第十五話「化けるもの」
空気が乾いてから、天狗の社の裏に、薪を井の字に組んで積み上げた。
その中に、人形達を並べる。
「おにんぎょお、もやしゅのか?」と、ミズチは少し残念そうに言う。
「器を失くさないと、魂が天に帰れないんだ」と、童は説明した。
ミズチは少し下を見てから、「おうちにいる」と言って、社の中に戻って行った。
長い間、手間をかけてきた人形が焼かれる所は、見たくなかったのだろう。
薪に火を燈し、器を焼いてしまうと、夫々の人形から、青白く光る物が分離してきた。
両手の指を組み合わせて、目の前で構えている童が、言霊を唱える。
青い光は彼の周りに集まり、その両手の中に集中した。
言霊が終わると同時に、童は両手を解く。
青白い光は、一粒の星のように、空を目がけて飛んで行った。
天狗の願いの一つは叶ったわけだが、もう一つはミズチの行き先である。
「私達が連れて行っても良いけど」と、娘は前置きした。「人間の子供にとって、楽な旅路ではないと思うんだ」
「お前達は、何処に行こうとしているんだ?」と、天狗は聞いて来た。
「京の都。そこに、私達の探している……『ある方』が、居るかもしれないんだ」
そう応えると、天狗は頷いた。
「その都で、ミズチの貰い手を探してはくれんか」
娘は、天狗の提案を受け入れた。
娘と童が旅支度を済ませると、ミズチも子供用の笠を被り、肩に小さな蓑をかけて現れた。
「じいちゃ。いってきま」と、述べる幼子は、帰ってくる気が満々のようだ。
「おお。行ってこい」と、天狗は言い、童子の頭を撫でた。それから、「これは、お守りだ」と言って、髪の長い市松人形を差し出す。
「やいれなかったのか?」と、ミズチは顔をほころばせた。
天狗は言う。
「一つだけな。お前が、一番気に入ってた奴だ」
ミズチは嬉しそうに、市松人形を抱きしめた。
山頂まで登りを進み、朝日の射す頃、木々の茂る頂上から、盆地を眺めた。
周りを木々に浸食されているが、確かに碁盤目状の大きな町がある。
そのあまりの広さと美しさに、娘と童は目を瞬いた。
「あれ、みやこ」と、ミズチは指をさして言う。
「うん。すごいね」
そう応えると、幼子は満足そうに笑んだ。
山を下る間、ミズチはよく見知っている道を歩くように、元気に唄など唄っていた。
「ひーとつひばりのとおこえに。ふーたつふなさきまどいくる。みーいつ、みどりごなきさげぶ。よーおつ、よすてのせんにんだ。いつーつ、いまからとおざかる。むーうつ、むかしのおなはしを」
「その唄は?」と、娘は聞く。
「じいちゃ。おしゅえてくれた」と言いながら、くるくるとその場で回る。下り道だと言うのに、足元はぶれない。
「ねえとにいは、おしゅえてくれるか?」
突然の問いかけに、娘と童は顔を見合わせた。
「教えるって、何を?」と、娘。
「なまえ」と、ミズチは言う。「わたし、みずち。ねえとにいのなまえ、なんだ?」
「私は、アカリ」
「俺は、セツヒ」
「どういうじ、かく?」
そう言って、幼子は道端に落ちていた枝を手に取る。
「みずち、こうかく」と、率先して、土の地面に「蛟」と書いた。
枝を渡された娘は、「朱理」と書き、次に枝を渡された童は、「雪緋」と書いた。
山道を下り終える頃、ミズチの顔が曇った。
「まだ、とおく、りゅくのか?」
「そうだよ」と、娘は応える。
「やだ。おうち、かえりぇなくなる」と、ミズチは首を横に振る。
娘は、一度童と視線を合わせ、幼子の説得を試みた。
「ミズチは、人の町に行くんだ。そこで、新しい家族を探すの」
幼子は俯いて、首を横に振る。
「じいちゃのとこ、かえる」
「もう、帰れないんだ」と、娘は説き伏せようとした。
「やだ。かえる!」と叫んで、ミズチは山を上ろうとした。しかし、途端に足が重くなる。
まるで鉛の重りでもつけられたように、足が動かない。
「やだ。やだぁ」と言って、ミズチは泣き出した。「おうち、かえる! じいちゃのとこ、かえる!」
無理矢理歩こうとしたが、足をもつれさせて転んだ。人形を庇った腕に、擦り傷が出来る。
傷の痛みと悔しさで、ミズチはその場で絶叫し、泣き伏した。
童は、泣き疲れて眠ってしまった幼子を背負い、娘は人形を預かって片手に抱えた。
「この人形、魂が宿ったままだ」と、娘は言う。
「燃やしてないからな」と、童は応じる。
「まぁ、良いお守りになるなら、それはそれで良いのか」と、娘は納得した。
都の中に入ると、大工と左官屋が荷車を押しており、鍛冶場らしい場所で、鉄を鍛える音がした。
大きな壁が見えると思ったら、広い社の一角だったりする。神社と仏閣が混在しており、開けっ放しの出入り口から覗くと、怒り顔をした大きな彫刻や、厳かな顔をした銅像などがあった。
「人間を崇拝してるのか」と、娘は思ったのだが、「あれは、唐から伝わってきた、神仏の像」と、童が説いた。
「なんで、神様が人間の形をしてるの?」
娘のその問いから、童の長い長い説明が始まった。
「元々、仏って言うのは、唐から伝わって来た、『仏陀』って言う、実在の人間の事なんだ。
その仏陀が唱えた教えが、経典や口伝で伝わって来て、仏陀の姿を、彫刻や銅像や巻物に記して崇めるようになった。
それ以前に存在した、この国の神や、唐よりもっと遠くの国の神も、人間に近い姿で記されて、崇められるようになった。
それから、京の都が廃れ始める前に、『神仏習合』って言う現象が起こって……」と言う風に。
ひとまずは、旅籠を探して一泊する事にした。
娘は、何処かに「奉行所」は無いかと、探し回った。以前、勘定奉行所に親切にしてもらった事を、覚えて居たのだ。
しかし、誰かに道を聞こうにも、娘の白い髪を見ると、誰もが目をむいて逃げて行ってしまう。
よく分からないけど、私の見た目っておかしいのかな?
そう思っても、生まれて持った姿に、疑問など芽生えるわけもなく。
声をかけては逃げられを続けているうちに、夕日も暮れてきた。
どうしたものかなぁと、歩を止めて考え込んでいると、人気のない辻の向こうから、光る何かが近づいてきた。
火の玉を纏っている、車輪のように見える。
何だありゃ、と思っていると、その車輪は段々と大きくなり、娘は危うく轢かれかけた。
身を翻して一撃を避けると、車は「面白そうに」、弧を描いて通りを曲がり、また娘に襲い掛かってきた。
次に避けた時、娘の目に金色の瞳が見えた。黒い瞳孔を大きく開いている、猫の目だ。
「猫の変化だ」と、娘は勘づいた。
この手の化け物は、一度絡まれるとしつこい。
宿まで連れて行くわけにも行かないし、どうしたものか。
思考を巡らせる間にも、また火の車はこちらに向かってくる。
迎え撃つしかないと意を決し、娘は小太刀を抜き放った。
旅籠で娘を待っていた童は、外が暗くなった事に気付いた。
幼子の方は、起きる気配はない。
夜が来たことだし、このまま眠らせておこう。
そう思って、一度部屋の外に出ようとすると、こそこそと何か囁いて居る声が聞こえてきた。
「今日来た、白い髪の子?」
「そうなの。白眉様じゃないのかって、話が上がってて」
「顔つきが違うから、別の子かも。弥一に聞きに行かせてる」
「髪の長い子もいたよ。女の子だった」
「じゃぁ、別の人なのかな」
「連絡が来たよ。白眉様じゃないって」
「ご本人達は、何処に?」
「お宮にいらっしゃる」
「それじゃぁ、やっぱり」
「しっ。明日、勘定をもらってから、お宮に突き出そう」
どうやら、ゆっくり泊まっては、居られないようだ。




