第一〇話 女子会&男子会
王都アルフォードに来て、なんだかんだで三日が過ぎた。
これは、その午前中のことである。
◇
エインルード家の別宅。その食堂に、四人の人物が集合していた。
サーシャ・セレナイト。
レイラ・セレナイト。
リース。
そして、ラカ・ルカ・ムレイ。
この少女たちである。
一人を除いて、彼女たちは席に座っていた。
その除かれた一人であるレイラは、上座でバンバン! とテーブルを叩いて、皆の注目を集めた。
「ではこれより、ケーキ作りを始めます! みなさん、キッチンに移動しましょう!」
待ってましたー、とサーシャ。
小さく拍手をするリース。
面倒臭そうなラカ。
三人を引き連れて、レイラは食堂の奥、キッチンへと向かう。
食堂にはチャングが、彼女たちを待っていた。
チャングは彼女たちの監督役である。
彼が監督することで、彼女たちはこのキッチンで料理することを許されたのだ。
器具の位置を教えるくらいで、基本的に手伝いはしないことになっている。
サーシャとリースは、まず機材や食材の位置を確認し始めた。
発端であるはずのレイラは、何をしていいかわかっていない。ラカと一緒に手持無沙汰になっていたところ、二人はサーシャの指示で、フルーツのカットを担当することになった。
ラカは思う。どーしてこうなった?
ラカは包丁の扱いに苦戦しながら、この三日間のことを思い出していた――――。
フリージスに買われたラカは、エインルード家の別宅である屋敷に連れて来られた。
エインルード。その地、その家は、不思議と存在感があって、有名だ。
エインルードは謎に包まれた、貴族らしくない貴族だ。
まず、地位に拘らない。強力な地属性魔術師を排出するのに、どこにも士官しない。
普通ならどこかに目を付けられるところだが、そんなこともない。まるで関わるのを避けているかのように。
そのエインルードは、昔から奴隷を買っては、自領の町で暮らさせている。
奴隷という地位からの解放、というおまけつきだ。
奴隷に優しいエインルード。
その地は、人々からこう呼ばれている。
――奴隷の街。
で、そんなところに、ラカも連れて行ってくれるらしい。
もう少し早く来てくれればよかったのに、というのは贅沢な愚痴か。だが、それでも思ってしまう。
もっと早ければ、オーデと一緒にいられたのに――、と。
最初の食事を口に運ぶのは、かなり遠慮した。エインルードではなく、オーデに対してだ。
それでも、奴隷では決して口にできぬような、豪華な食事。食欲を抑えることができず、一口。涙が出た。嬉しいと思うことが、オーデに申し訳なかった。
みんな歓迎してくれた。だが、ここにオーデはいない。
その日は疲れて、すぐに寝てしまった。
翌日、リースというメイドから、事情の説明を受けた。
サーシャという少女をエインルードに迎えるため、彼らは旅をしているらしい。
ラカが買われたのは、《無霊の民》が即戦力になるからだそうだ。
旅をする仲間に二人、異能を扱う者がいる、と事前に教えられた。
まず一人は、『操魔』を扱うサーシャだ。
もう一人については、ほとんど何も言われなかった。負傷して、寝込んでいると聞いた。
彼らが王都に来たのは昨日らしい。
たった一日で大怪我する、名も知らぬ人物には、ラカも呆れてしまった。
説明のあと、ラカはリハビリを始めた。奴隷期間が長く、体が弱っていたのだ。
で、その日の夕食時、ついに残った一人と出会った。
白髪混じりの黒髪と、黒い瞳。中性的で整った顔立ちを、ピエロのようなおふざけ顔にした少年。
彼と眼があって、その正体に気付く。
――ミコト・クロミヤ。
そう名乗った、ムカつく野郎だった。
今でも思い出すとイライラしてくる。
扱えない包丁にイライラする。
意味不明の現状にイライラする。
イライラする。イライラする。イライラする。イライラする。
「あ、ラカ。その持ち方は危ないよ」
「あぁ?」
ギリギリギリ、と歯ぎしりしていたラカの横から声をかけてきたのは、サーシャだった。
苛立っていたこともあって、荒れた返事になった。
だがサーシャは気にすることなく、「ちょっと貸して」とラカの包丁を取った。
「こうして、こう持って、こう。ほら、やってみて」
「ぉあ、……ああ」
無暗に当たり散らすのは三下がすること。
ラカは素直にサーシャのアドバイスを受け入れて、実践してみる。すると、前より切りやすくなっていた。
素直に感嘆するのは、プライドが許さない。ラカはそっぽを向いた。
そのそっぽ向いた方向に、ラカ以上に悪戦苦闘しているレイラがいた。
包丁の持ち方は正しいのに。
「あっち教えねーでいーのかよ?」
「……レイラは、……うん。致命的だから」
(おいケーキ作りの提案者。下手くそすぎて、妹から見放されてるぞ)
ラカはレイラを呆れ顔で見放した。
ケーキ作りはともかく、というかケーキなんざどうでもよくて。それよりも、ラカは知りたいことがあった。
「おい。あの野郎の異能とやらを教えろ」
「……ん、わたし? それと、あの野郎って……?」
「あの若白髪だ、若白髪」
「ミコトだね」
サーシャは言いにくそうに、しばらく悩んでいたが、
「わたしからは、ちょっと……」
「ンだよそれ? 気にいらねーが、あいつとは一緒に行動することになるんだろ? 知ってたほうがいーだろーが」
正論のはずだ。サーシャもそれがわかっている。それなのに、彼女は苦しそうな顔をする。
「だったら、自分から本人に訊くべきじゃないかな?」
「……チッ」
言い返しようのない反論だった。正論を通そうとした自分がまさか、ムカつくから関わりたくない、なんて言えるはずがない。
ラカは舌打ち。溜め息を吐いて、諦めた。
「あ。ミコトだけど、一つだけ言えることがあるよ」
急に意見を変えたサーシャは、興奮したように続けて、
「ミコトはね、異世界から来たんだよ!」
「……あー、そー」
ンな荒唐無稽な話、信じられるわけがねーだろーが。
ラカは包丁を振り下ろした。スパッ、とフルーツが切れた。
「なんでラカは、ミコトを嫌ってるの?」
「逆に、なんであの野郎を好きになれるんだ?」
サーシャの質問に、ラカは質問で返した。
この選択を、ラカは後悔することになる。サーシャがミコトについて、ぺらぺらと話し始めたからだ。
「――ってことがあってね。それでそのときにねぇ」
自覚があるのかないのか、その様子はまるで、恋する乙女。
そばで聞いていたレイラと、直接聞かせられるラカの機嫌が、徐々に悪くなる。
「わーった。わかった、もういーから、黙れ」
サーシャを黙らせて、ラカはケーキ作りに集中する。
もうあいつについて、こいつに訊くのはやめよう。そう思いながら。
そんな感じで、ケーキは完成に向けて近付いていく――――。
◇
ところ変わって、ミコトに貸し与えられた部屋でのこと。
「長かった……」
感涙の涙を流しながら、ミコトはストレッチを始めた。
彼は王都初日で大怪我をして、サーシャからしばらくの安静を言い渡されたのだ。
それというもの、ミコトは排泄と食事、魔術訓練を繰り返すだけの機械を徹していた。
ミコトは生来、活発的な人間だ。インドア・アウトドア関係なく、長時間行動していないとイライラしてしまう。
ミコトにとっては、心身ともに苦痛の日々だったのだ。
だが、それももう、今日で終わりだ。
この日この時、ミコト・クロミヤは解き放たれる――――っ!
「ってのに、なんでここに集まってんの? お前ら」
本当は王都の街に出かけ、いろんなものを見て回りたかったのだが。
事前調査はベッドの上で完了済み。今日は飛行船の見学や、図書館で知識調達、食べ歩き、その他諸々……。
その予定に繰り出すために通らねばならないドアを開けて、二人の人物が入室してきた。
ずかずかと入室してくる、グラン・ガーネット。さっそく椅子に腰掛けた、フリージス・G・エインルード。
予定とかは横に置いておいて、なんで二人がこの部屋に? というのが、ミコトの心境だ。
「それがさ。僕らは食堂で、今後の旅の護衛体制について、話し合いしていたんだが……」
「だが?」
ミコトの相槌に促され、フリージスが心底不思議そうに、
「追い出された」
「……誰に?」
「女性の皆様方に」
「……えっと、具体的には?」
「サーシャくんとレイラくんに、ラカくん。それと……なぜかリースの、四人」
「……なんで?」
「さあ?」
肩を竦めるフリージスを見て、意味わからんわ、とミコトは呆れ顔だ。
その横で、グランが溜め息をこぼした。
「……まあ、大方予想は付くが。……お前たち、わからないのか」
「まったく」「わからん」
ミコトとフリージスの声が重なり、グランが難しそうな顰め面になる。
「なぜこういう方面で、お前たちは頭が回らないんだ……。これが経験の差か」
「グランの経験。つまり戦闘に関することだと、僕は推察した」
「いや、それはたぶん違う」
フリージスの回答に、ミコトは同意しかねた。
ラカはおそらく好戦的だが、除く三人は基本的に非好戦的だ。いや、だからといって全員が全員平和的というわけではないが、わざわざ彼女たちが争いを話題にするとは考えにくい。
「おそらく――女子会って奴だ」
「む? ミコトくん、知っているのかい?」
「ああ、悠真が言ってたんだ。女子は夜な夜な集まって、男子どもをランク付けしている……ってさ。たぶん今回は、ラカの参加記念みたいなモンだ」
「今は夜な夜なという時間帯ではないが……ふむ。なるほど、女子会か」
だよな? とグランを見てみたが、もはやグランはミコトたちの会話を聞いていなかった。
窓のそばに立って、外を眺めている。と、そのとき、飛行船が空に昇っていく姿が見えた。
飛行船は大変貴重で、大国のアルフェリア王国であっても、五船しか保有していない。費用もかかる。そのため飛行船の発着が見られるのは、月に一、二回しかない。
見逃したな、とミコトは少し残念に思った。
で。
それはミコトが密かに落胆していた、そのときのこと。
油断という隙を縫うように、その言葉は、するりと耳を貫く。
「――好きな者はいるか?」
グランの問いを聞いたとき、ミコトは最初、まったく意味がわからなかった。
それはフリージスも同じだったらしい。二人そろって「は?」と間抜けな声を上げてしまう。
「いないのなら、好みでいい。好きな性格、人格は? 容姿は? 性的興奮を覚える対象は?」
「それは、恋愛的な意味で?」
「ああ」
ミコトの思考が冷えていく感覚。
恋愛。それはミコトのトラウマを掘り返す。
トラウマを軽く抉られてテンションが下がったミコト。
だが次に続くグランの言葉は、完全に思考を凍結させた。
「――俺は獣耳が好きだ」
凍結。それは停止と冷却、その両者を兼ね備えた表現であり、上位互換とも言えるもの。それはgoodとwellが比較級のbetter、最上級のbestにまとめられる、そんなものに似ていることはないのかもしれないがよくわからない。
フリージスは軽く受け流すが、ミコトは違う。
ハッキリと性的嗜好を晒す行為に、戦慄と不気味さを感じ、極寒に陥ったかのような錯覚がした。
しかし、それだけで終わらない。
グランは続けて、
「獣耳だ。それも、垂れ気味なものは素晴らしい。ピクピクと動くのを見ると、守りたいという気持ちが強まる。金髪とブラウンの瞳をしていたら、なおいい」
……なにをいってるんだ、こいつ。
自身の趣向を真っ裸にするグランは、なんかもう、気持ち悪かった。しかも口調がガチなのだ。
もはやそこに、初対面のときの寡黙な威厳はない。
変わったな、と思うことはあった。でも、しかし、これは……。
いや、もういい。それについてはもう、考えるのをやめよう。やめた。
さようなら、二カ月前の記憶にいるグラン。ばいばい、第一印象。
「で、お前たちは?」
「え?」
急に振られた質問に、思考停止していたミコトは答えられない。
「じゃあ、僕から言おうかな」
「フリージスん!?」
まさか、お前もノるのか。この印象崩壊の流れに。
もしも下着好きなんて答えた日には……今後、どんな目で見ていいかわからない。
まあそんな危惧は、幸いなことになかったのだが。
「とはいえ、僕は性的興奮を覚えたことがないからね。リースの見解を言わせてもらうと――」
なんでここでリースが? と思った直後、
「――僕はメイド好きらしい」
「リースん何言ってんの!?」
そのときミコトの脳裏に、王都初日にフリージスが言った言葉が蘇った。
『リースは普通の使用人とは違っていてね。もともと使用人を使うべき立場で、メイドになったのは彼女の希望なのさ』
「だからか!? だからリース、メイドになったのか!」
フリージスの好みに合わせて、フリージスの役に立つ仕事に就く。
……なんだ、いつも通りのリースだった。
リースの安定感に慄いている間に、無常にもグランが告げた。
「残ったのはミコト、お前だけだ」
「……言わんとダメ?」
「駄目だ」
……さて、ここはどう答えるべきなのだろう。
というか、自分の好きな特徴とは、いったいなんだ?
別に拘りなんてものはない。というか、恋愛感情を抱いたこともない。
目前には、答えを急かしてくる巨漢がいる。
やめろ、近付くな。
これ以上の追究はごめんだ。ミコトは咄嗟に答えてしまった。
「――年下だよ、年下!」
「一四歳か、一四歳か、一四歳くらいか?」
「なんでそんな一四歳に拘んだよ! なんで俺を一四歳好きにしたいんだ!」
ミコトが反論していると、ハッ! とフリージスが目を見開いた。
「そうか、なるほど、これが《魔法使い》も掛かっていたという呪い――ロリコン!」
「ロリコンじゃねえ! ってか誰だよ《魔法使い》って!」
「よくぞ訊いてくれた。では、初の時属性と空属性を発明した偉大な魔術師、《魔法使い》について語ろう」
「お前、専門分野だと饒舌になるのな……」
そんな感じで、男三人のやり取りは続く。
これはいわゆる一種の、男子会というものなのだろうか……。どちらかというと、修学旅行みたいな……。
しばらくして謎の会話も終わった。それはミコトに、深い精神的疲労を残していた。
ともかく、今はフリージスに魔術を教わっていた。
「さて、そろそろ魔術も馴染んできた頃だと思う。そういうわけで、付けておいたほうがいい『癖』について説明しよう」
癖と言われ、悪い印象を抱いてしまうが、どうやら違うらしい。
「魔術を演算する精神のことを、スロットという。スロットの形は人それぞれ違う。だからこそ、属性の得手不得手が出るわけだ。さて、そのスロットだが、後天的に形を変えることができる」
たとえば、とフリージスは例を口に出す。
「特定の属性の魔術を使い続けること、これが鍵だ。一極型には一つの属性を極めることで至り、二極型は二つの属性、汎用型はいろんな属性を万遍なく、といった具合だ」
「三極、四極ってねえの?」
「三極にするメリットはほとんどない。いろんな分野に手を付けると、本命が疎かになるからね。それと、四極とは汎用型のことだ」
「あ、そっか。普通に使える属性って、自然属性の四つしかないのか。……んで、どれが有利とか、あるのか?」
「いざというとき、戦闘時に強いのは、一極か二極だね。自分の才能を突き詰めて鍛える一極は当然。才能の追求と補助、もしくは弱点の克服を両立できるのは、二極の強みだ。汎用型は研究職に多いかな」
自分は何を目指すべきか。
強くなりたいのだから、汎用型はありえない。
残るは一極か二極だ。
まず、得意属性から考える。
風と地は苦手。対し、火と水は得意。
「……となると、俺は火と水の二極、か」
「わかった。それじゃあ、戦闘で役に立つ魔術を教えよう」
望むところだが、その前に訊いておきたいことがある。
「ところで、フリージスって何型なんだ?」
「僕かい? 僕は特殊な経緯の汎用型になるかな。一つずつ極めていって、今は四つの属性を得意としているから」
才能のごり押しだった。
フリージスは体が弱くて持久戦ができないが、アルフェリア王国最強の魔術師と呼ばれるだけの実力を秘めるのだ。
そしてフリージスから、幾つかの魔術を教えてもらう。
フリージスの指導は、決して上手いと言えるものではなかった。才能に頼った曖昧な説明だったが、ミコトはなんとか食らい付く。
わからない単語はそのときに訊いて、一を教えてもらって十を理解する。
その姿は傍から見れば師弟関係にも見えた。
それから、しばらくの時間が流れた。
それは唐突だった。ノックもせず、いきなりドアが開かれる。
誰かと思って見れみれば、そこにはラカがいた。
……エプロンを着て。
「ぶ、ぁはっぁはは!」
「笑うなぶち殺すぞ」
思わず噴き出したミコトに対して、ラカがドスの効いた威嚇をする。
いやー悪い悪い、と言いながらも、ミコトの顔には笑みがあった。
ラカはサーシャとは比べ物にならないくらい、女の子らしくない野生児だった。
まず、レイラと同じく胸が小さい。いや、外見は置いておこう。今言いたいのは、中身についてだ。
一人称が『オレ』であり、かつ、とても口調が荒々しく、雰囲気も刺々しいのだ。
「はっはっは……。んで、何さどした?」
気が済むまで笑ってから、ラカに切り出した。
ラカは苛立ちが抑えられないのか、足踏みしながら、
「なんでこんな野郎がいーんだ……?」
「悪口っぽいが、精神衛生のためにも、褒め言葉として受け取っとく」
ラカは舌打ちしてから、「なんでオレが……」とぶつぶつ愚痴ってから、ミコトを含む客室の全員に告げた。
「食堂に来い」
それを聞いたミコトとフリージスは、顔を見合わせた。
「女子会は終わったようだね。いやはや、僕は女性陣から、どう評されたのやら……」
「総じて『胡散臭い』だと思うぞ。俺は……シスコンに扱き下ろされてそう」
「……早く行くぞ」
溜め息を一つこぼしたグランが、ミコトとフリージスを部屋から押し出した。
ラカを先頭に、彼らは食堂へ向かう。
◇
食堂で待ち受けていたモノ。
それは――――、
「……ケーキ?」
それは、ホールケーキだった。
ホワイトクリームが塗られ、荒く切り分けられたフルーツがトッピングされている。それ以外の装飾はなく、シンプルな見た目だ。
だが、見ただけで不思議と食欲がそそられる、『美味しそうな雰囲気』があった。
予想外なデザートの出現に、ミコトは目を丸くして驚いた。
いや、本当に女子会してるもんだと……。
「わたしたちで作ったんだよ」
自慢げに告げるサーシャから、ミコトは視線を横へスライド。
エプロンを着用しているのはサーシャ、レイラ、リース、ラカの四人。コックの服装を付け加えるなら、チャングもか。
「……サーシャ、リース、それとチャング。サンキュ」
「おいテメーこら、ンでオレらを無視しやがった。てゆーか、あのコックは別に何もしてねーぞ」
「あ、こいつ目を逸らしたわよ。ふざけんなコラ」
「……なんでお前ら、そんな意気投合してんの? 俺って『共通の敵』ってやつなのん? 敵の敵は味方みたいな破綻気味理論なの?」
頷く二人。
マジか……。もう少し自重しようかな。
悩んでいると、レイラが不服そうに、
「アタシだって、果物を切るくらいできるわよ」
「は……? お前、けっこう手こずってなかったか?」
「アァ?」
「……いや、なんでもねー」
どうしてこの同盟は、さっそく自滅に向けて走っているんだろう。
と、そんなことを話していると、
「さ、みんなで食べよ?」
サーシャが着席を促したので、それぞれ着席する。
上座から見て左側からフリージス、リース、グランの年長組。
右側はラカ、サーシャ、レイラ、ミコトの年少組だ。
この集まりは個人的なもので、旅の仲間だけを集めたらしい。チャングを含めた数人の使用人以外はいなかった。
全員の着席を確認して、サーシャが大きめの包丁を手に取った。
サーシャの匠な包丁捌きによって、ホールケーキは崩れることなく、八等分された。
サーシャ、レイラ、ミコト、グラン、フリージス、リース、ラカ。七人なのに八つにしたのは、単に切り難かったからだ。
全員に行き渡ったが、一つ余ってしまった。
「ええっと……食べる?」
サーシャに声を掛けられた使用人たちは、強く遠慮した。使用人としての立場があるのだろう。
だが一人だけ、手を挙げる者がいた。コック長のチャングだ。
「お嬢さんらの調理を見ていたら、どのような美味か……確認したくなってな。いいだろうか?」
「うん、もちろん!」
皿に盛られたケーキを崩さぬよう、チャングがグランの横に座った。ミコトの対面でもある。
「んじゃ、いただきますかね」
そしてミコトは、フォークで切り取ったケーキを、口に運んで……、
……。
…………。
……、…………。
この味は言語化しようがなく、言葉で飾ると陳腐になってしまいそう。
とりあえず言わせてもらうとすれば、
「――――美味しい」
その一言に尽きた。