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プロローグ Dead Ended Day

 一章『異世会来』のあらすじ。

車に轢かれる。熊に半殺しにされる。爆死。


 二章『異世悔鬼』

なんか生き返ったミコト・クロミヤこと黒宮尊。ファルマの宿屋で目覚めた彼は、サーシャやレイラの仲間に出会う。

魔術を習い、常識を憶えていく中で、彼らの元にある吉報が届く。その内容は、サーシャを保護する、というものだった。ミコトたちはエインルードへと旅立つ。その道中、因縁の敵が現れる。

《虚心》の使徒。そして、《浄火》の使徒。彼らと出会ったとき、レイラとグランは――。

そして、《浄火》に目を付けられたミコトの運命は――。


さて、それでは本編開始である二章『異世悔鬼』、どうぞ。







 黒宮尊は目を覚ました。意識は最初から明澄だ。


 チラリと時計を見ると、六時前だった。予定通りの時刻で起きられたことになんの感慨も浮かべず、尊はむくりと起き上がる。背伸びをして、凝った体をほぐす。


 また、面倒な一日が始まった。

 自室は二階にあった。尊は嘆息して、部屋を出た。向かう先は一階だ。


 洗面台の前に立ち、歯磨きをする。鏡を見て、より若白髪が増えたことに憂鬱感を覚えつつ、口の中の水を吐き捨てた。


 台所に入って、まず最初にストーブの電源を入れた。ランプが点滅し始めたのを確認して、朝食の準備にかかる。

 朝食は簡単なものでいい。トースターに食パンを突っ込んでから、ドアの鍵を開けて外に出る。

 冬の冷えた空気に体を震わせながら、ポストに入った新聞と、配達された牛乳を取って帰った。


 台所に戻ると、ストーブは温かい空気を吐き出していた。トースターに入れた食パンも、いい焼け具合になっている。

 あまり食欲はなく味わうつもりもないので、ジャムは塗らない。

 大口を開けてかじる。食パンは大きく抉られた。口の中の物は、牛乳で流し込む。


 横目で新聞を眺る。別にこれといって、面白い記事はない。最近の政治状況など興味がそそられないが、習慣なので適当に読み流す。天気予報によると、今日は晴れらしい。

 今日はクリスマスだからか、テレビ欄には特別番組で埋まっていた。別に見たいものはないが、暇なら見てみようか。夜にはバイトも終わっている予定だ。

 思考しているうちに、いつの間にか食パンは食べきっていた。牛乳を一気に流し込んだ。


 食器を洗い場に持っていく。使った食器は少ないので、食洗器は使わない。水を流し、スポンジでゴシゴシと洗う。

 冬の水は冷たく、肌が焼け付くようだった。霜焼けや皸ができると困るな。あとで温めよう。

 洗った皿は水切りかごに入れておく。牛乳ビンは軽く洗ってから拭いて、配達用のかごに入れておいた。


 そのあと、尊は自室に戻った。

 ふと携帯を見ると、メールが二件入っていた。相手は幼馴染の伊月玲貴と、親友の空閑悠真。内容は『今日遊びに行かないか?』というもの。

 そういえば最近会っていないな、と寂しくなって呟いた。高校を中退したあと、なんだかんだで会わなかった、が。

 会いたいのはやまやま……いや、本当に会いたいのだろうか。ともかく、今日も予定がある。


 ため息をこぼして、メールを打つ。


『悪いけど、今日もバイト』


 簡単な一文だ。わざわざ絵文字を使う気分でも、そういう性分でもなかった。

 尊は少し逡巡してから、諦観を浮かべて送信した。


 パシャマを畳んで、ベッドの布団をベランダに干す。クリスマスだが、気にしない。

 自室を出て、家中の軽い掃除をする。一応毎日掃除をしているので、あまり埃は出なかった。

 これといって特徴のない、二階建ての一軒家だ。内装も凝ってはおらず、貧乏でも裕福でもない。掃除は楽だった。


 黒宮家は、ただの一般的な中流家庭だ。……だった、というべきか。


 尊には、父親がいない。約半年前、事故で死んでしまった。

 碌でもない父親だった。浮気して、母親を悲しませた。昔は尊敬していたが、今は嫌悪感しか湧かない。墓参りにさえ行きたくない。


 それでも、たった一人の父親だ。当然悲しんだが、いつまでもそうしてばかりはいられない。

 いろいろな保険が効いてお金はあるが、働かなければいつか尽きる。だから尊は、高校をやめて職を見つけるまで、バイトすることに決めたのだ。

 高校をやめる必要はなかったが、なんだか今までと同じ生活を送ることが、煩わしくなってしまったのだ。


 母親は昔、パートで働いていた。昔、だ。

 父親が死んで、母親はすっかり落ち込んでしまった。食事のときでさえ、自室から出てくるのは稀だ。ほかはトイレと、尊が家にいないときにシャワーを浴びるぐらいか。


 現実から逃げている。母親から逃げている。その、自覚があった。自覚していて、向き合うことが怖くて、できなかった。

 尊は小さく自嘲した。この行為も何度目だろう。まるで毎日の日課だ。


 時刻は七時を少し過ぎたくらいか。バイトは九時からなので、まだ少し時間がある。

 自室に戻った尊は、パソコンの電源を入れた。そうして見るのは、無料の動画サイトやWeb小説サイトだ。クリスマスだからか、Web小説では番外編が投稿されたりしていた。


 高校をやめてから、尊は時間を見つけてはパソコンに没頭していた。ショートスリーパーな彼は、睡眠時間を削って活動できるのだ。

 こうして何かに集中するのは好きだった。現実から、逃避できるから。


 気付くと八時半になっていた。次にこの部屋に帰ってくるのは晩になるだろう。

 パソコンの電源を落とした尊は、バイト先の制服に着替えてジャンパーを羽織る。ポケットに携帯と財布を突っ込んで、自室を出た。


 台所の冷蔵庫に磁石で貼り付けてあった、学校のプリントを取り外し、裏返してテーブルに置く。


『食べるときは、鍋に入ってるものを温めて』


 それは母親への伝言だ。いちいち書くのが面倒で、同じ紙を使い回している。

 チラリと見たコンロには鍋が置いてあった。昨日の夕食の残りものだ。気分の落ち込んだ母親にも食べやすいように、水物にしてある。


 尊は忘れ物がないことを確認して、扉に鍵を閉めて家を出た。

 冬の空気は、やはり冷えている。冬は嫌いではないが、春や秋のほうが好きだ。


 黒宮家があるのは、東京の住宅街だ。背の高い建物はあまりないが、歩いて一五分もすれば駅に着く。その頃になれば、ビルも増える。

 尊は走って、駅前のコンビニへ向かった。動けば凍えずに済む。


 途中、一軒の家を見て、足を緩めた。表札には『伊月』と書かれている。幼馴染――伊月玲貴の自宅だ。

 玄関前を覗いてみると、玲貴の父親である伊月宗四郎がいた。複雑そうな顔で挨拶する彼に、こちらも頭を下げる。

 宗四郎は会話したそうにしていた。それをわかっていて、尊は足早に立ち去った。


 コンビニに着いた。体は温まっていたが、手足の末端は冷たい。

 三四歳のバイトの先輩が、サンタコスチュームでレジに立っている。似合わなさすぎて唖然としたが、これを尊も着るのだと言われ、愕然とした。


 この先輩が、尊にオタク文化の面白さを伝えた人物であった。小太りで、鼻が詰まったような声で、大人数での会話では全く喋らない男だが、一対一で会話するときはなかなか面白い。

 それでも女性店員にセクハラ同然のセリフを、恥ずかしげもなく言う人格は理解できなかったが。


 とにもかくにも、バイトの時間がやってきた。渋々サンタコスを着て、レジに立つ。先輩にミニスカサンタコスをするように言ってきたが、断固として断った。男に何を勧めてんだ。

 尊がいくら線の細い体付きで中性的な顔立ちをしていると言っても、女性に間違われるほどではないのだ。だいたいバイト先で女装など、大問題すぎる。

 とりあえず尊は、先輩から距離を取った。


 まだ午前だからか、客足は少ない。レジ前に列ができるほどではない。

 尊のレジと、先輩のレジ。だいたい客が会計に来るのは尊のレジだ。尊の容姿がそこそこ整っているから、という理由だけではないだろう。

 ぼうっとしいている間にお昼休憩がきて、尊は先輩と趣味を語り合いながら昼食を取った。


 午後から、また仕事が始まる。さすがに客足が多くなってくると、先輩のレジに並ぶ人も出てくる。

 小銭が多い客にイライラしながらも営業スマイルを続けているうちに、もう五時前だ。もうすぐ交代というとき、見知った人物が会計に来た。


 ――伊月玲貴。


 彼女は二本の缶ジュースを尊に渡した。

 いつ終わるのかと、玲貴は訊いてきた。尊はため息をこぼして会計を済ませ、もうすぐ終わると答えた。

 そして、交代の時間になった。


 先輩が玲貴との関係を尋ねてきたが、簡潔に語ってすぐコンビニを出た。後ろで怨嗟の声が聞こえたが、黙して無視する。

 玲貴はコンビニ前で、手持ち無沙汰になっていた。尊は逡巡してから、明るい声をかけた。


 玲貴は缶ジュースを投げて渡した。無炭酸のオレンジジュースだ。尊が炭酸を飲めないのを知ってのことだろう。玲貴のは炭酸ジュースだった。

 話すことなく、二人は揃って歩き始めた。簡単なことなら何か言わずとも伝わる。それが尊と玲貴の、幼馴染という関係だった。


 尊はバイトのことを、愚痴混じりにおもしろおかしく語った。

 玲貴が明るく、近況を話し始めた。尊はオーバーに驚いたり喜んだり、ときにはふざけて返す。


 玲貴の話には、心なしか高校での話が多かったように思う。未練ゆえにそう感じただけだろうか。

 いや、玲貴にもそういう意図はあったらしい。


 急に立ち止まった玲貴は、尊に高校へ戻るように提案した。表情は悲痛に歪められており、言葉は懇願のようだった。事実、懇願なのだろう。

 尊はそれをわかっていて、わざと笑い飛ばした。玲貴の気持ちを、見て見ぬフリをして。


 不意に、玲貴の雰囲気が変わったのを感じた。同時に、嫌な予感を感じた。このまま喋らせるわけにはいかない、と。

 わかっていて、玲貴の真剣な表情に圧されて、止められない。


 玲貴は大きく息を吸って、大きく息を吐いて、深い深呼吸をした。

 そして、僅かに浮かべていた躊躇いを振り切って、覚悟を宿した瞳で、尊を射抜いた。


「――私は、貴方が好きです」


 一瞬、何を言われたのか、わからなかった。次いで、少しずつ理解していくに連れ、混乱が深まっていく。

 だって、意味がわからなかったから。


 玲貴は幼馴染だ。数少ない友達だ。かけがえのない、大切な人だ。

 だけどそれは、友達としてだ。違ったとしても、家族のようなものだ。それは、絶対だ。

 その玲貴が、自分のことが好きだと言ってくれている。こんな、愚かな自分を、好きだと言ってくれている。


 単純に嬉しいと感じた。けれど躊躇いがあった。葛藤があった。こんな自分が、この愛らしい少女を汚すわけにはいかないと。

 そもそも尊は、玲貴に恋愛感情を抱いたことは、誓って一度もない。浮気した父親を嫌悪する尊には、嘘でも頷くことはできない。

 だが、一言で断ることもできなかった。尊が玲貴に、恋愛感情はないと言って、悲しませたくなかった。


 なんと言えばいいのか、わからなかった。

 だから尊は、誤魔化してしまった。曖昧にしておこうと、このままの関係でいいではないかと、玲貴の気持ちから逃げてしまった。

 何を言っただろう。玲貴の尊に対する好意を、ただの勘違いだなんて言ったり。もっと相応しい奴がいる、なんて言ったり。


 尊がヘラヘラと笑っていると、乾いた音が響いた。目の前に、腕を振り抜いた体勢で、目尻に涙をためて睨んでくる玲貴の姿があった。

 頬を張られたのだ。記憶が確かなら、初めて玲貴に手を上げられたことになる。

 あとから、ジクジクとした痛みが追ってきた。だがそれ以上に、心が痛かった。


 振るならちゃんと振れ、と罵倒された。そして、頭が真っ白になった尊に背を向けて、走り出してしまった。

 手だけを伸ばした状態で、尊は硬直した。流れた涙を見て、足が杭を打たれたように動かなかった。かける言葉が、思い付かなかった。

 玲貴の姿が遠ざかっていく。伸ばした手は、届かない。


 それでも、呆然とした尊の視界にも、それが映った。

 俯いて走る玲貴が、車道へ飛び出した。そこに、自動車が突っ込んでくる。


 気付けば、体は動いていた。足を縫い付けていた杭は、いつの間にか消えてなくなっていた。

 迫る車に気付いて目を見開いて驚く玲貴に、必死に手を伸ばした。だが、届かない。あと一歩分が足りない。


 だから、尊は。

 一歩、踏み出して。


 右手で玲貴を掴んで、歩道へ放り投げた。尊も玲貴も、前に進む勢いがそのままだったので、尊はより力を込めた。玲貴の体は、歩道を転がった。

 当然、そんな体勢でそんなことをすれば、尊の体は前に出る。踏ん張ろうとしても無駄だ。


 車が、迫る。鉄塊が、迫る。――死が、迫る。

 けれど、体は動かなくて。


 そして、衝撃――――。

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