第005話 カチュアとお菓子と空の旅
馬車の中、ナージャの隣りでカチュアがナージャに抱き締められている。
カチュアと言うのはアリアの次の村で俺が買った奴隷少女だ。
その村もアリアの村と同じ様な状況で、アリアの事を知った村の人達がカチュアを奴隷として買ってくれと懇願して来たのだ。カチュアは未だ9歳、背は110cm茶髪茶目で長い髪をしていて、目鼻立ちはパッチリしている。
カチュアの場合は兄が結婚して家を継いでいた。他の兄姉達は1人立ちしていて村を出ていたけど家族仲は悪くない。
「どうか娘を宜しくお願いします」
「「「お願いします!」」」
それでも娘を売らなければ餓死者が多数出る様な状況で、カチュアの家族と村人全員に頭を下げられた。善意で大金払ったのに少女を家族と引き離して泣かれるとか心が痛い。――こっちも泣きたいわ。
『充分泣いとったのじゃ』ボソッ
「ほらほら、アイリスちゃんまで泣いちゃったら収集付かなくなっちゃうわよ?」
『ビアンカに慰められて、良く大人ぶってられるものじゃな』
仕方ないだろ? カチュアはナージャさんが、アリアはミリアーナが抱っこしてるのにビアンカお姉様だけ俺が拒否して1人にしたら可哀想じゃんか。
『――お主は本当に大したもんじゃな』皮肉
リリィが何か感心してるみたいだ。精霊と言うのは良く分からんな。けど今は付き合ってやれる精神状態じゃないんだよ?
因みにカチュアの方も500万イェン払った。どっちもお金の使い道は半分が税として使われ残りは村の保全と必要物質の購入に使われるそうだ。
「アリアちゃんカチュアちゃん可愛いです。良く似合ってますね。ねっアイリスちゃん?」
アリアはフリフリの白いワンピースに大きな黄色い前ボタンが並んでいる。カチュアも同じくフリフリの白いワンピースに赤いリボンがボタンの代わりに付いている。
女の子用の可愛い服を着てナージャさんに褒められて、アリアもカチュアも嬉しそうだ。やっぱり女の子だねえ。
「んっ、……可愛い」コクリ
ふう、口下手の俺でも頑張ればこのくらい言えるのだ。
『……せめてクッキーに伸ばした手を引っ込めて言わんか?』
「ナージャさん。もしかしてこの服もアイリスちゃんのですか?」
「勿論アイリスちゃん用の服ですよ? でもアイリスちゃんの許可は取ってるから大丈夫ですよ。ねっアイリスちゃん?」
「んっ」コクリ
何で女の子用の服が俺のなのかは考えない。
それよりナージャさんが2人にベタベタに構うからアリアの方はナージャさんと普通に話せる様になっている。流石ナージャさんだな。
カチュアはまだ家族と離れて落ち込んでいるけどナージャさんに任せれば大丈夫だろう。
「でもアイリスちゃん、男の子なんですよね?」
「そうですが2人共。アイリスちゃんに可愛い女の子の服、着せて見たくありませんか?」
「「っつ!? 見たいです!」」
何で!?? アリアとカチュアから期待の籠もった目を向けられてしまった。おのれナージャさんめ。
「良いです! 良いです! 完璧ですアイリスちゃん! 天使か妖精か、幻想的な迄に可愛いですよ!!」
着させられたのは2人よりフリフリの多い若草色のワンピース、小さな緑のリボンも付いている。慣れたとは言えアリアとカチュアの前では初めてだし恥ずかしんだよ?
『その割にはすんなり受け入れたのじゃ』
仕方ないだろ? アリアとカチュアの気を紛らわす為なんだから。
『女装姿では男気があるのか無いのか分からんの』
「ふわぁ~、完全に女の子だ。凄い可愛い」
「お姫様みたい」
「ですね!? ですね! このまま永久保存したいです!」
怖っ! 2人の気を紛らわす為とか言われて着替えさせられたけど、ナージャさんのテンションが1番高いんだよ?
「んひゃ!?」
「んん~、久しぶりの女の子姿だねえアイリスちゃん? 相変わらず可愛いわぁ」
ミリアーナにいきなり後ろから抱き締められて頬擦りされる。
「ちょちょっ、ちょっとミリアーナ! アイリスちゃんに何してるんですか!!」
「何してるんだろねえ? すんすん、ああ良い匂い。何かムラムラ来ちゃうわねん?」
「んゅ、ミリアーナ、駄目」
ミリアーナは偶に悪ふざけが過ぎる。スカートの中に手を突っ込んで来たり胸を揉んだりは止めて欲しいんだよ。
「アイリスちゃんのお尻、ちっちゃくてモチモチで触り心地良いわあ。ふふっ、耳まで赤くなっちゃって可愛い、チュ」
「んあっ、……ナージャ、しゃん助け」
「はっ! ミリアーナ止めなさい!!」
何とかナージャにミリアーナを引き剥がして貰い難を逃れたアイリスだったが、アリアとカチュアに顔を赤くして見られていてショックを受けていた。
――お、おじさんとしての威厳が……。
『そんなモン最初から無かったのじゃ』ボソッ
しかしこの一件で好き勝手したミリアーナが貴族のビアンカに処罰される事も無かったので緊張を解く切っ掛けになった良かった事だろう。
ビアンカは関わりたくなくて見て見ぬ振りをしただけなのだが。
ナージャとも打ち解け、痴態を晒して落ち込むアイリスを2人が慰めるまでになっていた。
ミリアーナは危険人物として警戒対象となってしまったが自業自得だろう。
それから数日、ナージャさんとアリアが慰めてカチュアも前向きになってくれた。立場も年齢も近いアリアとカチュアは直ぐに仲良くなった。父性に惹かれるのか2人共俺に良く懐いて来る。
――まあ雇い主だし父親代わりの様なモノだから仕方がないな。
『……父性? 父親?』
実際は同じ子供として、コミュ障のアイリスを気遣って仲良くしようとしてるだけなのだが当然アイリスは気付かなかった。
アデール王国を出てカントラス王国に入り、直ぐに飛空挺が迎えに来て乗り込む事になった。これにはカチュアも涙が引っ込んで目を丸くしていた。
『それはお主もじゃろ』
目の前にしたら思ってたより大きくてちょっとびっくりしただけだよ?
飛空挺は100人乗りだそうだけど今回乗るのは俺達ビアンカお姉様の一団とレーディアさんツェツェーリアさん、それに先行していたダールトンさん達数名だけだ。アーダルベルトさんとルトルートさん達他の探索者は別行動するらしい。
飛空挺から馬の無い荷馬車? が降りて来て馬車の荷物を運び込む。馬車はアーダルベルトさん達が使うそうだ。
俺達は一足先に飛空艇に乗り込ませて貰った。
100人乗りと言っても居住施設だけの事で、本来の使用目的である交易品の保管施設はその何倍もの大きさがあるらしい。その気になれば千人くらい運べそうだ。
内装は白い床と天井、それに乳白色の壁、シンプルだけど清潔感がある作りになっている。それよりも注目なのは。
「涼しいー?」
「ホントだ」
カチュアとアリアが驚くのも無理はない。まだ夏だと言うのに飛空艇の中に入った途端に秋の様な季節になったのだ。
まあ涼しいならいっか。
アイリスが呑気な反応をしてるのとは対照的に部屋に案内されたビアンカはナージャとその技術格差に厳しい目をしていた。
「こんな広い所を冷やそうと思ったら、魔法使いが何十人必要になるのか検討も付かないわね」
「冷房の魔導具で冷やしていると言ってましたね」
「この部屋も凄いわ。ソファー1つ、窓ガラス1つ取っても技術格差を感じるもの。飛空艇もそうだけど、シャルロッテはこの脅威を目にもしないで20年も前から気付いていたと言うのよね?」
「そうですね」
「ついでにシャルロッテに対しても脅威を感じてしまうわね」
「シャルロッテ様は味方ですよ?」
「アイリスちゃんを押し付けられたからね〜?」
「ビアンカお嬢様の方からアイリスちゃんを引き取ろうとしてましたよね?」
「あんな劇物とは思わなかったのよ。それに、私と出会って無かったとしてもシャルロッテは私の所に送り込んでたと思うわ」
「まあ、……確かにそうですね」
リアースレイ精霊王国との友誼を得るにはアイリスはこれ以上ない程の適任者だ。リアースレイ精霊王国の居るアデール王国の学院に通うビアンカをシャルロッテが見逃す筈が無い。
「でもビアンカお嬢様も最近は楽しんでいるのでは? 顔に出てますよ?」
「そりゃね。アデール王国には散々嫌な思いをさせられて来たけど、アイリスちゃんのお陰でやり返せた今となっては良かったと思ってるわよ」
「やり返せた。――と言うには些か過ぎた惨状の様ですが」
フォシュレーグ王国との戦争は痛み分けだとしても内乱もある。特にリアースレイ精霊王国の撤退は大きな混乱と国力の低下を招くだろう。
その全ての要因にアイリスが深く関わっているのだから笑えない。
「ま、まあ私の役割は終わってるし、後の面倒事はシャルロッテかお父様に丸投げするわよ」
「終わってると良いですね」
「……嫌な事言わないでよナージャ」
俺はアリアとカチュアと一緒の部屋を割り当てられてヴェルンさんがジュースとお菓子を持って来てくれた。アリアとカチュアは食事と回復魔法のお陰かここ1週間で多少体に丸みが出て、肌艶も良くなって来ている。
アリアの足も治してあるんだけど、足が悪いとまともに仕事を熟せないと不安を感じてたらしい。まあ不便だからね。
ヴェルンさんが給仕してるのはビアンカお姉様のお世話が出来る女性がナージャさんしか居ないからだ。まあ子供の世話をしたいナージャさんはアリアやカチュアと引き剥がされて不満そうだったけど。
『(ナージャにとってはお主も子供枠なのじゃがな)』
部屋は白を基調にしたシンプルだけど高級感のある部屋で、ベッドから大きな窓が覗けたので3人で空を飛ぶところを見ていた。上昇してからはどんどんと地上から離れて行ってアッと言う間に木々よりも高くなってしまった。
(これ、堕ちたら死ぬんじゃない?)
気付いたら地上よりも雲の方が近くなっていて何だか怖くなって思わずアリアとカチュアと抱き合ってしまっていた。
「アイリスちゃん大丈夫?」
「だ、……だいじょぶ」
「怖くない怖くないよ?」
心配そうに見てくるアリアと頭を撫でて来るカチュア。でも人はね? 空を飛ばないんだよ? だからね? 怖がるのは普通なんだよ? 僕は怖くないけどね?
『――僕?』
何とか外への視線を外してお菓子に目を付ける。こう言う時は楽しい事で忘れるのが1番なんだよ?
しかも初手のお菓子だ。カステラと言うらしい。一見黒パンっぽく見えるけどフォークで簡単に切れる程柔らかい。口に入れるとホロホロと解けて行く。
柔らかいパンから甘~い蜜がジュワッと口の中に広がって行く様だ。何か高級な味がする!
「ふわぁ、うんまぁ」
喉が渇いたからオレンジジュースを飲む。コクコクと飲んで行くと爽やかな酸味と極上の甘さ喉を潤して行く。今までのジュースと違ってイヤな苦味酸味が全く無いし果物の風味も凄い。凄く爽やかな甘さだ。
「美味し〜い!」
思わず歓喜で足がバタついてしまうが仕方がない。
それよりもアリアとカチュアがお菓子を食べないで凝視してるんだけど、何でだ??
『気後れしとるのじゃろ。と言うか子供より先にお菓子に食い付くのはどうなのじゃ?』
くっ。
「……食べる」
俺が勧めると恐る恐るカステラを口に運び、それからは2人とも目を輝かせて食い付いて行った。
「「美味し〜い!」」
うん、お菓子は正義だね。
「アイリスちゃん美味しいね!?」
「ん、美味しい。……ジュースも」
「うわぁ、本当だ。こんな美味しい飲み物初めて」
「これから毎日こんなの食べられるのかな!?」
「これらはリアースレイ精霊王国からの特別な品です。このレベルのお菓子は流石に難しいでしょう」
カチュアが目をキラキラさせて聞いて来る。俺も分からないからヴェルンさんの方を見るとそんな答えが返って来た。――残念!
『カチュア並みに目をキラキラさせとったのじゃ』呆れ顔
(まあ、……アイリスが望んだと知ればリアースレイ精霊王国は喜んで用意しそうですが)
新たな騒動を巻き起こしそうな話題に、ヴェルンは背筋が凍る思いをしていたのだった。
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