一つの昔話
俺には兄がいた。今でも尊敬してるよ。そんな兄貴には夢があった。医者。になることだったんだ。この上なく立派な夢だと思う。もちろん俺も応援してたさ。だが事件は突然だったんだ。
「それじゃ、行ってくる! アニキ、今日の受験頑張れよな!」
「おう、任せとけ。すぐにヒカルが自慢できるようなアニキになってやるからな。」
その日は受験が終わったら待ち合わせしてたんだ。もちろん俺の奢りだ。1日頑張ったアニキに労いって思ってな。
「それじゃ、お疲れ様!! かんぱ〜い!」
「かんぱ〜い。いやぁ疲れたね。覚悟はしてたけど、まさかこんなに疲れるとは。」
「それでもアニキはやり遂げたんだろ? 最高じゃんか!」
「あぁ、そうだ。俺はやり遂げた。やり遂げたんだよ!」
そう言うと、アニキはコーラを一気飲みした。俺はこれ以上コーラを美味そうに飲む人間を知らない。ずっとこんな日々が続くんだろうな。と、勝手に思っていた。
「よし、それじゃ帰って祈祷でも捧げるとするか」
「アニキなら受かってるって。大丈夫だよ。」
「そうだといいんだが。」
そんなこんなで帰り道を歩いてた。そしたら前から自転車がこっちに突っ込んできてな。アニキは轢かれたよ。俺を庇ったせいで。
「アニキ! 大丈夫か?」
「ん? あぁ、大丈夫だ。痛みはもうねぇよ。すぐ治るさ。」
アニキは指をやられてた。包帯がぐるぐる巻きになっていて、正直痛々しかった。
だが、その頃の俺は安心していたところもあった。入院できたってことは治してもらえるってことだ。そんな甘い考えをいつまでも持っていた。
だが、その日はついぞ訪れなかった。アニキの指は不自由になってしまった。
アニキが家に帰った時、家の壁には合格通知書が貼ってあった。当然だ。家族が医者になれるんだぞ。喜ばない方がおかしい。だが、アニキはその紙を力が入らない指でくしゃっとして、そのままゴミ箱に投げた。アニキは医者の夢を諦めた。俺のせいで。
「まぁ、こんなところだ。それがあったから諦めるやつを2度と見たくなかったんだ。分かってる。身勝手だよな。」
「いや、ヒカル。私は君のことを身勝手だなんて思わないさ。むしろ誇りに思う。」
こいつは俺の話を聞いていたのか。俺に誇れる要素なんて無いんだ。分かるだろ。俺のせいでアニキは生きる目的を失った。全部俺のせいなんだよ。
「分かってんのか? アニキが夢を諦めたのは俺のせいなんだよ! どこに誇れる要素があるってんだよ。一回言ってみろよ!」
「話を聞いてくれ。ヒカル。」
「全部俺のせいなんだよ。俺の…俺の!」
そう言った瞬間、頬に鋭い痛みが走った。前を向くと、ダストが体を震わせていた。
「一回話を聞いてくれ。ヒカル。確かに、私の言葉選びが悪かった。それは謝ろう。だが、一つ聞かせてくれ。ヒカルのお兄さんは君のことを恨んだか? 君のことを殺してやると考えたことがあったか?」
退院の次の日の朝、アニキは俺を出迎えに来てくれた。別に、体育祭だとか文化祭があったわけじゃない。ただ、いつも通りの学校だ。それなのに。
「行ってらっしゃい。怪我、するなよ。」
と心配してくれた。俺はそのアニキの顔が眩しすぎて、直視できなかったんだ。だが、今なら分かる。その顔は、きっと。いつもと変わらない笑顔だったんだ。
なぜだか急にダストを見る目のピントがぼやけてきた。それどころか、頬に温い水が伝ってくる。俺はそれを拭いて、ダストに言い放った。
「一つって……お前二個聞いてんじゃねぇか。
ありがとな。」
「いやいや、当然のことをしたまでだ。」
そう言い放ったダストの顔は、あの頃の笑顔に似ていた。
ヒカルの過去はどうでしたか?
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