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第二話 殺伐食事風景

「で?」


 朝食を食べている中、食堂から自分たち以外に人がいなくなったのを確認してから、レイラはそう切り出した。

 レイラの席の位置は、グランの真正面だ。その横にフードを目深に被ったサーシャと来て、次にミコトとなる。


「で? ってなんだよ。でべそ?」


 ミコトは痛む頭を抑えながら訊いた。女将の一撃は強烈だった。快活に笑いながらフランスパンを振る女将は非常に恐ろしかった。

 もう二度と、この宿では騒がないことを決めた。


「とぼけんじゃないわよ。……アンタ、何者?」


 その言葉には、殺気すらっ込められている気がした。サーシャが間にいなければ、きつい眼差しで睨まれていただろう。そのサーシャは、寝ながら料理を食べているのだが。

 一応サーシャの隣にいることを許されているので、ある程度は信用されているとは思うのだが。


「何者って言われても、いせかいじん、じゅうろくさい、としか、なぁ」


 訊きたいのはそれではないだろうとわかっていながら、あえて別のことを口に出す。

 助けを求めて、対面に座る年配組を見るが、フリージスは面白そうに、リースは無表情に、グランは寡黙に、動く様子はない。

 ため息をつきたい心境であった。


「……生き返った、理由よ」


 絞り出したように、レイラは言った。やはり、信じられないのだろう。人が生き返ったなど。ミコト自身も信じられない。

 それでも、『生き返った』以外に何があるというのだ。


「うん、さっぱりわっかんね」


 ミコトはわざと明るい声を出した。

 レイラが視線を鋭くさせるが、気にせず腕を組む。


「けど、二回死んで、ようやくわかった。――俺は死んでも、生き返ることができるらしい」


 息を飲む音が、ハッキリと耳に聞こえた。

 いくらか、周囲が静かになった気がした。


「ありえないわ! だって、そんなことできるわけがない!」


「だが、実際に彼は生き返ったよね」


 ようやくフリージスの助けが入った。

 声を荒げるレイラを鎮めるように、ゆっくりと説き伏せていく。


「君も見ていたはずだよ。あのとき確かに、ミコトくんは死んでいた。間違いなく、ね」


 自分でも言ったセリフだが、誰かに死んでいたと言われると、やはり気味が悪い。事実なのだから、なおさら不気味だった。

 レイラも冷静になったのか、口を噤んだ。


「けど、気になるのは事実だね。もしかしたら、異世界人というのも嘘の可能性もあるしさ」


 今度はフリージスの追求だ。

 ミコトは今度こそため息をついた。


「俺が異世界人っつーのはマジだよ。ほれ、ここに科学の結晶、携帯電話が……って、ねえよなそりゃ」


 ポケットから携帯電話を取り出そうとしたが、服が変わっているのであるわけがない。

 そもそも、あの爆発で壊れている可能性もあるのだ。さすがに耐爆性は期待していない。


「君の服は、一応洗って僕の部屋に置いてあるよ。まあ、もうボロボロで着られないだろうけどさ」


「マジか……。あー、その服の中にさ、こう……四角い箱っぽいのはなかったか?」


「んー……ああ、あったね。リース、取ってきてくれないかな?」


「かしこまりました、フリージス様」


 慇懃に頭を下げるリース。

 他人を顎で使っているようで居心地が悪くなり、ミコトは制止した。


「いや、食い終わったあとで行くからいいよ」


「いえ、フリージス様のお言葉ですので」


 リースは無表情の中に、どこか誇らしげなものを混ぜて言った。

 本人が納得している、というか望んでいるのなら、気にすることではないか。


 ミコトは寄せていた眉根を元に戻してから、食事を口に運んだ。

 うん、薄い。パンもやはり固い。スープに浸けて食べよう。

 レイラはまだ納得できないようで、不機嫌そうにパンを食いちぎりながら、


「じゃあ、あの爆発は何?」


 レイラが言っているのは、ミコトがガルムの谷で起こしたものだろう。

 頭痛がして、聞こえてきた声のままに従っただけなのだが――なぜか、それを言うことは戸惑われた。


「んー、なんとなく。ガッツだよ」


「魔術には知識が必要不可欠。魔術の『ま』の字も知らないような奴が、あんな上級魔術を使えるわけがない」


「あれだろ? 火事場の馬鹿力みたいな? よくあるじゃん」


 おちゃらけたミコトの答えに、ついにレイラはテーブルを叩いた。


「そんなふざけた理由で――」


「レイラ様。今は食事中ですよ」


 食堂に戻って来たリースが、憤るレイラを制した。その手には、携帯電話が握られている。

 レイラはまだ納得できないようでミコトを睨みつけていたが、ふっと目を逸らすと食事に専念し始めた。赤い革手袋をはめた右手でスプーンを握って、スープを口に運ぶ。

 その表情が暗く見えて、ミコトが声をかけようか迷っていると、リースが携帯電話を手渡してきた。


「これで間違いありませんか?」


「あ、どもっす」


 手渡すと、リースは元の席に座り直した。

 ミコトは手に取って、携帯電話の表面を観察する。白黒の色彩は、血に濡れてボロボロになっていた。充電するところは歪んでおり、もう二度と充電できなそうだ。


 側面のボタンを押すと自動で開閉する仕組みになっているのだが、ボタンが取れてしまっている。

 仕方ないから手で開いて、画面を確認する。画面には罅が入り、ボタンもいくつか凹んで、押すことができない。


 完全にスクラップな見た目だ。中古の携帯電話のほうが、ずっと綺麗だろう。

 それでも、まだ希望は捨てない。


「――俺は生き返ったぞ。だからお前も生き返るのだ、ガラケーよ! さあ、再生せよ!」


 ミコトは生き返ったのだ。携帯電話だって、きっと生きている。

 叫び、電源ボタンを押し続ける。一秒、三秒、一〇秒……、


「ああ、やっぱり今回は駄目だったよ……。あ、再生って言葉なんかナイスだし、生き返りの名前にしよう」


 暗い気分を払うように名付けしたミコトは、携帯電話をテーブルに置いた。

 命名のノリは適当だ。『再生』――かっこいいじゃないか。


「再び生きる、ね。いいんじゃないかな。……それで、駄目だったのかい?」


「ああ、完全にイカれてるぜ、こりゃ。……データ、大丈夫かな」


 サーシャとレイラの間の抜けた顔とか、諸々消えていたりしないだろうか。

 無事だったところで修理しようもなく、二度と見れないだろうが。


「面倒なことに、異世界を証明する手段が消えてしまったわけだ。どしよっか」


「……いや、信じよう」


 フリージスは唐突に、言葉を変えた。ミコトはその意図がつかめない。


「なんでさ?」


「勘、だね。まあなんでもいいんだよ、正直。証拠がほしいのは本当だけどさ」


「ふーん。まあ、手間が省けるし、いっか」


 信じるというよりは、受け入れるという印象ではあったが。どちらにせよ、ありがたい話だし、ミコトは口を出さない。

 ミコトも勘頼りなところが多分とあるのだ。誰かの勘を否定することはできない。


 フリージスが興味深そうにテーブルに置かれた携帯電話を手に取った。


「この……けーたいでんわ? がらけぇ? というのは、何ができるんだい?」


「写真……精巧な絵を取ったり、『ノーフォン』みたいに離れた人と会話できたり、だな。あとゲームか」


 ゲームはあまりしていなかったが。ほかにもできることはあるが、だいたいこんなものだろう。ネットの話をするのは面倒だし。

 携帯電話をしげしげと眺めていたフリージスは、「見たことのない金属だ」だとか「どうやって加工を……」などと訊いてきたので、ミコトも答えていく。もっとも、ミコトにそういった知識はないので穴だらけの解説だが、フリージスは真剣に頷いている。

 しばらくしてついに訊くこともなくなったのか、携帯電話をミコトに返した。


「……結局」


 静かに食べていたグランが、フードから鋭い眼光を覗かせて、ようやく口を開いた。もう食い終わったらしく、テーブルの皿は空になっている。


「お前は敵か? 味方か? ただの巻き込まれた、第三者か?」


「心情的には味方のつもりだけど、状況的に見れば巻き込まれた……巻き込まれに行っただけな第三者ってとこ。敵ってことはねえよ」


「そうか」


 グランは一度、目を閉じた。

 次開いたときその眼には、澱んだ沼の底にある泥のような、どろりとした憎しみの赤い色が見えた。

 息を飲むミコトに、グランが尋ねる。


「――《浄火》の使徒を知っているか?」


「……いや、知らん」


「そうか」


 グラン短く言うと、音を立てず立ち上がった。追及してくる様子はない。眼に宿った憎しみは、消えていた。


「えらくあっさりだな」


「敵のために命を張る者などいないだろう?」


 その命を張った者というのは、サーシャを助けるために無謀な行いをしたミコトのことか。体が勝手に動いただけなので、あまり実感はないのだが。


「それに」


 ミコトは顔を顰めていると、眼下でパリンという皿の割れる音が聞こえた。

 見てみるといつの間にか、フォークがパンと皿を貫通させて、テーブルに突き刺さっていた。


「――殺そうと思えば、いつでも殺せる」


 ゾッと、冷や汗が噴き出た。これは、殺気だ。殺しを楽しんでいたラウスとは違う、絶対に殺すという意思だ。

 これは警告だ。妙な真似をすれば、そのフォークが今度はミコトの首に向かうという。


 生き返るとは言え、死ぬのは本当だ。またあんな苦しみは負いたくない。

 と、ミコトが恐怖したときだった。


「おいアンタ! よくもお皿を割ったね!? 弁償だよ!」


「…………」


 厨房から顔を出した女将が、目尻を吊り上げてこのテーブルに寄って来た。

 ミコトは恐怖を霧散して、微妙な気分でグランを覗いた。グランは無表情だが、額に汗が流れている……気がする。


 グランが外套のポケットから、この世界の貨幣と思われる銅貨を数枚取り出すと、黙って女将に渡した。女将はうんうんと頷くと、表情を快活なものに戻して厨房の奥に引っ込んでしまった。


「……え、っと。あの、グラン……さん?」


 グランは静かに席を立つと顔を背け、外套を翻して階段を上っていった。後ろ姿はどこぞのアニメキャラみたいに格好いいのに、なんとも言えない気持ちになる。


(し、締まらねえな……)


 なかなか個性が強そうな人たちだ。

 フリージスは常に愉快そうにしているし、リースは表情がわかりにくくて話しにくい。

 グランもなんか残念っぽいし、比較的普通そうなレイラは敵意のような感情をぶつけてくるばかり。


 唯一の癒しであるサーシャは、あの張り詰めた空気の中でも寝ながら食べていた猛者だ。豪胆なのか、鈍感なのか。ほぼ間違いなく後者であると思われる。

 ミコトは自分が変わっている自覚があるが、このメンバーも大概であると思った。


「ごちそうさま」


 ようやく食い終わり、ミコトはフリージスに目を向けた。フリージスは訝しげに首を傾げた。美青年あるためか、その雰囲気のためか、その仕草は様になっている。


 さて、ミコトが尋ねたいのは、お金についてだ。

 ミコトは異世界人だ。この世界の通貨など持っているはずがない。

 それについて、頼みごとがしたかった。


 庶民のミコトだが、ある程度人柄が知れた相手なら、たとえ大貴族であろうと話しかけるのは尻込みしない。それでもこの頼みは躊躇う。

 まあ、結局頼むしかないのだが。


「えっとさ、俺、金ねえから……頼んますぅ」


「ああ、なんだ。そういうことなら大丈夫だよ。料理代は宿泊費込みなんだ。それに君は恩人だから、遠慮なんてしなくてもいいさ。金ならあるしね。資金提供は存分にさせてもらうよ」


「あ、あざーっす!」


 なんて破格な待遇だろう。それはそれで悪い気もするが、嬉しさが勝った。

 異世界トリップして、ようやく環境が整う。


 ミコトは満面の笑みを浮かべて、テーブルに押し付けるように頭を下げた。

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