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五十二丁目 巡り会い

「……この町は男は禁制……おっとこれは失礼」



でっぷりと太ったいかにも、な男が野太い声で目の前に立つ二人を見下ろした。一人はひらひらしたエプロンドレスを、もう一人は白いシャツに黒いスカートをはいている。いずれも見たことないような服である。

男は一瞬奇妙に思ったがすぐに思い直し、にんまりといやらしく笑う。

女は多ければ多いほどいい。自分たちにも『おこぼれ』がまわってくるかもしれないからである。

詩人じみて絶対に好きにはなれないが、まったく、いい主をもったもんだ。


門番はいかがわしい妄想に捕われ、結局疑うことなく二人のために門を開いた。



「可愛いお嬢さん二人、ごあんなーい!」



ゴゴゴ、と重苦しい音と共に門が開く。二人は何食わぬ顔ですたすたと町の中に入っていった。



……



「可愛い……か…」



「……痛み入ります」



今や完全な女の子と化した三丁目。なんら疑われること無く町に侵入できたことに、むしろ頭を抱えていた。



「これからどうしましょうか、赤坂さん」



てくてくと良く整備された町並みを歩きながら三丁目が尋ねる。編み上げのブーツがちょっとばかり窮屈だが、スカートのすーすーする感覚にはなんとか慣れてみせた。しかしただ残念なことにこのブラウス、神海のためにあてがわれたらしく、少々胸がきつい。どうやら自分は女に産まれて来れば結構発育が良い方だったらしい。

それとも反対に、神海の発育が悪いだけかもしれないが……。



「そうですね……。いきなり乗り込んでも多勢に不勢ですし……」



赤坂さんが顎に指を当て、上目になって呟いた。赤坂さんの体術と例の歌声をもってすれば、一個師団壊滅することなど赤子の手を捻るより容易に思えるが……。それは赤坂さんのプライドと沽券に関わるので、あえて口には出さなかった。


「ようこそ、サウザンの町へ」



話や考え事に意識を集中させていたので気付かなかったが、門を抜け、町の入口まで来ると、快活……とは言い難いが女の子の高い声がした。



「え? ああどうも……。って! 天草!? 穂村さんッ!? なんでここにッ!?」



顔を上げてみれば、なんと、そこには妙に懐かしいクラスメートがいる。自他ともに認める変態女の天草華子。母とサバゲーで張り合ったくのいち(?)、穂村歩がいた。いずれもしっかり近衛高校のブレザーを着て、現在三丁目の目の前に悠然と立っている。


「む? 歩、この女性を知っているのか?」



「いえ…、知りませんが……」



天草と穂村さんが顔を見合わせて三丁目を見る。謀ってるようすは……無いみたいだ。



「そういやあの筋肉ダルマが世界にあっちもこっちもない、とか言ってたな……」



よく知らんが、あるものはある。自分の目で見たものは真実。という信条は俺の弁。

というか、こうでも考えなければ、正常な精神状態ではいられない。



「ま、いいや。じゃあな」



「なに? 我等の出番はこれだけか?」



「まあ脇役の中の脇役だからな、こんなもんだろ」



「ぬッ? 貴様、ほら、歩も何か言ってやれ!」



天草が穂村さんにふると、思いっきり穂村さんは動揺する。



「だ、大丈夫だよ。きっとまだ出番あるから…」


どうにも煮え切らない穂村さんであったが、天草は怒り心頭と言ったところか、ぎりぎりと歯ぎしりした。かと思えば、びッ!と三丁目を指差し、大口を開けて叫んだ。



「くっ…おのれ三丁目!覚えていろ! いつかレギュラーに返り咲いてやるからなァッ!」



と言い残し、なすがまま状態の穂村さんとともに走り去ってしまった。



「……返り咲く、って…。最初から咲いて無くねぇか?」



三丁目は腕を組み、しみじみと二人の後ろ姿を眺めていたのだが……。


……と待てよ…?



「俺、あいつらの前で名乗ったっけか……?」



「………たぶん私と三丁目さんが話していたのを聞いていたんじゃないですか…?」



…にしては嫌に旧知の仲と話してたような…


ま、考えても仕方無いか。なぜなら答えなど出ないだろうから。



「ラシャスの家ってどこにあるんだろうか…」


気を取り直して呟いてみたが、なるほど歩いて探す必要は無さそうだ。


「うわぁ……」


三丁目は思わず口を塞いだ。遠目にではあるが巨大な、しかし悪趣味な西洋風の館が見える。ひどいなこりゃ、と見てる方が気の毒になるくらいド派手な作りであった。西の山へと沈んでゆく夕日より、その館の方が輝いているように見える。二人がある意味で感心していると、今度は後ろから声をかけられた。


「道の真ん中で立ち止まっていては危ないですよ?」



その声は非難するでもなく、つとめて優しい声であった。三丁目は素直に謝って道を空けようとすると、背後には紅を基調とした上品な和服に身を包み、こちらに微笑みかける年上の女性が立っていた。

しかしどうしたことだろう。この女性、どこかで見たことが……、いや、そんなはず無い。こんな美女、少なくとも自分のまわりには……。三丁目がじろじろ見たり考え込んだりしていると、女性は耐えきれなくなったのか吹き出してしまう。



「ふふふ、私ですよ、私」


「と言われましても……」



三丁目は頭をポリポリとかいた。なんだろうか、見たことあ…るような……。

が、次の瞬間三丁目が聞いた女性の言葉は衝撃的なものだった。

その女性はにっこりと三丁目に微笑みかけ……



「私です。炎泪です」



「あー、だからなんともいえない既視感が……」



ぽん、と三丁目は手を打った。そしてそのゼロコンマ1秒後に叫…



「なにィ…むぐっ」



ぼうとしたが、三丁目が知るはずの『日本刀』でない『女性』の姿をした炎泪に、にっこりと口を塞がれてしまった。



「積もる話もあるでしょうし、ひとまず場所を変えましょう」



そう言うと、素知らぬそぶりでカラコロ下駄を鳴らし、心理的においてけぼりな三丁目と赤坂さんを連れて町の雑踏へと入っていった……




――――――


―――




「……それでは君達はこの世界とは別の世界から来たのかい……?」



驚きこそしてはいないものの、ラシャスは夕日の差し込む窓際に腕を組んで寄り掛かり、次いで考え込むように口に手を当てた。寝室は広く、オレンジ色に染まる幾何学的な模様の床が鮮やかであった。その中に佇むラシャスの姿はさながら、一枚の絵画のようである。



「正確にはあたしだけ、だけど」



盛り合わせのフルーツをひとつ掴み、シャクリ、と丸噛りする神海。正装しているというのに股を大きく開き、ベッドに肘をついてねっころがっている。正装以前に女性としてどうかと思われる。



「あの……それで結婚って…」



朝日香が小椅子に腰掛け、ラシャスにおどおどと尋ねると、ラシャスは悠然な態度を崩さぬまま朝日香に向き直った。



「杏奈の話を聞いて君達にもっと興味が湧いたんだ……。結婚……幾度と無く繰り返した儀礼がこんなにも待ち遠しくなるなんて……」



と、うっとりするラシャス。どうやら意識を翻す気は無いらしい。というか、結婚というものをだいぶ軽んじてる。それはもう、あたかも日常的に行われることのように。



「ねぇ」



「……なんだい?」



神海がベッドの上からラシャスに呼びかけた。



「あんた奥さんいるんじゃないの?」



するとラシャス。はじめて驚いた様子を見せた。しかしそれも一時のこと、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。



「いないよ…。でももうすぐできるさ……」



その言葉の続きは言わずともわかるが、神海はあえて言った。



「あたしたち、と……」


はっ、と吐き捨てるように笑い、そしてラシャスを睨み、こう付け加える。



「あんたさ、そんな女をとっかえひっかえして愛だのなんだの言ってんの? 聞きようであんたは全部女の方が悪いって言ってるようにしか聞こえないわ」



「……神海…さん…?」



朝日香が神海の剣幕に驚き、呼びかけた。怒りっぽいのは今にわかったことでは無いが、今日はいやに沸点が低い。しかし朝日香の疑問をよそに、神海の勢いは止まらない。


「あんたの身勝手でさらわれてきた女の人達の気持ち、考えたことある?」



つんつんと自分のこめかみを叩き、馬鹿にしたように、しかし真剣に静かな声で言葉を紡ぎ出す。神海の瞳にはもはや非難の色しか見られなかった。



「 一体なんのことかな? さらうって……」



ラシャスがまるで言っていることがわからない、といった風に肩をすくめると、神海はついになりふり構わず怒鳴った。



「しらばっくれないで!だいたいあんた……」



途中まで言いかけて神海の言葉は中断された。扉が開き、執事長のセドリックが入ってきたのである。



「……失礼しました。ノックをしても返事が無かったもので…」



セドリックは深々と頭を下げると続けた。



「夕食の準備が整いました。一階の大広間までお越しくださいませ」



そういえばもういい頃合である。神海も朝日香も、あんな朝だったから、何もまともなものを食べていなかった。フルーツのみでは腹一杯とは程遠い。



「話はあとで聞くよ……。お腹が減っていては戦争もできないからね……」



ラシャスは何事もなかったかのように立ち上がり、朝日香の手を取った。そして思い出したように

「でも……」と悩ましく自分の唇に指を当てて呟く。



「帝都のおろかな支配者たちはお腹を満たすために戦争するんだろうけど……」


その言葉にだけ、少なくとも神海と朝日香が聞いたラシャスのセリフの中では、最も嫌悪感が露わになった言葉のように聞こえた。それは至極当然なこと、自分の土地を喜んで侵略させる領主はどこにもいない。


しかし神海には同情の

「ど」の字も感じなかった。

ラシャスは、そんな神海の目線を悲しげな後ろ姿で受け止め、ひとり、胸に掛けたロケットに思いを馳せていた……。

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