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2話

ラスベガス。


眠らない街の中心で、さらに眠らない場所がある。


巨大カジノ。

その最奥――特設ホール。


無数のライトが天井から降り注ぎ、円形に配置されたテーブルを照らしていた。観客席は既に埋まり、ざわめきは波のように広がっている。


そして、その全てを切り裂くように――


「Ladies and gentlemen!!」


実況の声が、会場に響き渡った。


「世界最大のポーカートーナメント――WSOP!!今年も開幕です!!」


歓声が爆発する。


空気が震える。


その中心に、俺は立っていた。


「……来たな」


隣で宇佐美が低く呟く。


「ああ」


短く返す。


ここが、頂点への入口。


逃げ場なんて、最初からない。


「んじゃ――」


宇佐美が手を差し出す。


俺も無言でそれを叩いた。


パシン、と乾いた音。


「Good luck!!」


同時に言葉が重なる。


それだけで、十分だった。



カードが配られる。


一戦、一戦。


それは戦いであり、殺し合いだ。


チップの音が鳴るたびに、誰かの夢が消える。


「レイズ」


「コール」


「フォールド」


淡々と、だが確実に人数は減っていく。


俺は流れを掴んでいた。


手札が良い時は、最大限に取りに行く。

悪い時は、微塵も無駄にしない。


“勝つための選択”だけを積み重ねる。


それだけでいい。


「……オールイン」


相手の声が震える。


俺はカードを見て、わずかに笑った。


「コールだ」


ショーダウン。


相手はツーペア。


俺は――それを上回るスリーカード。


歓声が小さく上がる。


また一人、消えた。




視線を上げると、ふと、遠くのテーブルが目に入った。


妙に空気が違う。


人が寄りつかない。

いや、正確には――近づけない。


その中心に、見覚えのある男がいた。


黒いコートを羽織り、椅子に深く腰掛け、チップを指先で弄んでいる。


「オールイン」


軽い声。


だが、その一言で、テーブルの空気が凍る。


対面のプレイヤーは長考の末――フォールド。


男は、わずかに口元を歪めた。


笑っているのに、どこか歪んでいる。


楽しんでいるのに、不快だ。


まるで――


(……まさか、あいつ)


一瞬だけ、視線が交差した気がした。


だが、すぐに興味を失ったように、男はテーブルへと視線を戻す。


その間にも、周囲のチップは一方的に吸い込まれていく。


敵を蹴散らすように。


淡々と、だが確実に。




時間は過ぎる。


昼も夜も関係ない。


ただ、勝ち続けるだけだ。


「……っしゃ!」


別のテーブルで、宇佐美が小さく拳を握るのが見えた。


あいつも勝ち上がっている。


当たり前だ。

あいつ決しては弱くない。

むしろ、普通のプロよりは遥かに強い。


だが


「……くそっ」


その時は、突然来る。


リバー。


カードがめくられた瞬間、宇佐美の動きが止まった。


対面のプレイヤーがカードを開く。


それを見て、宇佐美は小さく笑った。


「……負けだな」


潔い声だった。


チップを押し出す。


終わりだ。


俺は遠くから、それを見ていた。




控室。


宇佐美は壁にもたれかかり、深く息を吐いた。


「はぁ……やっぱ甘くねぇな」


悔しさは、隠しきれていない。


だが、目は死んでいない。


「お前のプレイ、、、悪くなかったよ」


俺が言うと、宇佐美は苦笑した。


「慰めになってねぇっての」


少しの沈黙。


そして、宇佐美は顔を上げる。


「……でもまあ、ここからは任せたわ」


その言葉は、軽いようで重い。


「お前なら行けるだろ」


「当然だ」


即答だった。


宇佐美は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに笑った。


「お前のそういうとこ、、、正直嫌いじゃないぜ」


壁から体を離し、軽く拳を差し出してくる。


「優勝してこい」


俺はそれを、軽くぶつけた。


「ああ」


それだけでいい。


言葉なんて、いらない。




そして――


決勝戦の日。


会場は、これまでとは比べ物にならないほどの熱気に包まれていた。


残ったのは、わずかな人間。


その全員が、怪物だ。


俺は、その中の一人として他の誰よりも早くテーブルに着いていた。


静寂。


観客のざわめきも、まだ遠い。


目の前には、整えられたチップとカード。


ここまで来た。


あと一歩。


(……来いよ)


誰に向けた言葉か、自分でも分かっている。


5年前の、あの敗北。


それを超えるための舞台は、整った。


扉の向こうから、足音が近づいてくる。


一人、また一人。


そして


最後の席が、埋まろうとしていた。



テーブルには、すでに四人が揃っていた。


誰もが無言。

無駄な動きは一切ない。


チップの山。

整えられたカード。

そして張り詰めた空気。


ここにいる全員が理解している。


この場に立つ資格があるのは、選ばれた人間だけだと。


だが、残り一席。


そこだけが、ぽっかりと空いている。


(……来る)


分かっていた。


考えるまでもない。


この席に座る人間なんて、一人しかいない。


――コツ。


革靴の乾いた音が、遠くから響いた。


一定のリズムで、こちらに近づいてくる。


コツ、コツ、コツ。


その音に、自然と全員の視線が向いた。


誰も言葉を発しない。


ただ、見ている。


そして


現れた。


黒いコートに身を包み


どんな時でも変わらない、あの顔。


いつもニタニタとうすら笑っている様なあの嫌な顔。

頬の肉をわずかに吊り上げる様なあの、気味の悪い笑い方。


(……ああ)


忘れるはずがない。


忘れたくても、忘れられるはずがない。


今思い出しても、本当に虫酸が走る。


それは


ハインケルだった。


その背後には、スーツ姿の男が一人。

まるで影のように付き従っている。


藤森の視線が、ゆっくりとこちらへ向く。


そして――


目が合った。


その瞬間。


あいつは、笑った。


さらに深く。

さらに顔を歪ませて。


「久しぶりだねぇ、小林龍生」


粘つくような声。


5年前と、何一つ変わっていない。


「……よお、ハインケル」


短く返す。


余計な感情は、押し殺す。

だが、内側では確かに何かが燃えていた。


ハインケルはゆっくりと首を傾け、楽しそうに目を細める。


「先日の試合の時にまさかとは思ったが、、、フフフ、やはり君だったか」


くつくつと喉を鳴らす。


「また会えて嬉しい限りだよ」


「無駄口叩く暇あんなら、とっとと席に着け」


即座に返す。


ハインケルは両手をひらひらと振りながら、肩をすくめた。


「相変わらず手厳しいねぇ」


口元は笑っている。

だがその目は、明らかに楽しんでいた。


「まあ、それもまた良いだろう」


そう言って、背後の男に軽く指を立てる。


「おい君、チップを持って来い」


「ハッ」


短く、はっきりとした返答。


すぐに、大量のチップが運び込まれて

テーブルに、積まれていく。


一つ、二つ、三つ――


いや、そんな数え方じゃ追いつかない。


まるで山脈だ

他とは比べ物にならない圧倒的な量。


ここに来るまでに、どれだけのプレイヤーを踏み台にしてきたのか。


言葉にする必要すらない。


見れば分かるほどだ。


ハインケルはその山を一瞥し、満足げに頷いた。


「これでいい」


そして、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


視線が、再びこちらに向く。


笑っている。


ずっと。


ずっとだ。


(……やっぱり気に入らねぇ)


胸の奥で、何かが軋む。


だが――それでいい。


それでこそだ。


その時。


会場に、再び声が響いた。


「Ladies and gentlemen!!お待たせしました!!」


実況の声。


熱を帯び、空気を一気に引き上げる。


「ついに揃いました――今年のWSOP、ファイナルテーブル!!」


歓声が爆発する。


「世界中から集まった数千人の頂点に立った、たった五人のプレイヤー!!」


ライトが強くなる。


「そして今、このテーブルには――運だけでは辿り着けない、“本物”だけが座っている!!」


視線が集まる。


逃げ場はない。


「誰が勝ってもおかしくない!!だが、勝つのはただ一人!!」


一拍。


「チップ、プライド、そして“世界一”の称号を懸けた戦い――今、開幕です!!」


歓声。

熱狂。


そして――


静寂。


カードが配られる、その直前。


俺は、正面を見据えた。


そこには、あいつがいる。


5年前、俺を叩き潰した男。


そして――


今、俺が越えるべき壁。


(……やっとだ)


心の奥で、静かに呟く。


逃げない。


もう、逃げる理由はない。


このテーブルで。


全てを決める。


俺があの時、奪われたものを全て取り返し、奴の全てを奪い取るために、、、

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