきました。だから、私もいつまでも落ち込んでいてはダメなんですよね。そう言ってくれたティアさんのためにも」
姫様は夕日に照らされた体を僕に向けると、その目でしっかりと僕の目を見た。
「私も頑張ります。頑張ってこの作戦を成し遂げましょう」
その言葉を聞き、ようやく僕も安心する。
姫様が立ち直ってくれた。その事はスノウの言葉を受けて落ち込む僕も立ち直らなくてはならないということを暗に示してくれた。
姫様を励ましていると思ったら、逆に励まされてしまった。
だけど、それでも構わない。僕は立ち直ると同時に僕自身を励ましてくれた姫様に感謝したかった。
「はい。僕もその言葉に励まされました。だから一緒に頑ば──」
『頑張りましょう!』そう言いたかったのに、途中で僕の言葉は止められてしまう。
僕の頭には僕でも姫様でもない人物の声が響いていた。
『ねぇ、お兄。この花壇綺麗でしょ? これで少しは庭が華やかになったよね』
その言葉とともに脳裏に浮かんだのは先程の姫様と同じように花の手入れをする少女。
この子は······
「『見春』······」
その少女は紛れもなく僕の妹、『秋風 見春』だった。
「ミルさん、どうかしましたか?」
姫様が不思議そうに僕の顔を覗き込んだ。
「いえ、その······妹のことを思い出したんです」
「ミルさん、妹さんがいたんですか!」
そう言えば、この事を誰かに話すのは初めてだったかな。
「はい。僕が死ぬ三年前に親が事故で頃に亡くなって、それから僕らは二人で暮らしてました」
「そうだったんですか。······でも待って下さい。ミルさんは亡くなってからこの世界にいらっしゃったんですよね。ということは妹さんは今はお一人で······?」
姫様が僕の妹のことを気にかけて、心配そうな声を出した。
「いえ、僕が死ぬ半年前に妹も亡くなったので、今は元の僕の家には誰もいませんよ」
「そうですか。······あ、その、すみません。嫌な事を思い出させてしまって」
一瞬は安心した様な表情を浮かべるも、すぐにそれが不謹慎な事であると気づいたのか姫様は僕に謝った。
「いえいえ、気にしないで下さい。それよりもそろそろ帰った方がいいんじゃないですか? 城の人たちが心配しますよ」
「そうですね。水もあげましたし、そろそろ戻りましょうか」
姫様は城の方向を向き、そちらへ歩き始めた。
僕も姫様の後に続いて帰ろうとする。
──でも気づいてしまったのだ。気づかない方が良かったことに。
「ミルさん?」
歩き出さない僕を見て姫様が首を傾げた。
しかし、姫様の声は今の僕にはほとんど届いてはいなかった。
さっき立ち直ろうと決めたばかりなのに、どうしてこんな事に気づいてしまったのだろう。余計に自分が分からなくなってしまった。
まるでそこだけ穴になってしまったかのように記憶からすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。
『何故、僕の妹が死んだのか』。そんな忘れるわけない大切な事が、僕の頭からは完全に消えてしまっていた。




