第016話 愛し子の導き手?
「精霊神様の御力であれば元に戻すのは容易いでしょうが、望みは伝えられても叶えられるかは分かりません」
それが巫女ユアンナの答えだった。まあ神様相手だ。それも仕方がない事だろう。
「では伝えて下さい。――それと、何らかの賠償を頂きたいです」
なのにシャルロッテは踏み込んでいく。流石にエウレカとビアンカも顔が引きつっている。グランツは顔面蒼白だ。
「――それは、精霊神様に対して不敬ではないか?」
口を挟んだのは中央領領主のラピユール男爵だ。その言葉は不愉快さを隠しておらずグランツ達を更にピリつかせていく。
アイリスに起きた超常現象で神の力を間近に感じてしまい、神を怒らせる事に恐怖したのだ。
「精霊神様に対する敬意と国としての面子は別だと考えております。そちらの王族の方が関わっていると言われましたし」
神の気まぐれではなく王族が唆したのだろう? と言う主張だ。
そうであれば国と国の問題だ。国力に差はあれど主張すべき事はしなければならない。――だが。
(分かっていても我が国に対しては簡単に出来る事ではない)
ラピユール男爵は毅然として主張をするシャルロッテに対し、面白くはないが一定の評価をする事にした。
「精霊神様の御力でその姿になったと言うならそれは祝福だ。それに異を唱えるなど言語道断であろう」
だがそれとこれとは別。ラピユール男爵は精霊神の行いは全てにおいて肯定されるべきと言う考えだった。
「ラピユール男爵。私はレンリート王国側の言い分も間違ってはいないと思いますよ?」
「む、……巫女様であるユアンナ様がそう言うのであれば、――引きましょう」
「ですが、シャルロッテ様。ラピユール男爵の言葉はリアースレイ精霊王国においては一般的な考えでもあります。精霊神様の関わる行いに謝罪や賠償を求める事はあってはならないのです」
ラピユール男爵がシャルロッテに詰め寄るのを巫女ユアンナが止めたが、シャルロッテの言い分には同様に否定した。ユアンナの緑眼はこれ以上の反論は許さないと明確に語っていた。
(神の行いは否定出来ない、と言う事ね)
「……そうですか。その祝福でこの子が多大なショックを受けていたので何とかならないかと思っていたのですが」
その言葉にユアンナとラピユール男爵がピクリと反応する。
「せめて、この子に何らかの慰めが欲しかったですね」
「??」
そう言ってアイリスの頭を撫でるシャルロッテ。見上げるアイリスは精霊達の話しを聞いていたのでシャルロッテ達の会話は何も聞いていなかった。
「精霊神様の行いを非難したのではなく、精霊の愛し子の為の発言だったと言うのであれば聞き入れる余地はあるのでしょうか? ラピユール男爵」
「……そちらの求めに応じてではなく、我々が自主的に慮ってと言う事でなら良いかと」
ラピユール男爵にとってこの場で敬意を示す相手は巫女のユアンナと精霊の愛し子であるアイリスだけである。図らずもそのアイリスが傷付いたのであれば慰めるのも吝かではなかった。
「で? 何を望むのだ」
「情報を。私達が持っていない、これから此処で上手くやって行くのに必要な情報を頂きたいですわ」
「それが愛し子様の為になるのかね?」
「勿論です」
「ふん、……しかし無制限に何でも答える訳にはいかんぞ」
「では、いずれ聞きたい事が定まったらお聞かせ下さい」
「……分かった。答えられるかは分からんが、中央領領主として受けよう」
領主としてと言う事は代替わりをしてもその約束は継続されると言う事だ。巫女を交えての発言なので破られる事も無いだろう。シャルロッテは満足そうに微笑んだ。
「それより、其方は随分と魔力量が多い様だが魔力制御を見るに相当鍛練を積んだ様だな」
「ええ。幼い頃にリアースレイ精霊王国は魔力が物を言うと聞いたので鍛えて来ました」
「その魔力量は我が国において貴族に迫るモノだ。連合国内でもかなりの上澄みと言って良い。それは才能や只の鍛練だけで届く領域を超えている。――其方、どうやってその魔力量を手に入れた?」
ラピユール男爵がシャルロッテに迫るがシャルロッテは小首をかしげる。
「アデール王国時代に商工ギルドのダールトン様からこの宝石に魔力を出し入れする事で魔力を鍛えられると頂いたのですが?」
シャルロッテが取り出したのは5cm程の半透明の艷やかな白い石だ。
「「魔宝石」ではないか!?」
それを見てガタリと立ち上がるラピユール男爵。巫女のユアンナも目を見開いて両手で口を抑えている。
「商工ギルドが手に入れられる品ではないぞ! どう言う事だ!!」
何か貴族のおじさんが怒ってる? 巫女様も驚いてるみたいだしシャルロッテお姉様大丈夫かな?
『魔宝石か、かなり魔力容量の大きな石じゃの』
リリィ、何か知ってるの?
『いや知らんのじゃ。我等の知識は精霊神様に授けられた一般的な知識が主じゃからの』
『ネネェも分かんないなのー』
「魔宝石については話せん。――皆も忘れろ」
そう言ってラピユール男爵は巫女のユアンナ、シャルロッテとアイリスだけを残して部屋を出した。
何でか俺まで残されたんだけど?
『精霊王国じゃからの。精霊と対話が出来るお主を排せよとは言えんじゃろ』
くっ、余計な気づかい!
『キーちゃんも残ってるなのー』
キーちゃんは此処の精霊に纏わりつかれているけど意に介さず寝ている。精霊神社の聖素は心地良いらしいからね。
「アレは商工ギルドが手に入れられない物だ。詳しい経緯を話せ」
「ラピユール男爵。その様なお顔で尋ねてはまるで尋問の様ですわよ?」
「巫女様。――私は構いませんわ。疚しい所はありませんもの」
俺は構うんだよ? 何か場違い感があって不安でドキドキしちゃうよ。
「元々は20年前、フォシュレーグ王国の隣国アデール王国からの輸入品に精霊王国の品があった事からの話しになります」
そこで語られたのはリアースレイ精霊王国の技術力と侵略国家であるアデール王国が繋がりを持つ事に脅威を感じた事。そこで独自にアデール王国に潜入して商工ギルドと繋がりを持ち、リアースレイ精霊王国が魔力量を重視している事を聞き魔宝石を貰ったと言う事だった。
「やはり解せんな。商工ギルドからと言うのは、……調査が必要か」
「……もしかしたら、ですが。精霊神社の巫女様であるオリビア様の口添えを頂いていたのかも知れません」
「巫女様、が?」
片眉を上げ不可解そうにするラピユール男爵だが、シャルロッテは落ち着いた様子で受け答えをしていく。
「初めてアデール王国に潜入した時ですが、商工ギルドとの伝手を作る為に精霊神社の巫女様と面会出来ないかと考えたのです」
「ちょっと待て。逆ではないか? 巫女様と面会の場を持つ方が難しいであろう」
「はい。私もそう思っていました。当初は高価な品を持って商工ギルドへ行き、重役との商談の場を持とうとしたのですが、杓子定規な対応にそれを望めなかったのです」
「それに商工ギルドではアデール王国の者達も多く勤めていますから、誰を信用して良いか分からなかったのです。――でも、精霊神社の巫女様なら確実にリアースレイ精霊王国のお方でしょう?」
「ふむ、それで巫女様との面会の場を得ようとしたのか」
「はい」
「だが、そう簡単に会えるものか?」
「そうですね。私も初めは多額の寄付をすれば巫女様を紹介頂けるのではと考えたのですが、上手く行きませんでした」
「うむ、さもありなん」
権力者有力者にとって怪我や病を治す巫女程有り難いものはない。毎日の様に多額の寄付がされていて、巫女が一々対応していられなかったのだ。
「なので巫女様でしか対応出来ない大怪我をすれば良いと考えたのです」
シャルロッテの説明はとても血生臭いものだった。それはアイリスもドン引きする程である。
(自分の腹を切るって何!? 致命傷を負って巫女様に手当てさせるって何!?? この人怖っ!)
「自分の腹を裂いたのか……、いや待て、20年前と言ったな? お前はまだ子供だったのではないか?」
「はい。10歳の頃ですね」
「10歳っ! 10歳で自分の腹を切ったのか!?」
「え、ええ」
「お付きの者達はどうした。1人で行った訳ではなかろう?」
「騎士を冒険者に偽装させて連れていました。……そう言えば子供に自腹を切らせるなんてとオリビア様に怒られてましたね」
「「…………」」
何でもない様に語るシャルロッテに、ラピユール男爵とユアンナは絶句するしかなかった。
――ついでにアイリスも絶句しているが。
騎士を引き連れて敵国に潜入する判断力。自腹を切ってでも巫女に会おうとする決断力。とても10歳の子供が出来る事では無い。
「くくっ。それは、……巫女様の興味を引いたであろうな。だが、それで魔宝石を融通出来るモノなのか? ユアンナ様」
「今の魔力量を見ても、魔力的な潜在能力を感じたのは間違いないでしょう。事の経緯を知れば王家の方々が面白がるのではとも思います」
「そちらから魔宝石を融通される可能性はあるのか、……まあ結局、調べさせればハッキリするか」
ユアンナは王家から齎された物として確信した様で、それを見てラピユール男爵も納得の表情を浮かべた。
「――もしかすると、精霊の愛し子の導き手として、貴女も精霊神様に選ばれていたのかも知れませんね」
魔宝石についての話しを終えてグランツ達を招き入れる前、ユアンナはシャルロッテにそう話した。シャルロッテにはその『精霊の愛し子の導き手』と言う言葉がスッと胸の内に収まった。
別に心当たりがあると言う訳ではない。
アデール王国の脅威を取り除く為に奮闘して来たが、それは既に達成され近隣諸国との友好関係の構築も出来ている。
――ぶっちゃけ生きる目標を見失っていたのだ。
そして思う。アイリスをとことん引き上げてみせるのも面白そうだと。新たな目標を見据えてシャルロッテは瞳をギラリと輝かせ、……アイリスをより怯えさせた。
(何でお腹切った話しして笑顔なのこの人? 怖いんだけど??)
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